10.ニュルンベルクの戦い
10.ニュルンベルクの戦い
後方から追いかけてくるAM部隊がいることは、ニュルンベルクに到着する前からゲルマニア軍にも気付かれていた。連合軍がサーモグラフィーで索敵を行なっていたように、相手もまたカメラを熱感知モードにすることで雲の中から敵の存在を捉えていたのだ。
十機以上のAMが猛スピードで迫ってくる。それに対し、ヒンデンブルグ号は船体下部の発進口を開放したままだった。
「しめた! あいつら、味方を降ろすためにハッチを開けっ放しにしてますよ。このまま突っ込んで、中からあれを破壊してやりましょう!」
エダが猛然と加速してスロープ状の発進口へと近づいていく。
「待ってエダちゃん! 正面から突っ込むのは――」
―― バギャウン! ――
「うわぁっ!?」
ルネが制止しようとした瞬間、エダの機体が大きくのけ反って後ろにひっくり返った。どうやら大口径の銃か大砲で撃たれたようだ。
「エダっ!」
「大丈夫か!?」
追いついてきたラモーナとアルバータが倒れた機体を助け起こす。
エダのキャメルは左腕が吹っ飛んでしまっていた。もし今の一撃がほんの少し右にずれていたら、コックピットを直撃して即死だったかもしれない。
「い、痛ってぇぇ……」
機体の損傷具合に反し、中のエダは意外にも軽傷だった。前につんのめって倒れたのではなく後ろに吹っ飛んだため、胸が操縦ユニットに叩きつけられずに済んだのだ。
「今のは……?」
ラモーナがヒンデンブルグ号のほうを振り向くと、発進口の中から白煙が上がっているのが見えた。そこには片膝立ちになり、長い武器を構える敵機の姿がある。
「あら? ちょっと狙いがズレちゃったわね。いつもより距離が近いせいかしら。左に二……いえ、三度修正かな?」
艶のある声はティーガーズの一人であるフリーデリーケのものだった。彼女は愛用の八十八ミリロングレンジキャノンを使うため基本的には空に出ず、この発進口から出入りする味方が狙われないよう援護射撃する役目を担っているのだ。
今エダを襲ったのは彼女の放った砲弾だったらしい。本来長距離を狙撃するためのロングレンジキャノンをわずか百メートルほどの至近距離で食らっては、装甲の厚いキャメルといえどひとたまりもなかった。
「あ、危なかった……まさか正面にあんな奴が配置されてるなんて……」
「いや、当たり前だろ馬鹿!」
「普通は入口を開け放している時点で罠だと子供でも気付くぞ。いいからさっさと脇へ避けろ。このまま正面にいたらまた撃たれる」
すでにルネたちは二手に別れ、ヒンデンブルグ号の左右へと回り込んでいる。ラモーナとアルバータに引っ張られ、エダもまた船体の左側へと移動した。
「あら、正面突破は諦めたの? 横に回り込めば手薄だとでも思ったのかしら。フフフ……けど残念、そっちはそっちで危ないのよねぇ」
狙撃の構えを解いたフリーデリーケがクスクスと笑う。彼女の言うとおり、左右に回った連合軍のパイロットたちはそれぞれが恐ろしい目に遭っていた。
「きゃぁぁっ!?」
「ぐぅっ!」
船体の右側に回り込んだアーサリンとウィルマ、ジョルジアナとロベルタの四人は凄まじい機銃掃射による十字砲火を浴びていた。一応ガンブレラを持ってきていたので辛うじて防げているが、もしも防弾傘がなければアーサリンなど今頃蜂の巣にされているところだ。
ヒンデンブルグ号の左右にはローターブレードの基礎部分に直径四メートルほどの柱が無数に林立し、その一本一本から二連装の機銃が突き出していた。これが火を噴いてアーサリンたちを攻撃しているのだ。
もちろん柱の中から攻撃を仕掛けているのは、ローターブレードの動力となっている兵士たちである。普通なら人間電池は小石サイズに砕かれたGETSに首まで埋まって運用するのだが、この艦に搭載されている人間電池はGETSが鎖骨の下あたりまでしか満たされていない。そのおかげで両腕が自由に動かせるので、ビーカーに入ったままでも外にいる敵を攻撃することができる。
「くっ……駄目です。攻撃するどころか近づくことすらできない」
敵の砲座は左右だけでなく上下にも動くため、距離を詰めることで弾を掻い潜ろうとしても通用しない。それどころか近づこうとすると左右の砲座までが一斉にこちらを狙ってくるため、集中砲火を浴びることになってしまう。さらにの砲座の中央にはカメラが取り付けられ、機銃の動きと連動するようになっていた。これではどれだけ左右に目まぐるしく動いたとしても、敵はこちらの動きを見失ってはくれないだろう。
「みんな、一旦離れよう。あの銃撃、避けきるのは無理だよ」
ロベルタの言葉に従い、全員が敵の射程外まで距離を取る。
「横は弱いかと思ったけど、むしろ正面より守りが堅いねー」
「あそこは羽根の基礎部分だからね。多分モーターを動かすための動力ユニットもあの柱の中にあるんだと思う」
「なるほど……エネルギーを効率よく伝えるために直結しているのですね。それならあの過剰な防衛システムも頷けます」
「あの装甲の厚さ……小型のミサイルぐらいじゃ破れないかもしれないね」
「それ以前にあの弾幕では、当たる前に撃ち落とされてしまう可能性のほうが高いでしょう」
ウィルマはいつものように寝ぼけたような口調だが、さすがにロベルタとジョルジアナは冷静に敵を分析している。しかし性能を知れば知るほど、その攻略が難しいことが分かるばかりだった。
「アーティちゃん、他のみんなも聞こえる?」
無線からルネの声が聞こえた。
「飛行船の側面を突くのはやはり難しいみたい。距離を取りつつ船体の斜め前方、正面と側面のどちらからも狙われない位置に一度退きましょう」
左舷に回り込んだチームも同じような目に遭ったのか、命じられたのは後退だった。たしかに側面から攻撃を仕掛けるには、あの砲座によって張られる弾幕は厚すぎる。
アーサリンたちは指示通り船体の斜め前方に移動し、まだ開いている発進口から狙撃の射角が取れないギリギリの位置でAMを停止させた。ここならしばらくは安全だろう。
「少佐、どうされますか? あれでは攻めるどころか下手に近づくこともできません」
「やっぱり正面から行くしかないでしょう。入口は開いてるんだし、あそこにミサイルでも撃ち込んでやればいい」
「……それしかないでしょうね。けど、それには誰かが狙撃の囮になる必要があるわ。あなたたちにそんな危険なことをさせるわけには……」
キャメルの肩に搭載されたミサイルは煙を上げながら飛んでいくので弾道が見切りやすく、スピードもさほど速くないのである程度の距離があれば避けることはそう難しくない。だが敵の撃ってきたロングレンジキャノンは攻撃の“起こり”が見えないうえ弾も速いため、見てから避けるということは不可能だ。先ほどエダのキャメルが腕を吹き飛ばされた威力を考えれば、ルネが二の足を踏むのも無理からぬことだった。
「だったら私が行くよ。私なら多分あれ……避けられると思う」
自ら囮役を買って出たのはウィルマだった。たしかに彼女の超直感ならば、敵の殺気を感じ取って撃たれる前に避けることができるかもしれない。
「ウィルマちゃん……でも……」
「ここであれをなんとかしないと、帰ってもゆっくり寝てられないからねー」
「お前は結局それかぁ!」
ラモーナが怒鳴りつけるが、ウィルマは気にも留めずにヒンデンブルグ号の正面へと走っていく。まだルネが許可を出していないにもかかわらず、『じゃあさっさと終わらせようよ』とでも言わんばかりの軽いノリだ。
「ま、待ってウィルマちゃん!」
「少佐、仕方ありません。こうなったらあいつの勘の良さに賭けましょう」
「……分かったわ。みんな、行くわよ!」
「「「了解!」」」
ルネたちの機体が一斉に走り出す。そのときすでにウィルマのトライプは、先ほどエダが撃たれた敵艦の正面、約百メートルの位置まで迫っていた。
「結局また正面から来るのね。まあ……それしかないと思い込むように、わざとここを開けてあるんだけど……ウフフフフ」
フリーデリーケが再びロングレンジキャノンを構え、ウィルマのトライプに狙いを定める。そして引鉄を引いた瞬間――
「ほいっ」
―― ドゴン! ――
草原の地面が大きく抉れ、そこだけ土が露になる。
「なっ……!?」
驚いたのはフリーデリーケである。完全に捉えたと思ったトライプが、まるで撃たれる場所もタイミングも分かっていたかのように砲弾を避けたのだ。自分が狙いを外したのではなく、敵に狙撃を避けられたのは彼女にとって初めての経験だった。
「う、嘘でしょ? まぐれよ……そうに違いないわ」
彼女は気を取り直し、再び敵機に狙いをつけた。幸いトライプは横に避けたので、距離は先ほどとあまり変わっていない。
「今度こそ、食らいなさいっ!」
「ほいほーい」
―― ドンッ! ――
またもフリーデリーケの放った弾は地面に穴を穿ったのみだった。狙った場所には命中しているので、やはり敵が弾を避けたのは間違いない。
「な……なんなのよあいつは!」
さっきまで余裕の表情を見せていたフリーデリーケの顔に動揺が浮かぶ。
今の一撃で分かったが、敵は明らかに自分が引鉄を引くよりも前に動き始めている。そうでなければいくら動きの速いトライプといえど、長距離砲撃用の砲弾をかわすことなどできるはずがない。
「くっ、これ以上近づけさせるものですか!」
「焦らないでクリスチャンセン中尉、あれはおそらく陽動よ」
冷静さを失いかけていたフリーデリーケの耳に、スピーカー越しの声が聞こえてきた。今まで格納庫の奥にいたヴィルヘルミナたちが出てきたのだ。
「ラインハルト大尉」
「多分、敵の狙いはここにミサイルを撃ち込むことよ。チョロチョロ動いてるやつは私たちが引き受けるから、あなたはミサイルを撃とうとするやつがいたら順番に片付けて」
「了解!」
ヴィルヘルミナの言葉で冷静さを取り戻したフリーデリーケは再びロングレンジキャノンを構え、ウィルマとは別の場所から出てくるであろう敵機に意識を集中しはじめた。ミサイルを撃ち込もうとするのが敵の目的ならば、それを発射される前に叩くのが彼女の仕事だ。
「あれれ? もう撃ってこないの?」
砲撃が止んだことを訝ったウィルマが敵を挑発するかのように左右に動く。そんな彼女の機体に向けて、今度は弾丸の雨が浴びせられた。
―― ダガガガガガガガガガァン! ――
「おーっとっと!」
ウィルマのトライプがまるでコマのようにスピンしながら銃撃をかわした。今の攻撃は狙撃手とは別の敵によるものだ。
「少佐、今のは……!」
「いけない、他の敵も出てくる気だわ! 私たちも早く接近して、ウィルマちゃんを援護するわよ!」
「「「了解!」」」
ルネたちが加速し、ウィルマとほぼ同じ場所まで距離を詰めていく。それに呼応するかのように、ヒンデンブルグ号の発進口から新たな敵が飛び出してきた。
「新型のAMか!」
「行くわよ連合軍!」
狙撃手として艦内に控えているフリーデリーケを除けば、両軍とも機体の数は同じ九対九だ。連合軍のエース部隊とゲルマニア軍のエース部隊の、約半年ぶりの激突である。
先ほどまで白かった雲は徐々にどんよりとした鉛色になり、今にも雨が降り出しそうになっている。はるか上空で轟いたはずの雷鳴が、戦いの火蓋を切る合図のように地上にも鳴り響いた。




