副団長 2年間の苦労を語る 前半
緩やかに形を作る恋もある。
私が副団長を勤める第五騎士団は軍の中枢であり、王直属の護衛騎士団もこの中より選出されます。
そのため、第五騎士団は貴族特権階級のみで構成されておりました。
それに異を唱えたのはノイ・ファーレン第五騎士団長。
実力こそ、強さこそが全て。
実力がない騎士がその位のみで上に立ったとして、国を守れるものなのか。
自身が由緒正しき生まれであるに関わらず、実力こそがと主張するノイ団長を、富国と強兵による安寧を目指す国王は大層お気に召したようです。
第五騎士団は任す故、好きにやるがいいと言うお言葉と共に、全ての権限をノイ団長に委ねました。
団長はそれを受けて、実力のみで全ての編成を行いました。
私は武芸の面で秀でた才能はなかったものの、権謀術数、兵を動かす策略に長けていた才を買われ、ノイ団長直々に副団長に任ぜられました。
武人として恵まれた体を持ち、体術剣術において天賦の才を持ち。
いざと言う時の決断力と行動力は多くの騎士たちを率いて従わせる、その圧倒的な統率力。
ノイ団長は、この広き大陸に名を馳せるほどの度量を持っており、私がつくに値する方だと思いました。
その判断は間違ってないでしょう。
しかし後に私は気付くことになります。
この方が、色恋に置いては残念な部類に入る男だと言うことを。
幼き頃に母を亡くし、王の護衛騎士であった父に育てられた団長は、堅物で朴念仁、女の気持ちなど一つも分からない不精な男に成長してしまいました。
そんな方から一夜の過ちを犯してしまったと告白された時、私はすぐに厄介ごとの始まりだと思いました。
恋や愛をあまり分かっていない男が、薬の影響で記憶と思考が混濁している状態で、どこの誰とも知らぬ女を抱いた。
私は、団長との婚姻を求む女性に嵌められたのでは?とその可能性を真っ先に疑いました。
内密にその女性を探ろうとする私の心中などにさっぱり気付かず。
無駄に責任感が強い団長は、無理やり事に及んだのならそれに相応しき罰を受ける、しかしもし、合意の上であったのなら妻に望みたいと、のたまって下さいました。
私は騎士としての団長には一目置き、尊敬すらしておりますが、色恋においては無識、無学な方であると認識しております。
城内で働くお嬢様方はとても強かで、少しでもいい男を得たいと日々虎視眈々と狙っております。
団長のような優良物件が声高にそんな宣言すれば、どうなることか。
案の定、腹を空かせた肉食獣のようにお嬢様方が食いついてきました。
そんなお嬢様方にお引き取り願うのは中々骨が折れることでして、正直申しますとほーら、餌ですよと肉食獣の群れに団長を放りこもうと思う気持ちも少なからずございました。
そこをぐっと我慢し、団長のお気持ちが広く周知されているにも関わらず、名乗り出てこないと言うことこそが、その方からのお返事なのではないでしょうか?と団長の説得にかかりました。
私の言葉に
「…そうか」
団長はきりっとした眉を八の字にしてしゅんとした様子を見せましたが、女性を執拗に探すことはなくなりました。
ちょうどその頃、団長が特別に目をかけていたレイ・ロドリックと言う若い騎士が体調を崩し、そちらに意識が逸れたと言うのも関係しております。
団長の気が逸れたことを喜ぶ気持ちはありましたが、私自身も努力を怠らないレイ・ロドリックを好ましく思っていたので、回復を望んでおりました。
しかし甲斐なく、レイ・ロドリックの容体は悪化し、空気の良き片田舎に移り住むことになりました。
明るく前向きであったレイ・ロドリックは沢山の仲間に惜しまれながら、静養のために退団しました。
それから数か月後のとある日、団長が珍しく休みを申請しておりました。
仕事一筋の団長が休みを取ることは大変珍しいので、理由を聞けばレイ・ロドリックを見舞いに行くと。
レイ・ロドリックの状況を気にする者は少なからずいて、いい機会だと私は快く団長を見送りました。
翌日、城へ戻ってきたノイ団長は深刻な暗い表情をなさっておりました。
レイ・ロドリックの容体が悪かったのでしょうか?と思い、尋ねれば
「…腹が…」
とだけ呟いて、黙り込みました。
腹が一体どうしたんでしょうか?と思いつつ、続く言葉を待てば、団長はどこからか金を取り出し、これをレイ・ロドリックの元に届けるように私に頼みました。
団長の様子から、レイ・ロドリックの容体があまり芳しくないと察した私はそれ以上問いかけることはせずに、早急に送金の手続きをいたしました。
しかし数日後にはそのまま送り返されてきてしまい、添えられていた文を読んで
「打つ手はもうないのか…」
と団長は酷く落ち込んでおりました。
それから更に数か月後。
団長は再び休みを取ると、レイ・ロドリックを見舞いに行きました。
前回の様子からして、あまりいい知らせは聞けなそうです。
私は情に厚い団長が、落ち込むのを予期し、少し憂鬱な気持ちで団長のお帰りを待っておりました。
予想に反し、団長からは良き報告を受けました。
騎士団に復帰は出来ないものの、病は回復へと向かっていると。
その朗報に、さぞかし団長も喜んでいるだろうとその様子を覗き見れば、何か思うところがあるのでしょうか。
基本的に感情を顔に出すことがない団長ですが、長く付き合っているとそれなりに読み取れるようになります。
団長の気持ちを読み取るのに一番分かりやすいのは、その眉です。
嬉しい時は上がり気味になる眉が、複雑な波線を描いておりました。
治ったなら良かったではないですか、何か問題でもあるのですか?と問えば
「……腹が…」
と呟いて黙り込みました。
流石に二度目ともなると、腹が一体何なんです、と気になった私は団長に詳細の説明を求めました。
団長は思い出せる限りの詳細を語ってくれました。
その話は、私の呼吸を数十秒止めてしまうほど衝撃的なものでした。
団長は恐ろしい病があったものだ…と呟いておりますが、恐ろしいのはあなたの朴念仁ぶりです。
その症状に当てはまるものは一つしかない。
俄かに考えづらいですが、しかしレイ・ロドリックが女性だとすれば全てに説明がつきます。
基本的に私は、考えてから口にだす失言がない男でございますが、その時ばかりは少々動揺していたのか、確信がない一つの可能性を口に出してしまいました。
それを聞き取ってしまった時の団長の眉は今まで見たことがないほど跳ね上がりました。
団長はしばし固まったあと
「男でも子を生めるのか…いや、己の無知を恥じている場合ではない。ともかく行かなくては…」
と上ずった声で何やら呟き、てきぱきと訳の分からない行動をしておりました。
訳の分からないものを買いあさっている団長に
「授乳用の瓶も必要ですよ」
と適当な情報で足止めを食らわせ、一足先にレイ・ロドリックが住む町へと向かいました。
そしてそこで。
団長そっくりの赤子を見た時の衝撃は、今でも表現できそうにありません。
その子は間違いなく、団長の血を受け継いでおりました。
そして、その子を抱える柔らかく女性的になったレイ・ロドリックこそが、あの夜団長と一夜を交わした女性に違いありません。
レイ・ロドリックとの会話により、私は頭が痛くなりました。
朴念仁の団長と、珍妙すぎる考えを貫くレイ・ロドリックの連続パンチにさすがの私も眩暈を感じました。
団長は居座る気満々で両眉をきりりと吊り上げておりますし、レイ・ロドリックはどうすれば良いんだ?とばかりに狼狽えておりますし、ここはひとまず勇気ある撤退をすることに致しました。
今は比較的世情も安定しておりますし、これと言って急を要する案件もなかったのですが、団長と副団長が共に不在なのはよろしくない状況です。
しかしあの眉になった団長を説得するのは難しく、レイ・ロドリックにも時間が必要だろうと考えた私は城へと戻りました。
数週間が経ち、何度か文を送ったにも関わらず、団長は戻りやがりません。
痺れを切らし、外れ町まで迎えに行けば、団長はレイ・ロドリックとその子をしっかと抱え込んで離さない始末。
知謀家として知られる私ですが、流石に匙を投げたくなりました。
レイ・ロドリックが世間で言う一般的な女性であったなら、彼女を非公式の愛人にする手段を取ったでしょう。
しかしレイ・ロドリックはその選択を、微塵も考えていない様子。
さて、いかにすべきかと頭を悩ませつつ、団長の別邸にレイ・ロドリックとその息子アレクを囲うことに致しました。
事は秘すべきことで、別邸に人を寄越すことはできません。
しかしレイ・ロドリックは洗濯などはともかく、料理が不得手で、町の食堂を利用していたようです。
大丈夫ですか?と問えば、何とかなるでしょう!と言う根拠のない自信に溢れた返答が返ってきました。
良し、ならば俺がやろう。やったことはないがと言う団長の力強い言葉もありましたが、こちらも何の根拠もありません。
私の嫌な予感は的中し、2人は力を合わせて、野性的な料理を作っておりました。
肉、魚はこんがり丸焦げに。野菜は引きちぎり、果物、皮ごと丸かじり。
その状態で、問題ないようだなと言う団長も団長ですが、野営調理では狩るのと剥ぐのが担当だったんで、焼き加減がちょっとわかんないですけどね、と魚を丸焦げにしているレイ・ロドリックもどうかと思います。
似通ったところがあるため、お2人の関係はそれなりに上手く行っておりました。
もちろん、それはアレクを守る盟友と言う関係でしょう。色恋にはとんと遠い、男同士の清々しさを感じました。
しかし部下と上司と言う関係よりも対等になっていたと思います。
ある時、罪人の捕縛中に、団長が他の団員を庇って、毒を塗られた矢じりを左足の太ももに受けてしまいました。
王宮医師の元で療養するように言われた団長は、何事もなかったようにすたこら帰宅。
私の文により状況を把握していたレイ・ロドリックは王宮に帰るように団長を説得したようですが
「足の一本くらい無くなっても、俺は戦える」
言い切って、団長はアレクと遊び出してしまいました。
自身を大事にしない団長にレイ・ロドリックの怒りが爆発。
「そんなことを自信満々に言って良いのは、ムカデだけだっ!こらぁ」
耳がきーんとするほどの大声で叱りつけ、治るまで帰ってくるな!と馬車を呼んで、王宮に送り返したそうです。
盲信的に団長を敬愛していたあの頃のレイ・ロドリックからは考えにくい行動です。
団長は、追い出されたことにショックを受けたようで、眉が柳のように垂れ下がっておりました。
「怒られた。嫌われてしまったかもしれない…」
他人の評価を気にしない団長には珍しいことです。
いつだって、自分が思う道を行き、そうすることによって敵を作ろうが、嫌われようが、とんと気にしない方なのに。
王宮の医師の言葉に従い、いつもは面倒くさがって渋る薬も自ら要求し、せっせと回復しようと好物を退け滋養が良いものを選んで摂取している団長に新鮮な驚きを覚えました。
彼らは、緩やかに形を変えていきました。