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ここから恋になる


 月日の流れは早いもので、気づけばアレクは2歳になっていた。

 

 日に日に団長に似て来たアレクは、その内面までも類似したようで、動きが高速過ぎる。

 更に勇気に溢れているせいか、無茶ばかりでちょっと目を離すと命の危険に晒されている。片時も目を離せない。


 アレクの予期せぬ動きを読めるのは団長だけで、俺ですら後れを取ることはあった。

 副団長など論外で「いつの間にっ!」と叫びながら、アレクの後を追っている。


 穏やかで、優しい時間だった。


「…本当に行くのですか?」


 副団長は俺に視線を向けず、アレクを庭で遊ばせている団長を眺めている。


「もし、あなたが別の選択を取ると言っても、私は別に構いませんよ」


 淡々とした副団長の言葉に俺は小さく首を振った。

 男に二言はない。


「最初から、そう言う約束だったじゃないですか」


 俺はなるべく感情が籠らないように気を付けて、言葉を返した。

 

 別邸に密かに住むと言う生活を、いつまでも続けられるはずがない。アレクだとて、もう少し大きくなければ、外に出て人と知り合って、世界を広げなければならない。


 この国では出来ない。

 団長に似過ぎているアレクは、この国では暮らせない。

 

 アレクが2歳になったら、ここを出て遠くの国で暮らす。

 ずっと前から決めていた。


 そのために俺は副団長に頼んで、手はずを整えて貰った。

 団長には、一切知らせずに。 


 数日以内に俺とアレクがここを去ることなど知らない団長は、いつものように庭でアレクと戯れている。

 ほのぼの、と言う表現が良く似合う2人だった。


「ぬー?」


 アレクが迷い込んできた猫に興味を示せば


「あれか、あれは3つの色があるから三毛猫と言う。あの顔つきはオスだな」


 団長は真面目な顔で幼子に細かい説明を与えている。

 しかし三毛猫の大半はメスと決まっているので、恐らくその判定は間違っている。


「にゃんにゃ?」


「そうとも言う」


 うむ、と団長は頷いているが、アレクはつまり猫なんだな?と確認しているので、団長の細かい説明は無意味この上ない。

 団長は、言葉による意思疎通があまり成り立たないアレクにも真面目に返答にするので、そのせいで会話がおかしなことになることが多い。


「では、これが新たなあなたの通行証となります」


 どこか迷う素振りを見せながら、副団長が俺とアレクの通行証を渡してくれた。


「何から何まで、ありがとうございました」


 俺は庭の2人から目を離し、副団長に向き直った。


 副団長は広い人脈と公言できない伝手を使って、俺とアレクに新たな通行証を与えてくれた。これより俺は、商人が与えた姓ではなく、副団長に所縁がある方の家名を名乗らせてもらうこととなる。

 念のため、名も変えた。


「細かな手はずは、以前話した通り変更はありません。2日後、アルディーラを目指す一団が通りかかります。あなたとアレクは、その方々に紛れてこの国を抜けてください」


 アルディーラとは不可侵の場所で、女を保護し守る教会がある。 

 望まぬ結婚を強いられたもの、父や夫に不遇な目に遭わされているもの、陵虐や暴力で心と体に傷を負ったもの、そう言う女の逃げ場であり、心の拠り所であり、最後の砦となる場所であった。


「その一団を率いている者には既に話を通してあります。あなたの事情を知るのはアンジェラと言うシスターです。彼女からはあなたほど、腕が立つ騎士が加わるのは願ってもない申し出であり、協力は惜しまないと言う言葉も頂いております」


 アルディーラにさえ辿り着ければ、国の法規則から逃れられ、加護を受けられる。しかしそこに行くまでの道のりは決して楽なものではない。

 女たちは寄せ集まり、力を合わせるが、やはり険しい道のりとなる。


 強兵で知られる国の騎士、しかも第五騎士団に所属していたものが旅に加わると言うのは心強いもので、彼女たちは事情を探らずに受け入れてくれた。

 色々な事情を持つ女の集まりは、ただ目的だけを同じとし、それ以外は望まない。余計な詮索は無用なのだ。


 前職が精鋭騎士で、その後シングルマザーって誰が聞いてもおかしい。

 俺だったら、突っ込み入れる。

 

 しかし彼女たちはそんなお笑い芸人みたいな事はしない。

 腕が立つ者が仲間に加わる、大事なのはそれだけ。持ちつ持たれつの関係で成り立っている。


 俺は常に腰に帯刀している使い慣れた剣を握る。

 俺はやはり他の男と比べると、体が小さく、体力や腕力も劣る。

 それは技量で補うしかなかった。


 俺の剣は、普通の騎士が持つものより少し短い。

 俺は相手との間合いを狭め、支点と力点を利用し、相手の剣先を動かすことを得意としている。

 剣先を弾くことで、こちらから仕掛ける隙が出来る。

 俺は小柄であることの利点を生かし、剣の腕を磨いてきた。

 

 俺とアレクが目指すのは、アルディーラの手前にある小国だ。

 そこに辿り着くまで、俺はこの剣でアレクと彼女たちを守り切らなければならない。

 

 俺はその剣とアレクの必需品と団長から貰った髪飾りだけを持って、別邸を抜け出し、アルディーラを目指す一団に合流した。

 副団長の差し金で、団長は2,3日別邸へは戻らない。


 俺が残した手紙を読む頃には、俺とアレクはこの国を抜け、隣の国に入っている。

 そう言う手筈だった。


「………………………」


 だが、しかし。


 どういう事ですか、副団長。

 俺は被った布で顔を覆い隠しながら、心の中で副団長に問いかけた。


 関所が封鎖された。

 

 通常、アルディーラを目指す女は暗黙の了解とばかりに関所を通される。

 人目を憚るように顔を覆った布を剥がされることもない。弱きものを保護すると言う騎士道精神は大陸中の基礎たるもので、加護を求めて険しい道のりを行く女たちを阻むことはしない。


 それなのに、何故か今。

 この国を抜ける関所が厳重な警備をされている。その指揮を執っているのは、城にいるはずの団長。

 ぴりぴりとした緊張感を持ち、いつもよりも硬い声で部下に指示を飛ばしている。


 耳を澄ませて状況を伺ってみると、先日、何者かが貴族の家を襲い、少なからずの財宝を強奪していったらしい。

 それを国外に持ち出される前に捕えることが、騎士団の任務で、この厳重な警備は念入りな持ち物の検査を行うためであった。


 何てはた迷惑な盗賊なんだ!

 俺がひっ捕まえて、ぶちのめして、騎士団に突きだしてやりたいが、そんなことをしている余裕はない。


 俺は関所を抜けるために、頭を巡らせる。

 

 団長が珍しく苛立った様子を見せながら、通る人をじっと睨みつけている。団長は、時に物凄く鋭い時があるので油断は出来ない。


 俺はアレクをアンジェラに任せ、俺の特徴的な剣を、彼女たちがなけなしの金を叩いて雇った護衛の奴らの手荷物にそっと紛れ込ませた。


 それらを抜かせば、俺の持ち物はないに等しく然したる時間も掛からず、無事に関所を通ることが出来た。

 俺はほっと息を吐いて、予め一団が用意していた荷馬車に乗り込んだ。

 アルディールを目指す女性15人が、小さな荷馬車に乗り、その両端を2人の護衛が守るように馬で並走している。


 俺はアレクをギュッと抱え込みながら、肩の力を抜いた。

 

 俺の一番の懸念はアレクだった。

 もし関所を抜ける時に、アレクがぐずって泣いてしまえば…。

 団長は必ず気づく。


 しかしアレクは、大人の事情を読める子だった。

 物わかりのいい子だった。あの殺伐とした関所の雰囲気をものともせずに、すやすやと眠っていた。


「肝の据わった子だね」


 アンジェラが呆れ半分の意味を含ませ、アレクの頬を突いた。

 

 がたごとと休まずに荷馬車が揺れ、尻が痛い。俺はアレクになるべく震動が行かないようにしっかりと抱え込んでいた。


 しばらく進んだところで荷馬車が急停車し、悲鳴と共に女たちが前に傾いだ。

 俺はアレクを腕で守りながら、足を踏ん張って衝撃に耐えた。


 何事ですか、とアンジェラが問う前に


「とっ…盗賊ですっ!」


 と外の護衛が叫んだ。

 ひっと息を飲む女たちを退け、俺は荷台の外へ顔を出し状況を伺った。


 俺たちの荷馬車を遮るように、十数人の影が見えた。

 そいつらは、ひゃひゃーと言う如何にもな悪役の奇声をあげて、俺たちに迫ってきた。


 俺は帯刀している剣に手を置きながら、分の悪さに舌打ちしたくなった。

 こちらは護衛が2人のみ、数で及ばないのもさることながら、地形の利も向こうにある。


 だが、引くわけには行かない。

 俺はアンジェラにアレクを任せ、剣を抜きながら荷馬車を飛び降りた。

 

  

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