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死神の娘  作者: 正木花南
14/20

望み -1-

 買い物帰り、汀はふと立ち止まり空を見上げた。

 夕日が空を淡く染め、夜が訪れようとしている。しばらく立ち止まって空を見つめていた汀は我に返ると慌てて歩き始めた。難波の夜は京と同じように危険だ。日が暮れる前に戻ったほうがいい。

 慣れ親しんだ道を歩いていると女の子が二人、おねえちゃんと叫びながら駆け寄ってきた。


 「迎えに来てくれたの? ありがとう」


 女の子達は買い物袋を持つと言って聞かない。重いし、卵が入っているから落とさないようにと言い聞かせて袋を一つ預けた。

 何が入っているのかと興味津々で買い物袋をのぞき込み、二人で一つの袋を持つ様子を見ていると笑みが浮かぶ。

 久しぶりに戻った難波の「施設」は相変わらずにぎやかで職員達は汀を暖かく迎えてくれた。両親を早くに喪った汀にとって施設は実家のようなもので、施設で暮らす子供達は弟妹のような存在だった。

 難波に戻ったものの、何かをしていなければ落ち着かなかったので食事の用意を手伝ったり子供たちの相手をするようになって一週間が経つ。職員たちはクリスマスパーティの準備で忙しく、子供たちもパーティを楽しみにしているようだった。

 懸命に買い物袋を運ぶ姿を見守りながら、汀は目を覚ました時の事を思い出す。

 薄暗い部屋で目覚め、部屋を出ると豪華なソファに美少女と苑子が座っていた。汀に気づいたのは美少女で、何がどうなっているのかわからない汀に座るよう勧め、暖かい飲み物と上着を用意してくれた。

 確か、飲み物はハーブティだった。真っ白の上着を肩にかけてくれた美少女はにこにこ笑っていたが苑子は今にも泣きそうな顔をしていて、何を言っていいものかわからなかったので黙っていた。

 美少女は六葉と名乗り、汀の身の上に起きた出来事とその顛末を簡潔に説明してくれた。そのうちに頼人がやってきて、ものすごく気まずそうに占師補佐官の助手を解任されたと告げられた……

 その時は頭がぼんやりしていたこともあってか特に何も感じなかった。洋館に二泊し、一度難波に戻った方がいいと勧められて難波に戻ってから青花にはもう二度と会えないのだろうとようやく思った。

 白花との約束は「なかったことに」なった。

 青花も白花も無事で、特に白花は本来の「犬神」に戻ったためか汀の事をしきりに気にしていたそうだ。聞けば犬神は人間の願いから生まれ、人間に寄り添うように存在する神だという。

 だからこそ人間にかなり近い感情を持ち、悲しみや憎しみに飲み込まれてしまったのだろうと六葉が話してくれた。

 京に越して一年も経っていないというのに、いろんなことがありすぎてもう何年も住んでいるような気分だ。

 たくさんの儀式やしきたりが残っている都市。

 人と人でなしが棲む都市。

 風変わりな人でなし達。

 京でも変わらず男運は悪かったから、どこに住んでも男運は悪いままだろう。

 難波に戻るか、京に住み続けたいのか。そんなことをぼんやりと考えていた汀は女の子達の声に我に帰る。

 急ぎ足で追いつくと、二人は真顔でクリスマスのプレゼントや食事のことを話し合っていた。かつては汀も行事の時に豪華になる食事やプレゼントのことを真面目に考えていたので気持ちは良くわかる。普段の食事だって職員たちが栄養バランスを考えておいしいものを作ってくれるが、やはりケーキやお菓子やジュースがある食事は特別だった。

 汀は甘いものの担当を割り振られているので、今朝からツリーの飾りに使うクッキーを焼いたりケーキのレシピを確認したりと結構忙しい。忙しく動き回っていると京での出来事が他人事のように思えてくるから不思議なものだ。

 二週間前は京で青花と友近とで夕食を食べてクリスマスのことを考えたりしていた。まさか、助手を解任されて難波に戻っているとは思いもしなかった……もう少し長く、青花と仕事ができると思っていた。

 記憶に残る最後の青花は後ろ姿で、その一つ前の記憶は呆然としているような表情だった。意識がもうろうとしていたので記憶があやふやだが、腕を掴んだ青花の手が焼けていたような気がして、慌てて振り払ったはずだ。

 どうして来たのかという思いと嬉しいという感情がないまぜになって、何を考えていたのか覚えていない。

 お礼もいえず、難波に戻ってきてしまった。

 ため息をついて空を見た汀は夕日の色に青花がくれた木の葉の色を思い出す。伏見山の帰りに拾ったという木の葉はそれは見事な朱に色づいており、受け取った時はとても嬉しかった。

 京の話を聞かせてほしいとせがむ子供たちに祗園祭の事やあやかしの事を話しながら、木の葉も見せてやりたいと思った。きっと驚いて、目を輝かせながら朱色の木の葉を見つめるだろう。

 見たことも、会ったこともない青花を「猫さん」と呼ぶ子供たちの事を知ったら青花はどんな顔をして何を言うのだろうか。私は猫ではないと嫌そうに呟くのかもしれないし、君は私についてどんな説明をしたのだ、と問いつめられるのかもしれない。

 その光景が容易に想像できて汀は笑ったが、実際に目にすることはない光景だということを不意に理解して笑みは自嘲的な小さな笑いに変わった。

 青花には二度と会えないという事実をようやく実感した鈍さと、あきらめの悪さに汀は目を伏せる。女の子たちの問いかけに当たり障りのない返事を返しながらとぼとぼと施設への道を歩いた。

 陰陽寮で勤務を続けるつもりならいつでも連絡してほしいと頼人には言われたが、陰陽寮にいれば青花を探しそうな気がする。京に戻るとしても他の仕事を探したほうがいいのかもしれないし、いっそ難波に戻った方がいいのかもしれない。

 施設の手伝いをしながら子供たちに囲まれて生活していたら忙しさに紛れて青花の事を考えずにすむかもしれない。

 汀は答えの出ない問いを延々と考え続けていた。



 ブッシュドノエルに桃のショートケーキ、それに年長の男の子達がケーキは食べたいが甘いケーキは嫌だと無茶な事を訴えてきたのでクラシックショコラを作ることにして、汀は買い物に出かけた。

 ブッシュドノエルに使うココアパウダーは昨日購入したが、クラシックショコラを焼くには足りないしチョコも少ない。

 頭の中で様々な段取りを考えつつ、製菓材料を多く取り扱っている百貨店に向かうと開店直後だというのに多くの客であふれていた。クリスマスということもあってかアクセサリーや鞄の売場にも男性が多い。

 妙に浮き立った雰囲気のフロアを横切り、食品売場へと降りた汀は携帯端末に残しておいたメモを確認しながら必要な材料をかごに入れる。

 マジパンでできたサンタクロースやもみの木の飾りもついでに購入して、汀は百貨店を後にした。段取りを考えてみたが時間に余裕がない。急ぎ足で歩く汀は誰かに呼ばれているような気がして人混みの中で足を止めた。しかし、こんな場所で自分を呼ぶ者などいるはずがない。

 ようやく人混みを抜けたところで再び誰かが汀を呼び、背後から腕を掴まれた。

 振り返ってはみたが汀には背後に立っている男が誰なのかわからない。ぽかんとしている汀に男はやけに親しげに笑いかけてくる。まるで昔からの親しいつきあいがあるとでも言わんばかりの笑みだ。腕も離してくれない。

 なんてなれなれしい、と眉をひそめた時ようやく男の事を思い出した汀は一気に不機嫌になる。ここ最近、頻繁にメールを寄越してきた元恋人だ。


 「難波に戻ってたなら連絡くれても――」

 「戻った訳じゃない。休みで帰ってきただけ」


 男をにらみつけた汀は手をふりほどくと背を向けて歩き始めた。そういえば難波に戻る道すがら、メールを確認したら毎日二通ぐらいのメールが届いていた。すべて読まずに削除して、受信拒否リストに登録してしまったが。

 しかし男は汀の腕を再び掴んで引き留める。


 「……忙しいんだけど」


 自分でもわかるほど言葉が刺々しい。好きな人には二度と会えないというのに会いたくもない人にはこうも簡単に出会えてしまう。汀はかなり激しい勢いで男の手を振り払った。


 「メールにも書いたけど、俺」


 会って話がしたい、やりなおしたい、なんなら京に引っ越しても構わない――そんなメールの文章を思い出した汀はうんざりして言葉を遮るように呟いた。


 「好きな人がいるから」


 汀の言葉に男は驚いたような顔をした。汀が誰かを好きになることが信じられないとでも言う表情だ。その表情を見ているとますますうんざりしてしまう。


 「え……?」

 「好きな人がいるからやりなおす気なんてないし、京に来られても困る」


 強めの口調で言い放った汀は駆けだした。これ以上話をする気はなかったし、何よりも青花の事を思い出すのが辛い。急いで施設に戻り、作業に集中する事にした。

 そんなに急いで戻らなくっても、と笑う職員に間に合いそうにないからと答えを返した汀は厨房に入るとすでに焼き上げておいたブッシュドノエル用のスポンジを確認したり、ショートケーキ用の生地を作ったりとわざと忙しく動き回った。

 ただ、クラシックショコラを作っていると青花がケーキを食べてくれるかと考えていた事を思い出して辛かった。

 青花は今頃どうしているのだろうか、ひどい怪我をしていないだろうか。やはり一人でいるのだろうか。そんなことばかりを考えてしまう。

 そばにいたって何ができる訳でもない。傷が癒えるのが少し早くなるぐらいだ。きっと、青花にとって汀はそれぐらいの存在で、自分が思うほど青花に必要とされてはいない。だから解任されたのだろう。

 せめて、助けに来てくれたお礼を言いたいしお世話になりましたの一言ぐらいは告げたい。自己満足になってしまうが、好きだとも言いたかった。今となっては何もかもかなわぬ話で、後悔ばかりが残る。

 焼き上げたケーキを冷まし、食堂の飾り付けをする子供たちを手伝いながら汀はぼんやりと思った。

 きっと死ぬまで後悔し続けるのだろうと。

 どうして人ではないものを好きになってしまったのか。人を好きになっていればこんなに辛い思いをしなくてもすんだはずだ。それでも好きになったことは後悔していない。

 誰がなんと言おうと汀にとって青花はとても大切な「人」で、今も、これからも変わらない。それだけが確かな事だった。



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