13.もたらされた悲報
13.もたらされた悲報
WEU東部にあるクリンバッハ城の南西、クルプル地方の空に舞う一つの影があった。ずんぐりとした体型の甲冑に二対四枚の翼が生えたそれは、鳥のように自在に大空を飛んでいる。ソッピース・ドラゴン――連合軍司令部からの要請を受け、天才技術者トマサ・ソッピースが開発した最新型のAMであった。
高速で飛行するドラゴンは右回り、左回りと様々な方向へ旋回し、ときに翼の後部にあるフィンの角度を変えて急降下したりしている。どうやら機体の性能を試しているようだ。
「……やはり再上昇は無理のようですわね」
機体のコックピット内で操縦者の女性が呟く。
彼女の言うとおり、激しい動きを繰り返しているうちにドラゴンは徐々にその高度を落としていた。普通に飛んでいるだけならずっと同じ高度を保てるのだが、急降下などで自ら高度を落とした場合にはそこから再上昇することができないのだ。これがこの機体の持つ飛行性能の限界らしい。
「仕方ないですわね。面倒ですが一度着陸してから帰りましょうか」
パイロットの女性は機体を大きく旋回させると、進行方向をクリンバッハ城の建つ山の南西に向けた。麓までは空を飛んでゆき、そこから街道を通って城に帰還しようというのだろう。
すでに日は傾きはじめている。西に向かって飛ぶドラゴンは、夕陽に照らされて元の機体色が分からないほどに赤く燃えていた。
―― サァァァァァァァ……………… ――
クリンバッハ城の格納庫に隣接したシャワー室で、先ほど帰還したパイロットが体を洗っていた。AMのパイロットスーツは布地がほとんどないので蒸れるわけではないのだが、GETSが発する熱のせいで春を過ぎると汗をかかずにいられなくなるのだ。
彼女の胸はルネに負けないほど大きいが、それでいて下品な色気はまるで感じさせない。しかも全身の均整が取れており、下手な彫刻よりも美しいぐらいだ。だが、その両脇腹には大きな手術の痕があった。豊満な胸に隠れてほとんど目立たないが、下から覗き込むようなアングルだと見えてしまう。
「……痛みはもうありませんが、この妙な感覚にはまだ慣れませんわね」
傷痕を気にしながらシャワーを浴びている彼女の名はジョルジーヌ・ギヌメール。WEUでルネに次ぐ撃破スコアを誇るパイロットであり、かつては連合軍エース部隊の副隊長を務めていた女性である。彼女は昨年の戦いで敵の飛行型AMに撃破され、重傷を負って長らく戦線を離脱していた。両脇腹の傷はそのときのものだ。
ジョルジーヌが大きな胸を下から持ち上げ、脇腹をさする。今の彼女には肋骨が左右二本ずつ、スッポリと無かった。アバラを骨折することが多いAMパイロットには珍しい傷ではないのだが、胸の重さのせいで妙な圧迫感があるらしい。
「ふぅ……」
ジョルジーヌはお湯を止めてタオルで体を拭うと、シャワー室を出て軍服に着替えた。ブラを着けると胸が持ち上げられ、少しではあるが圧迫感がましになる。
「ただいま帰りましたわ」
熱した鏝で濡れた髪を乾かし、見事な縦ロールにセットしたジョルジーヌが城の地下にある兵器開発室へと入室する。
ここはかつてアネット・フォッカーがフライヤーユニットを開発していた場所である。ウィルメッタが城を攻撃した際にもここは地下だったため、設備が壊されることなく残されていたのをそのまま利用しているのだ。
「ジョルジーヌさん、お帰りなさい」
「大尉、お疲れ様でした」
満面の笑顔でジョルジーヌを出迎えたのは、作業着に身を包んだトマサと軍服姿のシャルロットだった。今はこの三人が中心となり、ここで新型AMの開発に携わっている。
「今回のはどうでした? モーターのコイルに巻く銅線を限界まで長くして出力を上げてみたんですけど」
調整した機体の性能がパイロットの納得いくものであったか、トマサがジョルジーヌに使用感を訊ねる。
「モーターが重くなった分を上回る出力は出ていましたわね。けど、やはり再上昇だけは無理でしたわ」
「むぅ……やっぱりこれがタービン噴射式の限界なんですかね」
「あとは機体重量を軽くするぐらいしかないと思いますが……」
「できればそれはしたくないんですよね。ただでさえ装甲を削ってるのに、これ以上の軽量化は機体の防御力が……」
現在開発中のソッピース・ドラゴンは重装甲のキャメルではなく、軽量なトライプハウンドをベースにしている。そうでなければフライヤーユニットと同じ下方噴射式のタービンで機体を浮かせることができなかったからだ。しかしそれゆえに、被弾時にもできるだけパイロットの生存率を上げたいというトマサの設計思想とはかけ離れたものになってしまっていた。
「アネット・フォッカーは装甲を犠牲にしてスピードを重視することで、被弾率そのものを下げようとしていたようですわね」
「ですが、攻撃時に正確な射撃を行うためにはやはり敵に向かって直線的に飛ばなければいけません。それにカウンターを合わせられたら……実際、我々はそうやって敵の飛行型AMを攻撃していたのです」
「あとはもう一つのプランを採用するという方法もありますけど……」
「あれはAMを飛行させるノウハウを蓄積させるため、あくまで試作機として造ったものでしょう? 上昇力には素晴らしいものがありますが、飛行速度が遅すぎて空中戦の役に立ちませんわ」
「そうですわね……地上部隊を一方的に攻撃するならともかく、高速で飛行するゲルマニア軍のAMと戦うには不向きでしょう」
三人がそれぞれの意見を述べ、技術屋らしい会話に花を咲かせる。
連合軍がクリンバッハ城を占拠したとき、この研究所にはフライヤーユニットに関する資料はなに一つ残されていなかった。ゲルマニア軍が逃亡するときに全てを持ち出していたのだ。だがヘルミーネやブリュンヒルデがパージした現物を回収することができたため、それを分解・研究することで新型AMの開発は脅威的な早さで進んでいた。
「失礼いたします!」
開発室の入口のほうから、突然大きな声が聞こえた。三人がそちらを振り向くと、そこには城の通信兵が青ざめた顔で立っていた。
「どうしましたの? そんなに深刻な顔をして」
「報告します。フランクフルトが……フランクフルトがゲルマニア軍によって奪還されました」
「な、なんですって!?」
「それは本当ですの?」
「はい。フランクフルトの連合軍はほぼ壊滅状態となり、AM部隊は全滅したそうです」
「そんな……ここ半年の間にゲルマニア軍は勢力を弱めていたはずなのに……」
「まだ第一報が届いたばかりですが、前線では依然として予断を許さない状況のようです。敵軍がまた恐ろしい秘密兵器を開発したという噂もあり、東のニュルンベルクや南のシュトゥットガルトでも警戒を強めていると……」
「ニュルンベルクの北のバイロイトには少佐たちがいるはず……何事もなければいいのですが」
「ジョルジーヌさん、シャルロットさん、今の私たちにできることは、一刻も早く新型機を完成させることだけです。もしも前線にいるみんながドラゴンの力を必要としたとき、すぐに届けてあげられるよう調整を急ぎましょう」
「……そうですわね」
「トマサさんの仰るとおりです」
三人が顔を見合わせてこくりと頷く。突然もたらされた悲報によって、ここでも事態は風雲急を告げようとしていた。




