28.顔なし令嬢は引きこもり魔術師に溺愛される
その日は雲一つない青空が広がり、その場に集まった者たちの晴れやかな心を映しているかのようだった。アルフォンスの叙勲式は王宮の中庭で行われることに決まり、王宮への馬車がローゼンハイム邸に用意されていた。
公爵家の長男であるクラウスも今回の叙勲式、並びにアルフォンスとエリザベスの婚礼の式に出席することになっていた。馬車に乗り込む前、エリザベスはクラウスにソフィアは今どうしているのか尋ねた。
「ソフィアは……、何日か高熱と昏睡を繰り返した後目を覚まして、今は「自分の顔がなくなってしまった」と言って狂乱するばかりになってしまった。しかし、私たちが見ても別に彼女の顔は今までのままなのだ。熱の後遺症で混乱しているのだと思うが、鏡にかじりついては顔が見えない、顔が見えないと言って泣く。あなたの顔が見えなくなった後、私や周りが冷淡な態度をとるようになったのを一番近くで見ていたのはソフィアだからな。これからのことが不安でならないのだろう……」
「そんな……」
エリザベスの実家であるハルトマン伯爵家からは、ソフィアの母である後妻が男の子を産んだという知らせだけが来ていた。ソフィアのことはまったく触れられておらず、父はまた見たくないものに蓋をするような対応をしているのだと思うとエリザベスはやりきれない気持ちになった。
「そんな顔をしないでくれ……。いや、すまない。あなたがどんな表情をしようがあなたの勝手だな。ソフィアはローゼンハイム邸に呼び寄せることになっている。私とて二度も婚約者の顔を理由に婚約を解消などしない。今日はあなたたちが主役の日なのだ。私たちのことは気にせず晴れの舞台に登ってほしい」
「クラウス様……。ソフィアを、妹をどうかよろしくお願いします……」
クラウスに礼をすると、エリザベスは馬車に乗り込んだ。先に乗っていたアルフォンスは何も言わずにエリザベスの細い肩を抱いてくれた。その暖かく力強い感触はとても頼もしく、エリザベスは彼の妻になれる幸福を改めて嚙みしめた。
*
「我はベルガルド王国第一王子、ジャスティン・レオ・ベルガルドである」
甲冑に身を包んだ衛兵たちの居並ぶ中庭で叙勲式が始まると、アルフォンスとエリザベスはひざまずきながらジャスティン王子のスピーチを聞いていた。恒例のベルガルド王に変わって堂々たるスピーチを行う王子は次期の王としての貫禄をすでにその身に備わせており、アルフォンスの塔にたびたび現れては茶菓子をつまみ食いしていく気さくな青年の顔が嘘のようだった。
(貴族は誰もが本当の顔を隠して仮面を被っている。本当の顔を晒しても危機に陥らない、それを信じられる相手を得ることが幸せな婚姻というものだと思うね。どうだろう、夜明けの君?)
エリザベスが顔を取り戻してから一度、王子は塔に訪れてそんなことを言って帰っていった。こうやって実際に完璧な王子の仮面を被っている彼を見ると、その言葉の説得力はより一層重くエリザベスの胸に響いた。
王子はアルフォンスを王宮お抱えの魔術師として登用し、彼の開発した高性能のゴーレムを人間の兵に代って前線に配置することをはじめ、国を運営する様々な場面で魔術を役立てていくこと、アルフォンスの叙勲を皮切りに新たな魔術師を教育し魔術師団を編成することなどを集まった貴族や大臣や騎士たちへ説明した。
「魔術師アルフォンス・ローゼンハイム、並びにその婚約者、エリザベス・ハルトマン、前へ」
王子に名を呼ばれ、アルフォンスとエリザベスは顔をあげた。アルフォンスは深い紺色に金糸の刺繍を入れた儀礼用のガウンを羽織り、いつも長く垂らしている前髪を今日は後ろに撫でつけて堂々たる貴族の装いをしている。エリザベスが纏う真珠の色をしたサテンのドレスの輝きも彼の立派さを際立てていた。
王子は前に出たアルフォンスの胸に、フラスコと箒を象った勲章を留める。それは新たにつくられた王宮魔術師の証で、今後その紋章を持つことによって王宮の許可を得た魔術師かどうかの判別に使われるとエリザベスは事前に聞いていた。そして次にエリザベスには茨を象ったティアラを与えた。そちらのほうは戦場で武勲を与えた者や、国家に貢献した者の配偶者に与えられるものらしい。王子はエリザベスにそれを与える時だけ、群衆が見ていないほうの目だけをばちりといたずらっぽくウィンクに閉じた。アルフォンスが小声で「お前な」と呆れた声で呟くのがエリザベスの耳に聞こえた。
「若き王宮魔術師とその妻の誕生を祝うことは我々にとって実に喜ばしきことである。以降、アルフォンス・ローゼンハイムには位と特権を伴う王宮付き魔術師を任ずるものとする!」
王子のその言葉に、群衆からわあという歓声が上がった。しかし次に王子が口にした宣言で、その声はさらに大きさを増すことになる。
「並びに、続けてこの式はアルフォンスとエリザベスの婚礼の式に移行する。エリザベス・ハルトマンはこれよりエリザベス・ローゼンハイムと名を改め、アルフォンス・ローゼンハイムの妻となることを我が王に代り祝福、ここに宣するものとする!」
どうと湧き上がる祝福の声の中、アルフォンスたちの後ろに控えていたマイカがエリザベスのティアラの上に金糸の刺繍の入ったヴェールを被せる。するとエリザベスのドレスは長く薄いヴェールに彩られ、婚礼用の衣装に様変わりした。その晴れ姿を見て誰ともなく彼女の美しさを讃える声がそこここであがる。
「なんと美しい花嫁なのだ……、この日のために何年も苦汁をなめ、頑張っていただなんて、なんと健気な……」
今までずっと存在しなかった顔なし令嬢の顔が戻ってきたことに関して、アルフォンスは公爵夫人やジャスティン王子と相談して、後付けの理由を作ることにした。それはエリザベスが魔女として大成するための試練で、それには誰にもその事情を明かさないということも含まれていたという方便、美談であった。大きな目的のために日陰者になっていた若く美しい女性がその試練に打ち勝ち、王宮魔術師の妻になるというストーリーは大衆に支持されやすい物語であり、ジャスティンの息のかかった吟遊詩人などがドラマティックに装飾した歌をあちこちで歌い上げた結果、それが事実になりつつある。そのためやや熱狂的にすぎるような祝福を受けながら、アルフォンスとエリザベスの婚礼の式はつつがなく終了した。
*
「エリザベス。僕が君にプロポーズした夜に話したことを覚えている?」
「プロポーズの夜に話したこと? ……あっ、きゃ……まあ……!」
アルフォンスは王宮魔術師になったあと、王宮の高官居住区に新しく建てられた魔術師塔に工房と居宅を構えることになった。彼がエリザベスのために実家の塔に集めていた設備をそこに移して、塔は二人だけの愛の巣になった。
今はエリザベスの瞳と同じ色のあの天蓋付きのベッドの上で、アルフォンスがエリザベスを押し倒している所だった。
「ローゼンハイム家のしきたり……婚礼の式が終わるまでは婚約者であってもキスまでしかしてはいけないというしきたりだが、それはもう守る必要はない。あんなに大勢に祝福されて婚礼を終えたんだ。僕がこれ以上我慢する理由など……どこにもないよな?」
「ひゅうぃ……」
優しく物腰柔らかいアルフォンスが見せたことのない猛々しい雄の表情に圧倒され、エリザベスは彼の身体の下でおかしな音を立てて息を呑むばかりだった。
「ちょっと……アルフォンス、顔が怖い、違う人みたい~っ、マイカっ! マイカ~!!」
「マイカは今魔力補給中。朝まで起きてこないよ。反対に、君は朝まで寝かせてもらえないけどね、さあ。誰も、君すらも見たことのない新しい表情を僕にいっぱい見せてね! 僕の愛しい妻……!」
「はうっ、んっ、んん~っ!」
*
とある王国に、顔のない令嬢がひとりいた。彼女は魔術の才能を持っており、一人前の魔女になるために顔なしの試練を受けていたのだ。顔がないことで虐げられていた彼女は親きょうだいにすら顔を背けられていたが、彼女の優しさに恋した魔術師に見初められ、彼と共に試練をやり遂げ、王宮魔術師とその妻の地位を手に入れたという。そして彼らの手による魔術によって王国は繁栄し、二人は末永く幸せに暮らしたということだった。それが後の世に残った顔なし令嬢が引きこもり魔術師に溺愛される物語。それはアルフォンスとエリザベスが天寿を全うした今でも石板に刻まれ、この国で魔術を学ぶものならだれでも知っているお話として、長く愛されているのだった。
お疲れさまでした。エリザベスの物語はここで終わりですが、あと一話後日談を予定しています。ここまで読んでいただけた方にはあとすこしだけお付き合いをお願いします。
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