52.敵を知り、己を知れば百戦危うからず
52.敵を知り、己を知れば百戦危うからず
「出てきたわ! 敵の飛行部隊よ!」
クルプルに到着したルネたち陽動隊は、城の発進口から飛び出したマルグリットたちの機影を確認した。いよいよ両軍の命運を賭けた決戦の始まりだ。
「くらえっ!」
エダたちが一斉にガンブレラで敵を攻撃する。いつもは眠そうなウィルマもこの時間帯ならば比較的元気だ。
「くっ……早速攻撃してきたか。だが、いつまでも調子に乗るなよ!」
「昨日はよくも恥をかかせてくれたわねぇ……お返しはたっぷりさせてもらうわよ」
ヘルミーネたちが旋回しながらルネたちの頭上を飛び回る。そして真上を通り過ぎる瞬間に手元のボタンを押すと、機体の腰に追加された箱から無数の小型爆弾が投下された。
「うおっ!? あいつら、なんか落としてきやがったぞ?」
「いけない! みんな散開して!」
―― ドォン! ――
「うわぁっ!?」
―― ドドォン! ボゴォン! ――
爆弾が降り注ぎ、地面に無数の穴を穿った。直撃こそしなかったが、爆風で飛んできた石礫は装甲や防弾傘に地味なダメージを与える。
「くっ……そっぴーちゃんの読みが悪い意味で当たっちゃったわね。このままじゃ地面を穴だらけにされて身動きが取れなくなるわ」
「どうします少佐!」
「エダちゃん、慌てないで。このときのための“秘密兵器”が、あなたの背中に積んであるでしょう?」
「そ、そうだった」
「分かってるわね……なるべく敵が密集しているところに、それでいて当てないように打ち上げるのよ」
「了解!」
「みんなは銃撃で敵を追い込んで、エダちゃんの援護をしてあげて!」
「「「はいっ!」」」
エダを除く全員が放射状に弾幕を張り、敵の飛行部隊を一ヶ所に追い込んでいく。だがエルネスティーネとヴェロニカ、クリームヒルトの三機だけは素早くその包囲を抜け、ヴァイセンブルクの方角へと飛んで行った。
「少佐、三機が逃げていきます!」
「あっちはヴァイセンブルクの方角ね……仕方がないわ、あっちはラモーナさんたちに任せましょう。エダちゃん、準備はいい?」
「ちょうど敵のド真ん中が空いてます。今なら行けますよ!」
「いいわ、撃って!」
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
―― キュドォォォォォォォォォォン………… ――
エダが発射スイッチを押すと、キャメルの背中にマウントされた大型ロケット弾が轟音とともに飛び出す。それは天に昇る龍のように舞い上がり、マルグリットたちのさらに頭上へと抜けていった。
「な、なんですの? 今の大きなロケットは」
「馬っ鹿じゃないの? あんなノロマなロケット弾に誰が当たるもんですか」
「苦し紛れにしても芸がないわねぇ」
ゲルマニア軍パイロットたちの誰一人、それが自分たちを狙ったものではないことに気付いていなかった。ミサイルやロケット弾というものは敵を狙うものであり、基本的には接触信管で爆発させるものだ。仮に時限式信管で爆発させるにせよ、自分たちの頭上へと抜けていったものが爆発したところでなんの影響もないと高をくくっていたのである。
―― ボムッ!!! ――
マルグリットたちのさらに上空でロケット弾が爆発した。やはり仕込まれていたのは時限式の信管だったのだ。しかし離れすぎていたのか、爆風さえほとんど届かない。ただ凄まじい煙がもうもうと噴き出しただけだ。
「なんだ? 煙幕のつもりか?」
「それにしては高さが合っていません。どう考えても時限式信管の設定ミスです」
マルグリットはもちろんヴィルヘルミナでさえ、今の攻撃はただ苦し紛れの末に失敗したものだと思い込んでいた。ましてや自信過剰なヘルミーネや注意力の散漫なブリュンヒルデなどがその意図に気付くはずもない。彼女たちは完全に上への警戒を止め、下にいる敵たちに意識を戻していた。だが次の瞬間――
―― ガガガガガラララガラァァン! ――
―― ガギャギャガギャギャギャギャギャギャ! ――
―― ギキキィィィィィィィィィィィ! ――
ゲルマニア軍の機体のコックピットに、異様な音が響き渡った。
「?」
「な、なんだ!?」
「いぃぃぃっ!? な、なんなのよこの音ぉぉっ!」
「ひ、ひぃぃぃっ!」
積み上げた灯油缶をひっくり返したような騒々しい音や、黒板を引っ掻くような不快な音にマルグリットたちが思わず耳を塞ぐ。
音はどうやら自分たちの背後、すなわちフライヤーユニットから聞こえているらしい。全員がそれに気付くと同時に、機体の高度がガクンと下がった。
「なっ!?」
「た、大尉! 大変です! フライヤーユニットのタービン稼働率が三割近くも落ちています!」
「な、なんだと!?」
マルグリットたちの頭上で爆発したロケット弾の中には、大小様々なボルトやナット、ネジに釘、さらには切削機械から出た金属の削りカス――いわゆる切粉と呼ばれるものがスチールウール状に絡みついた塊など、ありとあらゆる鉄クズが詰め込まれていた。そしてロケットの爆発とともにそれらがあたりに撒き散らされ、下にいるマルグリットたちの頭上に降り注いだのだ。先ほど彼女たちが聞いた不快な音は、それらの鉄クズがフライヤーユニットのタービンに入り込み、プロペラを歪ませ、軸に絡みつき、内部の壁面を引っ掻いた音だった。
本来ならばこういったものには防塵対策がなされていて然るべきだろう。吸気効率を考えればエアクリーナーの設置は無理にせよ、せめて目の粗い網ぐらいは張っておくべきだった。しかしアネットは軽量化のため、そしてフライヤーユニットの上を取る存在などありはしないという驕りからその対策を怠ってしまった。トマサはそんな彼女の性格を読みきったうえで、このような武器を用意したのである。
もちろんトマサの言ったとおり、こんなのは一度限りしか通用しない手口だろう。だが最も重要な今回の戦いに限っては、この単純な武装が勝負を分けることになった。二人の天才技術者の戦いはつまるところ、敵の性格までも知り尽くしたトマサに軍配が上がったのだ。
「嫌ぁぁぁっ! お、落ちる! 助けてヘルミーネぇぇっ!」
大きな切粉の塊がプロペラに絡みつき、タービンの稼働率が半分以下に下がってしまったブリュンヒルデがヘルミーネの機体の足を掴む。
「ば、バカっ! 私まで落ちるでしょうが! 放しなさい! 放せぇぇっ!」
ヘルミーネは機体を揺すってブリュンヒルデを振りほどこうとしたが、余計にバランスを崩してしまうだけだ。そのうち二機は飛行限界高度も保てなくなり、着陸を余儀なくされてしまった。
「このバカっ! この状況、どうするのよ? あたしたち二人だけで敵のど真ん中に落ちちゃったでしょうが!」
「こ、こうなったらユニットをパージして逃げましょ!」
「馬鹿者! 敵にフライヤーユニットを鹵獲されてしまうだろう! パージすることは許さん! 翼を収納して戦うんだ!」
無線でマルグリットがブリュンヒルデを叱りつける。
「だって、もう完全に対策されちゃって役に立たないじゃないですか! 戦うにしたってデッドウェイトにしかなりませんよこんな物ぉ!」
―― ガシュン! ガシャァン! ――
ヘルミーネとブリュンヒルデはマルグリットの許可を得ることなく、ついにフライヤーユニットをパージしてしまった。二人はその状態でエダやフランチェスカたちと戦い始めたが、すでに逃げ腰でヴァイセンブルクの方角へ向かおうとしている。
「ええい、役立たずどもめ! いつもの大口はどうした!」
マルグリットもなんとか体勢を整えつつ連合軍を攻撃していたが、彼女とヴィルヘルミナの機体もかなり高度が下がっていた。唯一エーリカだけはプロペラが少し歪んだだけだったのでまだ高度を保っているが、それとてシャルロットとウィルマの二機に銃撃されてまともに戦えていない。
「くっ……またもトマサ・ソッピースか……フォッカー博士があれほど憎むのも頷ける。本当にねじ伏せるべきは連合軍ではなくあの少女だった!」
マルグリットがギリリと奥歯を噛み締める。そのとき、遠くから大きな爆発音が響いてきた。
―― ドゴォォォン…………! ――
「今度はなんの音だ!?」
マルグリットが空中で旋回しながら音の発生源を探す。これはたまに塹壕のほうから響いてくる砲弾の音ではない、もっと近くからだ。
そして彼女の目に、信じられない光景が飛び込んできた。クリンバッハ城の城門から火の手が上がっていたのだ。
「……な……!」
マルグリットが大きく目を見開き、これは夢かと言わんばかりの顔で呆然とする。だが、それは紛れもなく現実の光景だった。




