12.喜びの宴
12.喜びの宴
「お帰りなさぁい! あなたたち、よくやってくれたわぁ!」
戦いを終えて格納庫に戻ってきたパイロットたちが機体から降りるやいなや、アネットがもの凄い勢いで駆け寄ってきた。さらにそのままヴィルヘルミナに抱きついて、思い切りハグをする。まるで飼い主に飛びつく犬のようだ。
「博士……やめてください」
「さっきの戦い、メインモニターで見てたわよぉ。ほんと、あなたたち最高だわぁ♪」
アネットはヴィルヘルミナの抗議などどこ吹く風で、今度は愛猫を可愛がる飼い主のようにその頭を撫で回している。半年前の戦いに破れたときは彼女たちを無能呼ばわりしたくせに、なんとも酷い手のひら返しだ。
だがアネットの喜びも分からなくはない。ノースアメリカでの次世代機採用トライアルでトマサ・ソッピースに破れて以来、自分の開発したアルバトロスシリーズでキャメルを打ち破ることは彼女の悲願だったのだ。ましてや今回は空中戦のために造り上げた機体でありながら、地上戦でもキャメルを圧倒するという快挙を成し遂げている。思わぬところで念願が叶い、彼女はひたすら上機嫌だった。
「今夜は最高級のワインで乾杯しましょう! もちろん私の奢りよぉ。それとも、あなたたちゲルマニア人にはビールのほうが好みかしらぁ?」
「博士、あまり浮かれすぎるものではありません。今回はたまたま足場が良かったおかげでスピードを十分に発揮することができただけです。実際、足場を荒らされたせいで敵を取り逃がしてしまいました」
「そうね……それに、敵にとどめを刺せなかったのは火力不足のせいもあるわ。やっぱりハンドマシンガンだけじゃ、いまいち決定力に欠けるのよ」
大はしゃぎするアネットとは裏腹に、ヴィルヘルミナとローラは冷静に今回の戦いについて分析していた。やはりアルバトロスD.IVの真価は空中でこそ発揮され、爆撃でなければキャメルを大破させるには至らないというのが二人の出した結論のようだ。
「んもぅ、二人ともつれないんだからぁ。ニュルンベルクだって取り戻したんだし、今日ぐらいは羽目を外してもいいじゃなぁい」
「そうですよお二人とも。今日の様子じゃ、この先の戦いだって楽勝ですってば」
「そうそう♪ この艦とアルバトロスD.IVさえあれば、連合軍なんて目じゃありませんって」
傲慢なヘルミーネとお調子者のブリュンヒルデはアネットの側につき、すっかり気を緩めている。この分では多少きつめに叱りつけたところで効果はないだろう。ヴィルヘルミナは呆れ顔でため息をつくと、機体の整備だけはきちんとするよう言い残して上層階へと戻っていった。
その夜、ニュルンベルグの町にはあちこちでゲルマニア帝国の国歌が流れていた。主に歩兵部隊、特にこの町やその周辺地域を故郷とする兵士たちが歌っているのだ。
―― ゲルマニア♪ ゲルマニア♪ ユーバー・アーレス・インデァ・ベルト♪ (ゲルマニア 世界に冠たるゲルマニア) ――
『ドイッチュランド』が『ゲルマニア』に置き換えられてはいるが、旧ドイツの時代から歌い継がれてきた国歌である。
旧ドイツが数世紀前の大戦に破れ、民主主義国家の体裁をとっていた頃は『世界に冠たる』の部分を歌うことが禁じられていたという。だが帝政に戻ったこの国が公然と欧州に覇を唱えようとする今では、みな堂々とこの歌詞を口にするようになった。
「ゲルマニア帝国、万歳!」
「わが国の誇るエース部隊、そしてアネット・フォッカー博士に乾杯!」
どの建物内でも、兵士たちがビールのジョッキを片手に大はしゃぎしている。外はまだどしゃ降りの雨だったが、その雨音でもかき消されないほどの喧騒が町を包んでいた。
そんな中で、ヴィルヘルミナだけはヒンデンブルグ号から降りることなく艦内を見回っていた。直属の部下はもちろんティーガーズの面々もみな町へくり出したはずだが、彼女はマルグリットとローラを姉妹水入らずにしてあげたくて同行を遠慮したのだ。
「あらぁ? 隊長さんは祝勝会に出なかったのぉ?」
ヴィルヘルミナが下層階を見回りに行くと、たった一つのオイルランプに照らされた格納庫の中で、アネットがワインの瓶とグラスを持って椅子に座っていた。彼女も町に出ることなく、ここで一人飲んでいたらしい。
「私はあまり騒がしいのが好きではありませんので……博士こそ、どうしてお一人でこのようなところに?」
「そりゃあもちろん、可愛いこの子たちに乾杯してたのよ。ああ……本当によく頑張ってくれたわねぇ。おかげで悲願を果たすことができた……あなたたちは私の最高傑作よぉ」
アネットが“この子たち”と呼ぶのは、もちろんアルバトロスD.IVのことだろう。整備用ハンガーに並んだ機体を見上げる彼女の表情は、まさしく優秀なわが子を愛しむ母親のそれだ。
技術者としての名声以外に興味がないと思っていた彼女もそんな愛情を持ち合わせていたのかと、ヴィルヘルミナは少々意外そうな顔をした。だが、その愛情がけっして人間には向けられないあたり、やはりアネット・フォッカーという人物はどこか人格が破綻していると言わざるを得ない。
「ですが博士、やはりこのアルバトロスD.IVにも弱点はあります。先ほどローラ大尉も仰っていましたが、ハンドマシンガンにはキャメルの装甲を貫いて敵にとどめを刺せるほどの火力がありません。それに……今回の戦いでついにヒンデンブルグ号の姿を連合軍に晒してしまいました。もしもまたトマサ・ソッピースがなんらかの対策を講じてきたら……」
「ふん……あのガキが今さらどんな手を打ってこようと、この無敵のヒンデンブルグ号をどうにかすることなんてできはしないわよ。それにね……」
不意にこちらを向いたアネットの顔がにやりと歪む。その笑みから放たれる邪悪な意思のようなものを感じ、ヴィルヘルミナは思わずぞくりと身を震わせた。
「――あいつはもう、終わりなのよ」




