23.虎部隊の猛攻
23.虎部隊の猛攻
ヒンデンブルグ号の格納庫では、先に帰還した二機の両腕を換装する作業がようやく終わろうとしていた。作業班の兵士が機体をハンガーから下ろし、パイロットの二人に新武装の使い方を簡単に説明している。
テオドラとヴァルトラウトは気絶したフリーデリーケを衛生兵に任せると、各々の機体に乗り込んで再び出撃態勢に入った。
「フロンメルツ少尉、お前はそのまま着艦して両腕の換装作業に入れ。グライム少尉は私たちがフォローする」
「わかりましたお姉さま」
「行くぞテオドラ!」
「ああっ!」
二人はヘルマと入れ違いに機体を発進させると、素早く左に旋回してロートラウトのフォローに向かった。今は我を忘れて暴れまわっているとはいえ、一人で四機の連合軍を相手にするなど自殺行為だ。
「グライム少尉、まずは艦に戻って武器を換装しろ。このままでは墜とされるぞ」
「ですが中尉――」
「命令だ!」
「は、はい……」
テオドラに叱責され、ロートラウトは渋々ヒンデンブルグ号へと戻っていった。
「さて……二人や大尉たちが戻るまで、我々だけでやつらを抑えなければな」
「大丈夫だテオドラ、我々にはこの新武装『スパイラル・クレイモア』があるっ!」
二人の機体が左右から連合軍の四機を挟み込むように襲い掛かる。以前は刃物のように鋭い両腕があった部分には、ドラム缶のように太い円筒形のものが生えていた。
「な、なんだぁ? あの妙な腕は」
「分かりません。ですが、あれでは重量が増加して肝心のスピードも落ちてしまうはず。どうして両腕をあんなものに……」
「みんな、気をつけて。あの腕……表面にいくつも穴が開いてる。多分、あそこからなにかを発射してくるつもりだ」
ロベルタの言うとおり、敵機の肩から伸びた筒には数十箇所の穴が開いていた。わざわざハンドマシンガンの装備された両腕と交換してくるということは、それに代わる武器であることは明白だ。
「食らえっ!」
テオドラがアルバータの機体に向けて新武装の発射ボタンを押すと、両腕の表面に開いた穴から無数の弾丸が放たれた。
―― ズダダダダダダダダダダダダン! ――
「うわっ!」
アルバータは殺気を感じて素早く左に旋回し、辛うじて被弾を免れた。脚部を失って重量のバランスが変化し、機体が左に流れやすくなっていたことが逆に幸いしたようだ。
「な、なにあれ?」
ウィルメッタが驚愕の表情で叫ぶ。
「危なかったねアルバータ。今の、上に避けてたら当たってたよ」
「あ、ああ……」
「あの腕……どうやら弾丸を放射状に撃ち出す武器のようですね。上下にも弾がばら撒かれますから、我々の得意とする動きと相性が悪いです」
ジョルジアナが分析したように、この『スパイラル・クレイモア』は機体の前方に向かって放射状にベアリング弾を撃ち出すものである。前方への発射角は上下九十度ほどにすぎないが、離れれば離れるほど弾の拡散範囲が大きくなって避けづらくなるのだ。さらにドラム部分は腕のように動かすことはできないものの、操縦環と連動して三百六十度回転するため、翼のある後方以外ならどこでも自在に撃つことができる。
開発者のアネットはサラマンダーの存在を知らなかったため、特にその対策としてこの武器を開発したわけではない。ただ空中戦においては攻撃範囲が広く、命中率の高い武器のほうが有利だろうと考えてのことだ。しかし今回の戦いにおいてはその特性がピタリとはまった。飛行速度の遅いサラマンダーが上下の動きまで封じられては、唯一の強みも失ってしまう。
「ふふふ……さすがはフォッカー博士だ。これならいける……今度こそあのアルバータ・ボールを地獄に送ってやれるぞ!」
テオドラはなおも執拗にアルバータの機体を追い、攻撃を加え続けた。他の三人がなんとか援護しようとするのだが、それもヴァルトラウトに阻まれて思うようにいかない。
「くそっ! 多少スピードは落ちてるけど、やっぱり速ぇ!」
「駄目です。敵機の動きが速すぎて、発射体勢を整えている間に目の前から消えてしまう」
アルバータたちはこの状況を打開するため、なんとかバスターキャノンで敵機を狙おうと苦心していた。薄いボディで多少弾が逸らされても、バスターキャノンの威力ならそのまま敵機を引き裂くことができるからだ。
だが自分の倍以上の速度で動く標的を狙うというのは、一流の腕前を持つ彼女たちでもやはり難しいことだった。なにせバスターキャノンは機銃と違って姿勢制御のために一度ホバリング(空中停止)し、しっかりと構えて撃たなければならないのだ。それなのに敵はその間にも目まぐるしく動くため、狙いをつけている余裕がない。
そんな状況が続くうちに、ロートラウトとヘルマの機体までが両腕の換装を終えてヒンデンブルグ号から飛び出してきた。さらに下からはヴィルヘルミナやローラたちも追いついてきている。
「や、やばいよ。あの二機だけでも厄介なのに、他の連中まで戻ってきた」
「まずいですね。こちらは四機……下の敵がここまで上昇してくる前に少しでも戦力を削がないと、数で圧倒されてしまいます」
「こうなったら、一機だけでも墜としてやる!」
アルバータが破れかぶれになったかのようにテオドラの機体に向かって突っ込んでいく。
「アルバータっ!」
正面から来る敵に対し、こちらも正面から突っ込めば狙いを定めずとも弾は当たる。相打ち覚悟の特攻を仕掛けることで、アルバータは敵を自分と同じ土俵に引きずり込もうとした。
「いよいよ観念したか。死ねぇっ!」
「行っけぇぇぇっ!」
テオドラのクレイモアとアルバータのバスターキャノンが同時に発射される。
―― バギャアン! ――
無数のベアリング弾が炸裂し、アルバータの機体のあちこちに穴を穿つ。前面ハッチは装甲が厚いので貫かれなかったが、背中の翼が大きく引き裂かれてしまった。
「ぐぅっ!」
サラマンダーはプロペラを破壊されない限り墜落することはないが、このままでは翼が折れてバランスを崩し、真っ直ぐ飛ぶことができなくなる。そうなれば、遅かれ早かれ撃ち落とされてしまうだろう。
アルバータが機体に深刻なダメージを負ったのに対し、テオドラの機体も腰から下が吹き飛んでいた。だがアルバータのサラマンダーがそうだったように、戦うだけならこの状態でも支障はない。
「やってくれたな……だが私の勝ちだ!」
テオドラがアルバータにとどめを刺すべく、さらにクレイモアを撃ち込もうとする。だが――
「ロ、ロートラウトぉっ!」
突如聞こえたヘルマの叫び声が、その攻撃を中断させた。
「どうした!?」
機体を旋回させて振り向いたテオドラが見たものは、右半身を吹き飛ばされたロートラウトの機体だった。
「へへ……シャルロットの言うとおり、保険をかけといて良かったぜ」
バランスが崩れて今にも暴れだしそうな機体を必死で制御しながら、アルバータがにやりと笑う。彼女はテオドラへの攻撃を外したときのため、はるか後方にいたロートラウトの機体も射線上に捉えていたのだ。
「い、嫌だ……私は連合軍のやつらを皆殺しにしてお姉ちゃんの仇を…………い、嫌ぁぁぁぁぁぁっ!?」
翼をもがれて制御を失い、風に舞う木の葉のように錐揉みしながらロートラウトの機体が墜ちてゆく。
「グライム中尉っ!? き、貴様ぁぁっ!」
怒りに駆られたテオドラが再びアルバータのほうへと向き直り、クレイモアを発射する。
―― バギャギャギャギャゥン! ――
「うああああっ!?」
さらに無数のベアリング弾が突き刺さり、関節部のあちこちが悲鳴を上げる。このままでは機体がバラバラになるのも時間の問題だ。
アルバータは機体に加わった衝撃で何度も操縦ユニットに胸を打ちつけながらも、痛みに耐えつつもう片方のバスターキャノンを構えた。どうせ撃墜されるのなら、この一発を撃たないまま終わるわけにはいかない。
「も……もう一丁!」
―― ドゥン! ――
轟音とともに超音速の砲弾が発射される。しかし超硬スチールの弾はなぜかテオドラの機体には命中することなく、あらぬ方向へと飛び去った。
「馬鹿め、どこを狙っている!」
―― ズギャウン! ――
「――――!?」
なにかが破壊される音がして、テオドラは再び旋回して後方を振り返った。また味方が撃墜されたかと思ったのだ。
アルバータの放った砲弾が破壊したのは、斜めに開いたヒンデンブルグ号の発進口を吊り下げていた油圧式のアームだった。それが真横から二本とも撃ち抜かれたことによって、スロープ状になっていた部分が支えを失い、まるで人間の顎が外れたかのようにぶらりと垂れ下がっている。
そのうちスロープ部分は風圧に耐え切れずにメキメキと軋み、ついには根元から折れて地上へと落下していった。これではヴィルヘルミナたちが戻ってきたとしても、垂直上昇のできないアルバトロスD.IVが着艦するのは不可能だ。
「ど、どうだ……これならもう他の連中はその物騒な武器に換装できねえだろ!」
アルバータが勝ち誇ったように笑うが、口の端からは血が流れている。どうやら胸を打ちつけたときにアバラが折れ、軽く内臓を傷つけたらしい。
「どこまでも我々の邪魔を……だが、もうそれも終わりだ。いい加減にくたばれアルバータ・ボールっっ!」
「そうはいくかよ……どうせ死ぬならてめぇも道連れだ!」
今度こそとどめを刺そうと至近距離まで近づいてきたテオドラに対し、アルバータは捨て身の行動に出た。プロペラが折れるのも構わずに頭から突っ込み、敵機に体当たりを仕掛けたのだ。
「俺と一緒に……墜ちろぉぉぉぉぉっっ!!!」
「なっ……!? う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
―― ギャギャギャギャギャガガガ…………! ――
まさにローター“ブレード”というべき大型プロペラが叩きつけられ、自らが折れるのと引き換えにアルバトロスD.IVを切り刻む。アルバータはそのまま機体の両腕で敵をがっちりとホールドし、地上へ向かって真っ逆さまに落ちていった。
「ボール中尉、パラシュートで脱出を!」
「そうしたいところなんだけどな……こいつに抱きついてるせいでハッチが塞がってるから無理だ」
サラマンダーの脱出機構は上で回転しているプロペラに巻き込まれないよう、まず前面ハッチから操縦ユニットごとパイロットを射出する仕組みになっている。そのためハッチが歪んでいたり、今のように機体の前に障害物がある状況ではパラシュートを使えないのだ。
「悪ぃけど……俺はここまでだ。お前ら、今まで世話になったな……」
「ア、アルバータぁぁっ!」
ウィルメッタの叫びがシュトゥットガルトの上空に響く。だが悲しんでいる暇はない。目の前の敵はまだ二機残っているし、すぐ下からはさらに四機の敵が迫っているのだ。
アルバータが命がけで二機を撃破し、さらにヒンデンブルグ号の発進口を破壊してくれたのを無駄にするわけにはいかない。残された三人は気力を振り絞り、巣を守るスズメバチのように飛び交う残りの敵に向かい合った。




