# 第11話 裏切る者、疑う者
東京同時多発テロ事件から2週間。爆発直後は混乱を見せていたが、政府の「東京テロリストセンター」という説明が広く受け入れられるようになって以降は状況は少し落ち着きを見せていた。学校も事件から1週間後に再開された。しかし、被害は凄まじく、新宿に近いエリアに住んでいた人たちは、避難所やホテル暮らしとなっていた。私は従妹の家のある吉祥寺、璃梨佳は父親の実家のある立川に身を寄せることになった。
私の父といえば、あの事件に直接巻き込まれることはなかったものの、戦略情報庁は上から下までてんやわんやの大騒ぎで、まだ1日も休みをとっていない。そもそも、私への避難先の連絡以外はろくに連絡を寄越してきてもいない。従妹や叔父さん、叔母さんがいるので寂しくはないものの、一人娘をもう少し気遣ってくれてもいいのではないかと不満ではある。
連絡が来ていない人といえばもう一人。御門璃梨佳も連絡をもらっていない。璃梨佳は、あの事件の後体調を崩して入院することになったという。伝聞なのは、学校を通じて聞いたからだ。スマホでメッセージを送ってみても返事一つ来ないので、かなり状況が悪いのだろう。璃梨佳は元から学校を休みがちで、これまでも何度か学校をしばらくの間休むことはあった。そういうときのために、璃梨佳は私に、璃梨佳の姉の連絡先をもらっていた。
これまで何度か連絡を取っているので、今回も連絡してみた。
「お久しぶりです。近く璃梨佳のお見舞いに行きたいんですけどご都合どうでしょう?」
メッセージは3時間後に返ってきた。思いの外早い。いつも半日くらい経ってから返事が来るのに。
「ごめん、お医者さんから家族以外とは面会しないようにって言われてるから...」
続けて、「何か言伝とかあったら聞くし、お詫びと言っては何だけど、今度一緒にお茶でも行きましょう」とも来た。
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日曜日、立川駅前。秋風は思っていたよりも冷たく、私はカーディガンの袖をギュッと握り込んだ。
待ち合わせの場所に指定されていた改札前は、週末ということもありごった返していた。非番の軍関係者と思しき人たちも何人か。戦略情報庁のことも、ONIWABANのことも、璃梨佳の姉は知らないはずだ。少しでもそんな素振りを見せないように、つまり秘密があることをも気取られないようにしなければならない。私は乾いた唇を舐めた。
待ち人はすぐに見つかった。驚くほど璃梨佳にそっくりだったから間違えようがない。背格好も容姿もそっくりだった。姉妹とはここまで似るほどのものなのか。違いといえば、璃梨佳はナチュラルメイクでオーバーサイズでカジュアルな服を好むのに対し、姉の方はフルメイクでタイトな服なところくらいか。
「はじめまして市川結衣です。妹さんにお世話になっております」
「こちらこそ璃梨佳と仲良くしてもらってありがたいことで。はじめまして、御門有李亜です。今日はよろしくね」
有李亜さんの声は湿り気を含んだ落ち着いた声だった。
「璃梨佳とよく似てますね?」
「よく言われる。何なら璃梨佳のお友達に璃梨佳と間違えられることだってあるし」
ひとまずカフェでお茶することになったので、私たちは歩き始めた。日差しはまだ強く、2人とも日傘を開いた。
「それで、璃梨佳の様子はどうなんですか?」
「まあ、ぼちぼちと言ったところかしら。あの子はひた隠しにするけれど、そんなに良い状況ではないかな。快方には向かってるけど、もうしばらく学校はお休みでしょうね」
「なるべく早く良くなってもらいたいものですけどね。テストとかありますし」
「テストねぇ...中間テスト、だっけ?」
「2学期制なのでまだ先ですけどね。11月末くらいかな」
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「そういえば有李亜さんは何をしている方なんですか?」
カフェに着いて私たちは各々で飲み物とお菓子を確保し、椅子に座っていた。
「普通に大学生。帝和大学ってところに行ってる」
「文系と理系のどっちなんですか?」
「理系。国語とか全然できない。よく漢字間違えるしね」
「大学生でも漢字間違えるんですか」
有李亜さんは深く頷いた。「そりゃもう。まあうちは理系だし軍系の大学だからそこまで気にしたことないけどね。授業も提出物も基本的に英語だし。図書館も洋書しかないし」
「すごい頭の良い大学に行ってるんですね...」
「全然そんなことないよ。結衣ちゃんくらい賢かったら余裕で行けるよ。私がこの大学選んだのも父親の実家が近いからだし」
「お父様のご実家ってそんなに近いんですか?」
「うん。立川にあるからね。うちは代々神社の家系でね。渋谷近辺にある神社とは別に広い土地も立川に持ってた。父の実家も一部屋や二部屋埋まろうが別に気にならないくらいには広いから、今はそこから大学に通ってる。お陰様で諸々のお金が浮くし」そう言って有李亜さんはミルクティーを一口飲んだ。
「璃梨佳も今そっちにいるんですか?」
「そうね。まあすぐ入院しちゃったけど、荷物は立川にある」
「璃梨佳は家ではどんな感じの子なんですか?」
「あまり話さないからよく分からないけど、学校は楽しいみたいよ。まあ中学までまともに学校に行ってなかったから」
私は目を瞬いた。「そうなんですか?」
「あら、璃梨佳から聞いてないの?璃梨佳は中学生までほとんど学校に行っていなかったの。いじめって言うのかしら?あの子、ちょっと見栄えのする容姿してるじゃない。小学校とか中学校のときはそれが妬み嫉みを招いたみたい。小さいときから大人びて他の人を寄せ付けない雰囲気だったのが災いしたのかしらね」
「話してしまって良かったんですか?」
「まあ結衣ちゃんなら大丈夫でしょう。というかあの子が話していなかったことが驚きというか。私としては結衣ちゃんが知っていたほうが璃梨佳にとっては良いことだと思うしね」
「璃梨佳が嫌な思いをしないように私が守りますから」
「あら頼もしい。じゃあ、もうちょっと話しておこうかしら」
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璃梨佳は同級生、特に女子からいじめられていたの。小学校1、2年生のときだったかしら。当時の璃梨佳はあまり他の子達と関わろうとせず、教室の隅っこで本を読んでいるような子だった。とはいえ、別に運動が苦手というわけじゃなくて、勉強も運動も、どっちも誰よりもできる子だった。普段はおとなしいくせに、出てきたら出てきたで圧倒的な実力を見せつけられる。他の子達のプライドをバッキバキにへし折っていったんでしょうね。まだお互いに手加減を知らない年頃だから。
それで、璃梨佳はいじめられたんだけれど、それが壮絶でね。一人、実家が太い子がいて。甘やかされて育ったせいか、自尊心が高すぎる子だったんでしょうね。子供どころか大人まで寄って集って璃梨佳をいじめて。殴る蹴るの暴行に加えて、悪口とか脅迫とか。親も子供のやっていることだから犯罪にならないって思っていたのか、色々吹き込んでいたみたい。
ちょうどその頃うちの家でも両親が離婚して色々と不安定な時期だったのもあって結局学校は行かなくなったの。小学校は卒業までついに行かずじまい。親の離婚とか自分の不登校とかいう現実から逃れたかったのか、それとも単純に強くなりたかったのか、勉強も運動も目に見えて頑張るようになった。もともと無気力な感じの子だったんだけど、あの辺りから何か変わった感じがする。
でも、結局中学でも同じような目にあった。私学に進学したから同じ小学校の子はいなかったのにも関わらず、ね。今度は男子にモテるようになったらしいんだけど、それがまた女子軍団の怒りを買った。ある女の子が好きだった男の子の気持ちが璃梨佳の方に行ったんだけど、璃梨佳は盛大に振った上に、その女の子と付き合ってあげたら?って言ったらしいの。デリカシーがないと言えばないんだけど、あたかも自分にはいらないゴミだからお前にやるよ、みたいな形になったのが良くなかったのかしら。璃梨佳は阿婆擦女だとか男たらしだとかまた色々言われた上に、友達だと思っていた子たちにも裏切られて、なかなか他の人のことが信じられなくなったみたい。
まあ、だからこそこうやって何かと気遣ってくれる結衣ちゃんの存在が大事なんでしょうね。あまり璃梨佳は人付き合いに慣れていないところがあるから、変なことをしてしまうときもあるでしょうけれども、大目に見てくれたらと思う。
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璃梨佳は秘密が多い。私は家に戻ったあと、自分の部屋で考え込んでいた。テロ事件の日に敵方の男に仲間と勘違いされていたことしかり(まさか本当に仲間だった?確かに内通者が山ほどいるであろうこの状況を踏まえるとありえなくもないか?)、不登校の経験を話さなかったことしかり。大切な友人として信頼したい気持ちはあるが、しかし璃梨佳には秘密があるのではないか?有李亜さんは私に、ずっと心配してくれている子だから、私のことを信頼して話した、と別れ際に話していた。疑うことは裏切ることなのだろうか?
(第11話 完)
お読みいただきありがとうございました!
これにて第1章 東京同時多発テロ事件 完結です!
長かったけどなんとか書き終えた!めでたい!
あと初投稿からちょうど半年が経ちました。
半年間続けられたことに感謝です。
次回更新予定は2026年5月31日(日)です。お楽しみに!
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