51.総力戦の始まり
51.総力戦の始まり
マルグリットは城の外壁に開けられた発進口のそばに立ち、双眼鏡で南の平原を眺めていた。
あと一時間もしないうちに日が沈む。それまでに連合軍のAM部隊が来なければ、ひとまず今日の攻撃はないとみていいだろう。夜になればライトを点けずに進むことは不可能に近いし、城の近くまでくればサーモグラフィーつきカメラの索敵に引っ掛かるため、基本的にAMでの夜襲はありえないからだ。
「今日の攻撃はなし……か」
マルグリットが「ふう」と息を吐く。
ガンブレラへの一応の対策はできているが、まだパイロットたちの精神的動揺は治まっていない。少なくともあと二日ぐらいは何事もなく過ぎて欲しいところだ。
「大尉……」
「ラインハルト中尉か」
「隊長が自ら哨戒など……私が代わります」
「いや、もうそろそろ日が暮れる。それまではこのまま…………むっ!?」
「ど、どうされました?」
マルグリットの目が東へと向けられる。ヴァイセンブルクの方角だ。そこには、連合軍が自分たちゲルマニア軍の出撃を知らせるのに使っていた狼煙が上がっていた。
「狼煙だと? 我々は出撃などしていないぞ!」
「大尉、あれを!」
ヴィルヘルミナが天に向かって昇る煙を指差す。よく見ると、その煙は西の方角へと移動していた。
「なんだ……? 西へと移動している?」
マルグリットが双眼鏡を覗き込むと、六機のAMがクルプル方面へと移動していくのが見えた。
「一体どういうつもりでしょう?」
「フン……下手な陽動だな。ああして城を攻めに来たと見せかけて、我々をクルプル方面におびき出そうとしているのだ。おそらく本命の部隊はヴァイセンブルクの近くに潜み、我々が城から出たのを見計らって山道を攻め上ってくるつもりだろう」
「……果たしてそうでしょうか?」
「なにか気になることでもあるのか?」
「たしかにクルプル方面に向かっているあの部隊は陽動でしょう。ですが、あまりにも陽動が下手すぎます。空を飛べない連中がクルプルからここを攻めるのは不可能だということは誰もが分かっているのに……しかもわざわざ狼煙など上げて、自分たちの存在をアピールする意味がありません」
「うむ……言われてみればそうだな」
「おそらく陽動を見破ったと思わせて、本命と思われるヴァイセンブルクに我々を陽動することこそ敵の狙いなのでは?」
「なるほど……ならば本命は逆方向の西側か」
「あくまでその可能性もある……というだけですが」
「西と東、どちらが本命かは分からないということか……しかし、そうなると一つ気になることがある」
「なんでしょう?」
「クルプルに向かっている敵機の数が多すぎる。現在確認されている敵の戦力は十二人、その半数が陽動とは……残りの半数が東西の両方から攻めてくるつもりなら三機ずつしか回せんはずだ。いや、基地を守る戦力を残さなければならないのだから、実際にはもっと少なくなる」
「……まさか……やつらは基地を空にしているのでは?」
「それこそ“まさか”だろう……いや、あるのか? だからこそあの陽動部隊はあれだけの数で、我々の飛行部隊にクルプルを抜かれまいとしている?」
「それなら地上部隊で東西の道を押さえ、飛行部隊でクルプル方面の敵を叩いてしまえば……!」
「ラインハルト中尉、パイロットたちを全員集めろ! 出撃だ!」
「はいっ!」
ヴィルヘルミナが格納庫の柱にあるボタンを押し、各自の部屋に備え付けられている緊急出撃のアラームを鳴らす。
それからわずか三分足らずの間に、パイロットたち全員が格納庫に終結した。みなすでにパイロットスーツに身を包み、出撃準備を済ませている。
「全員よく聞け、連合軍が三方から総力戦を仕掛けてきた。しかしそのために敵は基地を空にしているものと思われる。それゆえ我々は東西の道を押さえた後、陽動のために動いている大部隊を飛行戦力で蹴散らし、そのまま敵基地を叩く!」
「では、東西の道の抑えには誰を向かわせますか?」
「お姉ちゃん……いえ大尉、私をオステルカンプ中尉とブルーメ中尉の両名とともに、西側の守りへ行かせてください」
「ローラか……そうだな、フライヤーユニットを持たないお前は元々そうすることが決まっていた。オステルカンプ中尉とブルーメ中尉がついていてくれるなら安心だろう」
「はいっ!」
「では西側の守りは頼んだぞ。だが、決して敵を深追いするな」
「私では……心配ですか」
「いや、これはお前の身を案じて言っているのではない。この作戦の要は我々が敵基地を落とすまで敵を城に近づけないこと……敵に道の要所を抜かれないことが大切なのだ。だから敵がケッフェナッハまで退いたとしても、絶対にそれを追ってはならん。山の麓をしっかりと押さえ、それ以上南下するな。いいか」
「はいっ」
「ウーデット大尉とフォス少尉、ボルフ少尉は出撃後すぐに本隊から離れてヴァイセンブルクへ向かえ。敵が潜んでいるとするなら麓の森の中だ。上空から攻撃を加えて敵に山を登らせるな」
「「「了解」」」
「残りの五人でクルプルにいる敵の陽動部隊を叩き、そのままインゴルスハイム基地を攻撃する。敵は防弾傘で時間を稼げると思っているだろうが、油断しているところに爆弾の雨を降らせてやるぞ」
「「「了解!」」」
マルグリットの指示が終わると、全員が自分の機体に乗り込んでいく。
―― 「発進準備完了。作業班、及び整備班の人間は滑走路から退避してください。繰り返します。作業班及び整備班の人間は、滑走路から退避してください」 ――
滑走路を空けるよう促すアナウンスが格納庫内に流れる。そしてマルグリットたちの乗る八機のAMは一斉に走り出し、発進口から矢のように飛び出した。




