長野の実家もいろいろおかしい
藍染と藤原さんが家にお泊りに来た夜、出掛けていた母親から、長野の祖母が倒れたと電話があった。
「わざわざ泊まりに来てくれたのに‥ごたついて申し訳ない」
「いえ、お祖母様のご回復を祈っています」
翌日の早朝、俺は玄関先で藍染達と別れの挨拶をしていた。
「状況分かったら連絡するよ」
「はい。りっくんも無理をしないで」
「何かあれば‥ご連絡ください。できる限りの事は致します」
藤原さんが俺の手を取って言った。
いつもは元気な美月が一言も発しない。
かなり憔悴しているようだ。
「んじゃ、行ってくる」
呼んでおいたタクシーに乗り、駅に向かう。
隣の美月はずっと俺の手を握っていた。
昨晩の母親からの電話の内容は、父方の祖母“あやめ婆ちゃん”が倒れ、病院に搬送されたというものだった。
祖父は数年前に他界し、あやめ婆ちゃんは今は一人暮らし。
電話に出ないのを気にした叔母さんが様子を見に行き、倒れているのを発見したらしい。
「お祖母ちゃんこないだ電話したばかりなのに‥」
「脳出血らしいから‥急だったんだろう」
「大丈夫だよね?」
「ああ、大丈夫だ」
俺は美月の肩をポンポンと叩いて励ました。
長野の家は俺も美月も子供の頃から夏休みに何度も泊まりがけで遊びに行っていた。
虫取り行ったり、川で魚釣りしたり。
懐かしい日々が浮かぶ。
あやめ婆ちゃんはいつも俺達を温かく迎えてくれた。
美月は血縁こそ無いが、むしろ俺よりよっぽどあやめ婆ちゃんに懐いていた。
電話やメールでちょくちょく連絡しているらしい。
俺達は大宮で新幹線に乗り換え、長野を目指す。
焦る気持ちを何とか抑え、時刻表を確認した。
駅には叔母さんが迎えに来てくれる事になっている。
‥今はともかく間違いなく長野に着く事だけを考えよう。
自分に言い聞かせた。
新幹線に乗ってしばらくすると、美月は俺によりかかって寝息をたてはじめた。
昨晩は不安であまり眠れなかったらしい。
長野に着くまでは起こさない事にする。
昨晩、俺の方は少しだけ眠る事ができた。
「藤原さんにはまた助けられてしまった‥」
俺は一人、呟いた。
藤原さんはやはり人生経験が違う。
たった一つ歳上とは思えないほど、心遣いができて頼りがいがある。
昨晩、急な出発準備で焦る俺に適切なアドバイスと励ましをしてくれた。
そして一通り準備をして部屋で横になった時に、ある特別な“おまじない”をしてくれて、気が付いたら朝だった‥。
恐らく、催眠術の類なのだと思うけど‥一瞬で眠りに落ちてしまって、よく分からなかったのが本音だ。
藤原さん、まさか催眠術まで使うとは‥。
じりじりと焦る気持を抑えながら過ごして、昼少し前に長野駅に着いた。
あらかじめ到着予定を連絡していたので、駅前には叔母さんが車で迎えに来ていた。
「叔母さん」
「あれあれ、少し見ない間に二人とも大きく成って!」
叔母さんは大袈裟に驚く。
「お久しぶりです」
「それで‥お祖母ちゃんは‥?」
美月が口を開いた。
「今、病院だよ。発見が早かったから命には別状無いって」
「よ、良かったぁ」
安心して膝から崩れそうになる美月を慌てて支えた。
「大丈夫か?」
「う、うん、ありがと」
「さ、乗って」
叔母さんに促され、車の後席に2人で乗った。
そのまま病院に向かう。
病院に着き、面会の手続きをして病室に向かうと、ドアの前に両親が立っていた。
「父さん!」
「おお、来たか」
「これ‥」
家から持ってきた着替えの入った旅行鞄を手渡す。
「すまんな。助かる」
父親は目の下に隈ができていた。
両親にしても、寝耳に水の事だったはず。
取るものも取らずに出てきたらしい。
俺達への連絡が後回しに成ったのも、仕方なかった。
「お祖母ちゃんは?」
「さっき意識が戻った。ただかなり落ち込んでいてな。お前達の顔を見れば少しは元気出るだろう」
「美月ちゃん、励ましてあげて」
「うん」
2人で病室に入ると、あやめ婆ちゃんがベッドに横になっていた。
点滴のチューブが痛々しかった。
「お祖母ちゃん!」
「美月ちゃ、来たの」
あやめ婆ちゃんは差し出された美月の手を取ろうとしたが‥止めた。
「お祖母ちゃん?」
「お祖母ちゃはもう駄目だ‥」
「な、なんで? そんな事言わないでよ」
「体が上手く動かないからさ、もう長くないのよ」
「お祖母ちゃん‥」
後から入室してきた父親を見た。
「母さん、今は倒れたばかりだからだよ。段々に良くなるって」
父の言葉にあやめ婆ちゃんは悲しげに首を振った。
俺はあやめ婆ちゃんの手を握った。
少し会わない間に、ずいぶん細くなってしまっていた。
「律斗ちゃ、大きく成ったなぁ」
「うん、ありがと。婆ちゃんも元気出して」
それを聞いてあやめ婆ちゃんは溜め息をついた。
「お前達の式までは頑張るつもりだったんだけどねぇ。無理だよ」
「式? 式って?」
「美月ちゃの花嫁姿、見たかったけどねぇ‥」
寂しそうに呟いた。
「待って、俺と美月は結婚とか‥?」
両親の方を見たが2人は無言だった。
さすがに再婚の事を話していない訳は無い。
あやめ婆ちゃん、記憶が混乱しているのか‥?
脳出血の影響だろうか。
そこへ美月が割って入った。
「お祖母ちゃん、実はね、私達もうすぐ結婚するんだよ!」
とんでもない事を言い出した。
そして俺の腕に抱きつく。
「お、おいっ?」
あわてて訂正しようとする俺のみぞおちに、美月の肘鉄が食い込んだ。
「ゲホッ」
「律斗ちゃ、大丈夫?」
咳き込む俺を怪訝な顔で見るあやめ婆ちゃん。
「照れなくても良いじゃない。あ・な・た?」
言下に圧力を滲ませる美月。
‥どう言うつもりだ‥?
「実はね、花嫁衣装も有るんだ、見たい?」
「本当かい? 美月ちゃの花嫁ならきっと素敵だろうねぇ」
あやめ婆ちゃんは始めて微笑んだ。
「明日、見せてあげるね! 安静にして待っててね」
「ああ、それは楽しみだよぉ」
何度も嬉しそうに頷くあやめ婆ちゃん。
俺は美月の意図を理解した。
しかし、明日までに花嫁衣装?
準備できるのか??
それから少し話すと、疲れたのか、あやめ婆ちゃんは眠ってしまった。
両親と共に病室を出る。
「おい、本気か?」
病院のロビーで隣の美月に聞く。
「あはは、言っちゃった」
美月は冷や汗をかきながら答えた。
「おま、まさかノープラン?」
「だって‥お祖母ちゃんの願いを叶えてあげたいよ! もしかして、もう見せる機会無いかも知れないのに。レンタル衣装とか‥何でも良いじゃん?」
「マジか‥」
俺は両親の方を見た。
二人とも目茶苦茶複雑な顔をしていた。
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