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ARMOUR MAIDENS  作者: FLAT-HEAD
狂気に染まる空
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24.駆けつけた救援

 24.駆けつけた救援



 アルバータ・ボールは父がアマチュアレスリング、母がプロレスのRUKチャンピオンという格闘一家の生まれである。

 アルバータ自身も幼少の頃からレスリングを教え込まれて育ってきたが、そんな彼女が打撃系格闘技に傾倒けいとうするようになったのは十歳の頃。ある日、家の地下室で古い本を見つけたのがきっかけだった。


「なんだこの本? ホコリだらけだな。えっと、タイトルは……『カラテとはなんぞや?』……カラテってなんだ?」


 それは彼女が生まれるよりもはるか昔に書かれたもので、かつてGETSを産出した東洋の島国に伝えられていたという格闘技の成り立ちや技術が記されていた。どうやらアルバータの先祖がその格闘技を敵として研究するために買ったものらしい。


「なになに……『カラテは小手先の技術から入ろうとしてはならない。霊魂から入るべきである』……霊魂ってなんだよ」


 著者の英語力がお粗末だったのか、その本は子供だったアルバータにとって実に読みにくいものだった。たとえば『魂』という言葉を精神や心というニュアンスで伝えたいなら『spirit』や『heart』を用いたほうがいいのに、霊魂というニュアンスも含んでしまう『soul』を用いたりしていたのだ。それはまさに、古文書を解読するような作業だった。

 とはいえ、少しずつ読み進めるうちに、彼女はすっかりその神秘的な世界観と技の数々に魅せられていった。ちょうどその頃、両親に強制されるレスリングの練習に嫌気が差していたこともあり、新鮮な感覚をもたらしてくれる他の格闘技に触れることが楽しかったのだ。

 そして彼女はついに、隠れてこっそり空手の練習をするようになった。そのことが両親にバレたときにはもちろん「我が家の伝統ある技を継がないつもりか!」と大目玉を食らったが、折しも世界は戦火に包まれ、数年前からAMという兵器が台頭していた時代である。そのときすでにパイロットをこころざしていた彼女は、AMの戦闘ではめったに使われない取っ組み合いの技術よりも、殴り合いの技術を磨くことにますますのめり込んでいった。

 その後アルバータは家出同然に士官学校に入り、卒業してすぐに念願のAMパイロットになったが、それから一度も家には戻っていない――――




 地上へ向かって落下していく機体のコックピット内で、アルバータは自分の人生を振り返っていた。死にひんしたとき、その回避方法を探すために見るという走馬灯ではない。ただ、飛び出してきてしまった家と両親のことが不意に思い出されたのだ。


「(ちぇっ……パイルバンカーがなかったからしょうがねえけど、最後の技があんなに嫌ってたレスリングのタックルとはなぁ。これも親孝行なのか? それともこんなところで死ぬんだから、やっぱり親不孝かな……)」


 死ぬことがまるで怖くないといったら嘘になるが、それでも仲間のために全力で戦ったことに悔いはない。迫り来る死を前にして、すでにアルバータは全てを諦めていた。だがそんなとき、


 ―― …………ルバータさん…………アルバータさんっ! ――


 彼女の耳に、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえてきた。


「(なんだよこんなときに……もしかして死神ってやつか? せっかく人が覚悟決めてるんだから、もうちょいしんみりした気分でかせてくれっての)」


「アルバータさん、手を伸ばしてっ!」


 アルバータは閉じていた目を思わず見開いた。これは無線機からの声だ。しかも聞き覚えのある――


「お前……もしかしてアーサリンか?」


「そうですっ! 早く機体の手を伸ばして!」


 今アイカメラが向いている角度では見えないが、どこからかアーサリンが近づいてきているらしい。だが翼と飛行ユニットが無事なテオドラの機体を解放してしまえば、この敵はまた上昇して味方を攻撃しかねない。


「駄目だ。今こいつを放すわけにはいかねえ」


「大丈夫だよ、あなたが離れたらすぐに私が撃ち落とすから」


「ウィルマ、お前もいるのか!」


「早く手を伸ばしてください。今ならまだ中尉を助けることができます」


「わ、分かった。頼むぜっ!」


 アルバータは二人の言葉を信じ、テオドラの機体をホールドしていた手を離して上に伸ばした。そしてモニターに映っていた青い空が一瞬ピンク色に染まったと思った瞬間――


 ―― ガシィン! ――


 機体の手がなにかに掴まれる感覚とともに、落下速度がガクンと落ちた。さらに、


 ―― ズダガガガガガガガガガガ! ――


 アルバータが離れると同時に、テオドラの機体がウィルマに機銃掃射を浴びせられ、翼を蜂の巣のようにされて落ちていった。まだ周囲の山よりも高いところを飛んでいるので、これでは絶対に助かるまい。


「アルバータ、もう片方の手も伸ばして」


 ウィルマの声に従ってもう片方の手を伸ばすと、そちらも別の機体に掴まれてさらに落下速度がゆっくりになった。エレベーターが下がるぐらいの速さではあるが、これなら少なくとも死なずに済むかもしれない。

 機体がようやく真っ直ぐになったアルバータが可動式のバイザーカメラを動かし、周囲の状況を確認する。すると、左右で自機の手を掴んでいる二機の姿がはっきりと見えた。


「お、お前ら……なんだその機体?」


 アルバータはその姿を見て驚いた。二人が乗っている機体は長い一枚の翼の上に、サラマンダーのものより少し小さいプロペラが三つも並んでいたのだ。


「ふっふーん、驚いたか。これぞそっぴーちゃんが開発した新型機、その名も『ソッピース・トライプレーン』(三枚翼)だー」


「そ、それよりアルバータ中尉、早くハッチを開けてパラシュートで脱出してください。いくらトライプレーンでも、私たちじゃAM一機を吊り下げながら飛び続けるなんて無理です」


「詳しいことは下にいるそっぴーちゃんに聞いてー」


「お、おう。助かったよ二人とも」


 ―― バシュゥン! ――


 モニターの下にある緊急脱出用ボタンを押すと、機体の前面ハッチから動力ユニットが丸ごと射出され、一呼吸置いて後部から伸びたパラシュートが開く。アーサリンたちはアルバータが脱出したのを確認すると、彼女のサラマンダーを掴んでいた手を放して機体を墜落させた。


「よかった……アルバータさんが無事で」


「じゃあ、次は上のみんなを助けに行かないとね」


「はいっ!」


 二機のトライプレーンは三つのプロペラを猛回転させると、サラマンダーを上回る速度で上昇していった。これなら二分とかからずに他のメンバーに追いつけるだろう。

 二人を見送ったアルバータのほうは、動力ユニットの両サイドにあるグラブバーに掴まってゆっくりと地上に向かって下りていった。そしてあと少しで着陸というとき、遠くのほうから軍用の木炭車が走ってくるのが見えた。


「おーい! アルバータさぁーん!」


 ほろが取り払われた軍用車の後部座席で手を振っていたのは、プフォルツハイムから駆けつけたトマサだった。動力ユニットが地面に落ちる寸前にアルバータが飛び降りて着地すると、先に墜落していた彼女のサラマンダーのすぐ傍に車が横付けされ、トマサが降りてきた。


「アルバータさん、大丈夫ですか?」


「ああ、アバラが二本ほどイったみたいだけどな……まあ、こんなの慣れっこだよ。サンキューそっぴー、お前の造ってくれた機体のおかげで命拾いしたぜ」


「そう言ってもらえると嬉しいです。けどアルバータさん、そっぴーじゃありません」


「そんなことより、アーサリンたちが乗ってたあの機体はなんなんだ? 三つもプロペラが付いてたぞ」


 アーサリンたちの乗ったトライプレーンはすでにはるか上空の雲に隠れ、小さな点すら見えなくなっている。明らかに今までの飛行型AMの常識を覆す上昇速度だ。


「よくぞ聞いてくれました! あれこそ私が開発した新型機、その名も『ソッピース・トライプレーン』です!」


 トマサが腰に手を当てて胸を張り、「むふぅ」と鼻息を荒くする。


「名前はもうウィルマから聞いたって。そうじゃなくて、なんでプロペラが三つも付いてんだって話だよ。重くなるからモーターは増やせないんじゃなかったのか?」


 そう、それこそが飛行型AMの性能を伸ばすうえにおいて最大の障害だったはずである。かつてアネット・フォッカーもアルバトロスD.IIの飛行時間を延ばすのに苦心した挙句、結局モーター出力の向上には限界があることを悟り、機体の形状変更と軽量化によってようやく再上昇を可能にしたのだ。


「むふふ、あれはモーターを増やしたわけじゃないんです。一基のモーターで三つのプロペラを回してるんですよ」


「ええっ!? そんなことができるのかよ」


「だからこそ、大出力が得られないアーティさんやウィルマさんでもあれほどの速さで上昇できるんです」


「なるほどな……でも、どうやって?」


 驚くアルバータに対し、トマサが「ええー、そんなことも分からないんですかぁ?」とでも言いたげな顔でニヤニヤと笑う。彼女は自分の発明品で他人がこうして驚いてくれるのがなによりも楽しい性質たちなのだ。


「前からちょいちょい思ってたけどムカつくなぁその顔……お前、俺のことを馬鹿だと思ってんだろ。まあ否定はしねえけど……」


「まぁまぁ、そんなに怒らないで。簡単に説明しますと、モーターに直結されてる真ん中のプロペラ軸と、両脇のプロペラ軸をひも状のベルトで連結しただけなんです。要は昔からある足踏み式のミシンと同じ構造ですね」


「そ、そんな簡単なことで?」


「といっても、フォッカーさんの飛行船にヒントを得なかったら基本コンセプトも思いつかなかったでしょうけどね。大きなものを飛ばしたければプロペラを増やせばいい。あとは一基のモーターの出力を極力ロスせず、どうやって複数のプロペラを動かすか……その方法を考えるだけでした」


「へぇ~……」


 アルバータが血で汚れた口をぽかんと開けて感心する。


「でも、それだけじゃありませんよ。あのトライプレーンにはもう一つ、すっごい機能があるんです」


「凄い機能?」


「きっと今頃、敵も味方も驚いてるはずですよ」


 そう言いつつトマサが空を見上げる。ここからではヒンデンブルグ号の巨体が小さなラグビーボールほどにしか見えないが、トライプレーンの二人はすでに仲間たちと合流して敵との交戦に入っているはずだ。


「ほらほらアルバータさん、怪我人なんですから早く車に乗ってください。病院までお連れしますから」


「あ、ああ」


 一人の技術者にすぎないトマサと機体が大破したアルバータ、もはやこの場で二人にできることはない。せいぜい仲間たちの無事を祈ってやるのが精一杯だ。

 トマサはアルバータを車の後部座席に寝かせると、自分は助手席に乗り込んで、運転手に近くの野戦病院へ向かうよう言った。


「(アーサリン、ウィルマ、頑張れよ。俺の分までみんなを頼むぞ!)」


 ほろのない車の後部座席に寝そべると、雲に覆われた空がよく見える。アルバータはその空に向かって手を伸ばすと、二人に想いを託すように自らの拳を握り締めた。

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