9.曇天の霹靂・後編
9.曇天の霹靂・後編
バイロイトからニュルンベルクまでは直線距離にして三十キロというところだが、路面状況などの条件を加味して考えればどんなに急いでも三十分はかかる。しかもそれはルネやラモーナのようにバレーボール級の胸を持ったパイロットの話で、時速百キロ出せるかどうか怪しいアーサリンやウィルマに合わせていれば四十分以上かかってもおかしくはない。ルネたちは出せる限りのスピードでニュルンベルクへと急いだが、時速百八十キロは出ているであろう敵に追いつくのはまず不可能だ。
―― ドドォォォン………… ――
ニュルンベルクが近づいてくると、先ほどと同じように爆発音が響いてきた。やはりルネの予想通り、町はすでに敵の攻撃を受けている。先ほどの連絡を受けて、駐屯していた兵団が逃げていてくれればいいのだが。
「少佐、あれを見てください!」
ラモーナが機体のマニピュレーターで器用に空を指差す。
山の少ない南の空は雲がそれほど低い場所まで流れておらず、ある程度視界が開けていた。おかげでアイカメラを熱感知モードに切り替えなくとも、白い雲をバックに敵影がよく見える。
そして、連合軍のパイロットたちは見た――真っ白な空のキャンバスに色鮮やかな五羽のアルバトロス《アホウドリ》が飛び交い、小型爆弾を雨のように降らせている姿を。
「あ、あれが敵の新型機か!」
「凄い……なんてスピードなの……」
「アーティちゃん、速さも脅威ではあるけど、注目すべきところはそこじゃないわ。敵が飛んでいるあの高さよ」
アーサリンはただ敵の速度に驚いていたが、ルネはむしろ高度のほうに着目していた。あれほどの高さにいられてはガンブレラの威力も命中率もガタ落ちで役に立たない。仮にもし自分たちが飛行型AMで山の頂上から飛び立ったとして、それでようやく以前と位置関係が同じになるほどの高低差だ。
「……やっぱりおかしい」
飛び回る敵機を眺めていたロベルタがぼそりと呟いた。
「ロベルタちゃん、なにがおかしいの?」
「少佐、バイロイトの北から帰ってくるときに見た敵の高度と、今見えている敵の高度に差はありますか?」
「そう言われてみればほとんど……いいえ、まるで落ちていないわ。ここまで飛んでくるのに十分かかっていないとしても、今までの飛行ユニットなら私たちが来るまでの間にもっと高度が落ちていてもおかしくないのに……」
「やっぱり、敵は延々飛び続けていられるAMを開発したってことか?」
「…………」
アルバータが訊ねるが、ロベルタは答えない。ルネも先ほどから感じていることだが、なにかが心に引っ掛かるのだ。
なおも敵は無数の爆弾を降らせている。小型のものとはいえ、一体どれだけの爆弾を積んできたのか。そう思ったとき――ロベルタは違和感の正体に気付いた。
「そうだ。あれだけたくさんの爆弾を積んで、あんなに長時間飛び続けられるのがおかしいんだ。あれじゃ機体を軽量化した意味がないはず」
「……!」
ロベルタの言葉を聞いて、ルネもその異常性に気付いた。そう、大量の爆弾を抱えることと飛行時間を延ばすことは、機体重量の増加という問題において矛盾するはずだ。そもそも軽量化をなによりも優先させることで有名なアネット・フォッカーが、あんなにも大量の爆弾をAMに搭載すること自体がおかしい。それなのに敵は一体どうやって、その相反する問題を解決したというのか。
実際のところ、ゲルマニア軍においてその問題はなにも解決できていなかった。爆弾による重量の増加はせっかく軽量化したアルバトロスD.IVの飛行性能を台無しにするものであり、それを解決するためには出撃から一刻も早く爆弾を使い切ってしまうしかない。だが、逆にそれでは延びたはずの飛行時間が無意味になってしまう。作戦行動時間の短さ――それがアルバトロスD.IV最大の欠点だった。
では、どうして先ほどバイロイト基地を襲撃した敵が今ここでニュルンベルクの町を攻撃し続けていられるのか。
「……む? 少佐、爆撃音が止んだようです」
「爆弾が尽きたのかしら?」
「あいつら……一体なにをグルグル飛び回ってやがるんだ?」
爆撃を止めた五機のアルバトロスは両手を広げ、円を描くように飛んでいた。やることがなくなって手持ち無沙汰になっているようにも見えるが、よく見るとその高度が少しずつではあるが上がっている。
「な……! う、嘘だろ……」
「まさか……上昇しているというの?」
ニュルンベルクまであと二キロ足らずいうところで、ルネたちは機体を停止させて呆然と空を見上げていた。今までは機体重量に負けて落ちていく一方だったはずの飛行型AMが、風に乗って再上昇しているのだ。
「い……いや、待て。再上昇したところで一体なにができるというのだ。あれは爆弾を使い切って身軽になったからこそできることで、他に武装がないのならば無意味だ」
「そ、そうだよ。あれはきっと退却のためにやってんだ。それにあんなゆっくりしか上昇できないんじゃ、こっちがあの高さを攻撃できる武器さえ開発すればいい的さ」
ラモーナとエダは内心の不安を打ち消そうとするかのように、目の前で起こっている現象の脅威を必死に否定していた。しかし、その空元気は次の瞬間に吹き飛ばされることになる。
突然、敵機が飛んでいる場所よりも上にあった分厚い雲が渦を巻きはじめた。なにかが上空の気流を乱しているようだ。そして雲の底から現れた“それ”を目にしたとき、連合軍パイロットたちの表情は凍りついた。
「なんなんだよ……あれ……」
「…………」
「………………」
直前まで喋っていたおかげか、なんとか声を搾り出すことができたエダが漠然とした疑問を口にするが、誰も答える者はいない。雲の渦の中から現れたのは、見たこともない巨大な怪物だったからだ。
「そうだ! 思い出した!」
いきなりアーサリンが大きな声を上げた。
「うわ! びっくりした……ど、どうしたんだよアーサリン」
「士官学校の図書室で見たことがあります。あれは……飛行船です!」
「そういえば、私も古い資料で見たことがあるわ。たしか二百年ぐらい前まで観測や偵察用に使われていたって……」
「私も以前、祖母から聞いたことがあります」
貧しい胸のせいでパイロット候補としての成績は最底辺だったものの、座学の成績はトップクラスだったアーサリンが最初にそれがなんなのか気付いた。博識なルネやジョルジアナも知識としては知っていたはずなのだが、自分の生まれる以前に使われていた乗り物のことなどすぐには思い出せなかったのだ。それに飛行船といえばガスで浮かぶ風船みたいなものという認識しかない彼女たちには、目の前にあるものがなんのために現れたのかまでは分からない。
「少佐、あの風船みたいなのからなにか出てきたよ」
狩人の父に育てられたため、部隊の中でも一番目のいいウィルマがいち早くそれを見つけた。飛行船の下部が斜めに開き、そこから四機のAMが飛び出してくる。色は様々だが下で飛んでいるものと同型だ。
新たに出てきた四機は、先に出ていた味方機と入れ替わるようにして再びニュルンベルクの町を空爆しはじめた。そしてゆっくりではあるが上昇を続けていた五機は、さらに下降してきた飛行船の中へと収容されていく。しかも下降してきた飛行船は、両弦にずらりと並んだ柱のようなものからさらに大きな爆弾を落としている。
「そうか……敵はああやって爆弾を使い切った機体と補給を済ませた機体をローテーションすることで、空に浮かんだまま長時間の作戦行動を可能にしてるんだ」
ロベルタがようやく納得がいったかのように呟く。
「ちょ、ちょっと待てよロベルタ。つまり上に浮かんでるあのバケモンは、空飛ぶ補給基地だってのか?」
「うん……移動する補給基地。あれなら飛行船本体に積んである爆弾が尽きない限り、敵は半永久的に攻撃を続けることができる」
「嘘だろ……」
「リトル中尉、仰っていることは理解できますが、あの飛行船がずっと飛行を続けていられるという根拠は?」
「そうよロベルタちゃん。それに私が知っている飛行船はガスで浮かぶ風船みたいなものだから、そんなにたくさんの重量物を積むことはできないはず」
「少佐、ジョルジアナ、アイカメラを熱感知モードにしてあの柱が並んでる部分をよく見て」
「柱の部分……?」
ルネとジョルジアナだけでなく、他の者もみなロベルタの言うとおりアイカメラのモードを切り替えてみた。すると飛行船の両弦には、まるで炎の壁でも存在するかのように大きな熱源反応があった。
「あれは……GETSの反応?」
「そんな……あれほど巨大な熱源体を見逃していたなんて……」
「多分、こっちが想像もしないほど高い位置にいたせいで気付かなかったんだろうね。上で回ってる羽根で揚力を生み出してるんだろうけど、あれだけの熱を発してるということは相当の人数を動力源にしてるはずだよ」
「それであの巨体が浮かんでるってわけかよ……相変わらずゲルマニアの兵器は趣味が悪ぃな」
エダはそもそもAMという兵器でさえあまり好きではない。エレキギターのように自分の意思で電源となるならともかく、人間を機械の部品のように扱う人間電池というGETSの使い方は彼女にとって忌むべきものなのだ。
「あっ! 見てください少佐、飛行船がだんだん高度を落としてきます!」
アーサリンの言うとおり、飛行船は徐々に高度を落としてニュルンベルクの北側に着陸しようとしていた。おそらく逃げ惑う敵の姿が少なくなったため、歩兵部隊を送り込んで町を占領しようというのだろう。
「少佐、敵が地上にいる今なら私たちでもあれを攻撃することができます。すぐに攻撃命令を!」
ラモーナが少々慌て気味に進言する。今の脅威を目にした者ならば、彼女でなくても攻撃を焦るのは仕方のないことだろう。
「そうね……あの飛行船を破壊することまではできなくても、まだ近くにいる味方を逃がすための時間稼ぎぐらいはしないといけないわ」
「でしたら……!」
「ジャクリーンちゃん、シェリルちゃん」
ルネはラモーナの言葉には答えず、真剣な声で二人の名を呼んだ。
「は、はいっ」
「少佐、なんでしょうか」
「今から言うことをよく聞いてね。あなたたち二人はすぐにここを離れて、西のヴュルツブルクに向かって」
「え、ええっ?」
「そんな、私たちもここで戦います」
「これ以上あれの被害を出さないためには、今ここで見たことをなるべく早く司令部に伝える必要があるわ。そのためには誰かが伝令に走らないといけない」
「ですが……」
「それにあの兵器に対抗する策を考えられるのは、やっぱりそっぴーちゃんしかいないと思う。だからあなたたちにはヴュルツブルクで司令部と連絡をとった後、そのまま直接クリンバッハ城へ向かってもらいたいの。一刻も早く彼女の力を借りるために……」
もしもクリンバッハ城にいるトマサがこちらに来てくれるにせよ、なにか対抗策となる兵器を持たせてくれるにせよ、できるだけ早く帰ってくるには開発中の飛行型AMを使うのが一番いい。そうなったとき、胸の小さいアーサリンやウィルマでは飛行型AMを扱えないだろう。かといってここからの戦いでは、歴戦のパイロットたちの戦力は一人でも惜しい。だからこそキャメルを扱える胸の大きさを持ちつつ、戦闘経験は最も浅いこの二人に伝令を任せようというのだ。
「わかりました……絶対にあの兵器への対抗策を持ち帰ってきます」
「それまで、みなさん絶対に死なないでくださいね……」
ジャクリーンが泣きそうな声で懇願する。クリスティーナを失った経験からか、彼女は仲間と離れることに対して少し臆病になっている。
「当たり前だろ! 縁起でもねえこと言うんじゃねえよ!」
「ひっ! す、すいませんボール中尉」
「大丈夫だ。俺たちは絶対に誰も死なねえから、お前らはさっさとヴュルツブルクへ急げ!」
「「は、はいっ!」」
二人のキャメルが西へ向かって全速力で走り出す。
「さて……敵の実力は未知数だけど、行くしかないわね」
「ええ、ここであれを破壊できれば良し……せめて機関部を故障でもさせられれば、少しでも対策の時間を稼げます」
「じゃあ、行きますか?」
「ええ、友軍を撤退させるため、敵の新兵器を攻撃します。みんな……ここが踏ん張りどころよ!」
「「「はいっ!」」」
伝令の二人を送り出したルネたちは南へと向き直ると、まだ黒煙を上げている町へと向かってアクセルペダルを踏み込んだ。
しかし彼女たちは知らなかった。敵があえて高所の有利を捨ててまで地上に降りたのは、彼女たちを誘い込むための罠だということを――




