29.パイロットに一番必要なもの
29.パイロットに一番必要なもの
格納庫に着いたシャルロットとアーサリンの二人は、軍服姿のまま整備用ハンガーの前で向き合っていた。
「あ、あのっ……服を脱がなくてもいいんですか?」
二人とも軍服の下にパイロットスーツを着ているが、上着を脱がない限りAMを操縦することはできない。シャルロットの真意を量りかね、アーサリンは困惑の表情を浮かべていた。
「今からあなたにパイロットとして足りないものを教えて差し上げます。ですが、そのためにいちいちAMに乗る必要はありません。AMが傷つく分、整備班の仕事を増やすだけです」
「はぁ……」
「ブラウン准尉、格闘技の経験は?」
「えっと……士官学校のカリキュラムで少しだけ」
「そう……じゃあ、私に向かって殴りかかっていらっしゃい」
「え、ええっ?」
「聞こえませんでしたの? 殴りかかってらっしゃい、と言ったのよ」
「そ、そんな……!」
「ビショップ中尉やコリンショー大尉がやってみせたことが、どうしてあなたにできないのか、その違いを見せてあげようというのです。いいからさっさとかかっていらっしゃい」
シャルロットは眼鏡を外して胸のポケットにしまうと、左の手のひらを持ち上げ、挑発するかのようにくいくいと手招きしてみせた。
「わ、分かりました……じゃあ、行きますね。ええいっ!」
アーサリンは脇を閉めて両拳を肩の高さに構えると、右のパンチをシャルロットの胸あたりに向けてくり出してみた。それに対し、シャルロットは左手でアーサリンの右肘あたりを払ってパンチの軌道を逸らす。そして同時に足を左斜め前へ踏み出し、すれ違うようにアーサリンの右脇を通り抜けていった。
その時点で、アーサリンはシャルロットの姿を完全に見失っていた。右の後方、斜め後ろあたりにいることは分かっているのだが、パンチをくり出した勢いのせいですぐには振り返ることができないのだ。しかも払いのけられた右腕がそのまま手で押さえられているため、体をそちらに向けることもできない。
―― ずだん! ――
「わぁっ!?」
次の瞬間、アーサリンは襟首を掴まれ、軽く足を払われるのと同時に後ろに倒された。ウィルマやラモーナにAMでやられたのとほとんど同じ動きである。
「今のがビショップ中尉やコリンショー大尉がやったことの再現だということは……分かりますわよね?」
「は、はい」
「では、次は私があなたに向かって拳をくり出します。同じようにして私の後ろを取ってみなさい」
「わ、分かりました」
「行きますわよ」
シャルロットが先ほどのアーサリンと同じように右のパンチをくり出す。だが手加減してくれているのか、スピードはさほど速くはない。
アーサリンはシャルロットがやったように左手でパンチを払いのける。しかし前への踏み込みが浅かったため、少し横に避けただけで後ろまで回り込めない。その間に、シャルロットはさらに左のパンチを打ち込んできた。
「くっ……!」
アーサリンは続けて飛んできたパンチを払いのけようとしたが、前のパンチを捌ききれていなかったせいで踏み込みが遅れ、左肩に拳がヒットしてしまった。手加減されたパンチなので痛くはないが、肩を押されたことでさらに体勢が崩れる。
―― ドンッ ―― ドム ―― ドムッ ――
「あぅっ……あぅ……あわ……」
右――左――右と、シャルロットのパンチで次々と肩を押される。それによってアーサリンの体はどんどん壁のほうへ押しやられてゆき、とうとう鉄骨の柱を背にして追い込まれてしまった。
シャルロットは最後にアーサリンの顔の前でパンチを寸止めすると、後ろに一歩下がって構えを解いた。そして胸ポケットにしまっていた眼鏡をかけ直し、アーサリンに向かって厳しい目を向けながら問いただした。
「なぜ今、あなたが私の攻撃を捌けずに防戦一方になってしまったか、お分かりになりますか?」
「い、いえ……分かりません」
「敵の後ろに回り込む技術で一番大切なことは、敵の攻撃をギリギリでかわしながら“前に出ること”ですわ。そうすることで敵の死角に入り、体勢を崩したところを狙えるというのに……あなたはその踏み込みが中途半端だから、何度やっても相手の後ろに回り込むことができないんです」
アーサリンがはっとしたように顔を上げる。
「攻撃を受けるたびにそれを恐れてまた下がり、下がれば下がるほど逆に相手は調子づいていく。そしてどんどん腰が引けて、最後は防戦一方になる……つまり、あなたはただ敵の攻撃に怯えているのです」
アーサリンはぐうの音も出ない。自分自身で意識していたことではないにせよ、たしかにシャルロットの言ったことは思い当たるのだ。
本来アーサリンは戦うことに向いている性格ではない。そもそも軍人になったのも、学問にせよ戦闘技術にせよ、優秀な者は士官学校に入って軍人になるのが当たり前の世の中だからそうしたに過ぎないのだ。幼少の頃も、子供だけで危険な遊びをするときなどは常に巻き込まれる側で、怖くて動けなくなっているところをいつもヴィルヘルミナに助けてもらっていた。そんな彼女が殺し合いの場である戦場に出るということ自体、どれほどリスクの大きい行為かは誰の目にも明らかだろう。ルネもアーサリンのそんな性格を見抜いていたからこそ、パイロットになることにあれほど反対したのである。
「いいですか、AMのパイロットにとって最も大切なのは、敵の攻撃を恐れない“勇気”です。それを持たない者にはAMに乗る資格などありません。こんな緩いパンチにさえ怯えているような人が、どうして戦場で戦えるというのです。今のあなたでは仮に実戦に出たところで、すぐに二階級特進するのがオチですわ」
「…………」
「……今日のところはこれでよろしいかしら?」
「……はい、ありがとうございました」
アーサリンはシャルロットに一礼すると、軍服を脱いで自分のAMに乗り込み、格納庫を出てグラウンドに向かって走り出した。
「(私が鍛えなきゃいけなかったのは操縦の技術だけじゃない。心もだったんだ……そうだ、怖がってちゃダメなんだ! 今度は私がミーナちゃんを助けなきゃいけないんだから!)」
アーサリンの操縦するトライプはスピンとターンを繰り返しながら、砂塵を巻き上げてグラウンドを縦横に走り続けた。




