表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心はB♭で響いている  作者: World of Tukimoto
響く音響編 —始動—

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/42

5話 合わせたい

初めてのアンサンブル..........合わせたくても合わせられない。そんなリアルが自分にもあったなと、この作品を通して改めてそれが伝わった来ました。響の音楽がようやく本格的に動き出そうとしています。

——紙の音が、静かに重なっていく。


「これ、瞬崎(しゅんざき)先生から預かった譜面です」


若田(わかだ)がそう言いながら、『宇宙戦艦ヤマト』の楽譜を一人ずつに配っていった。

どれも角がピンと立った新品のスコア。書き込みは一切なく、まっさらな五線譜が静かに置かれていく。


譜面を受け取った部員たちは、それぞれ目を通した。その中で、来島(らいとう)が、譜面をしばらく眺めたあと、ぽつりと漏らす。


「……うわ、これ、めっちゃ難しそうだな…」


少し眉をひそめながら言ったその表情には、不安と戸惑いが混じっていた。


「音の高さも長さも、まだあんまりわかんないし……俺、大丈夫かな……」


そのつぶやきに、隣にいた香久山(かぐやま)がゆっくりと視線を向ける。落ち着いた声で、しかし優しく言葉をかけた。


「最初から全部吹ける必要なんてないよ。できそうなとこから、ゆっくりやっていけばいいさ」


「……ほんとですか?」


青馬がちらりと顔を上げると、香久山は穏やかに頷いた。


「うん。今は“音を出す”ってことが一番大事だから。無理せずいこう」


そのやりとりに、響は何も言わず、ふと目を伏せた。その横顔には、自分の「初心者の頃」がどこにあるのかを探しているような、どこか遠い表情があった。


「宇宙戦艦ヤマトって、あのアニメの曲……ですよね?」


永井(ながい)が控えめに声を出す。コントラバスの譜面を両手でぎこちなく持ち、困ったように言った。


「古いけど、有名だよね。低音がすごく重要な曲」


今伊(いまい)が小さく笑って答えた。


「この曲、瞬崎先生が選んだんだよね?」


今伊は若田の方を見ていった。若田は頷きながら答える。


「うん。“これを合わせられるようになったら、呼んでください”って。変わってるよね、先生」


軽い口調だったが、誰も笑わなかった。スコアの重みと、新しいスタートの気配に、自然と空気が張りつめる。


「じゃあ今日は、まず少し各個人練習の時間取ってからロングトーンで音を整えて……そのあと、最初のAぐらいまで、合わせてみようか」


教室の中に、金属の反響やケースの開閉音が混じり合う。それぞれが楽器を構え、静かに呼吸を整えていく。同じように楽器を構えた響は、譜面の一番上に目を落とした。


宇宙戦艦ヤマト。


低く、力強く、そしてどこか哀愁を帯びた旋律——


響は、何も言わずに息を吸った。


そして——吹き始めた。


出だしのロングトーン。続く、堂々としたメロディライン。そのすべてが、まるで譜面を何年も吹き慣れているかのように、淀みなく響いていく。


音楽室の空気が、また一瞬止まった。なぜ自分が吹くときはいつもこうなるのだろう。


「……うま」


背後から、ぽつりと声が落ちた。2年の桜咲(おうさき)だった。彼女はユーフォを小脇に抱えたまま、じっと響を見ていた。


「今の、譜面見てすぐ吹いたの?」


「……はい」


「うまいね。すごい素直な音。ちゃんと芯があるし」


彩花はストレートにそう言って、軽く笑った。その声に、部室の隅にいた若田がにっこり笑いながら口を開いた。


「相変わらずうまいね。その才能ほしいくらいだよ」


「そういえばユーフォ、何年目?中学からやってたとか?」


響は、少しだけ首をかしげながら、静かに答えた。


「……いえ。今年からです」


「………………え?」


彩花の目が丸くなる。そのまま数秒、沈黙。


「……マジで?」


響は小さくうなずくだけだった。彩花はしばらく呆然としたあと、ぽつりと呟いた。


「仮入部ときからうまいとは思ってたけど、まさか今年からとはね.......」


そう言うと肩をすくめて苦笑いした。


「ま、でも——いいと思う。頑張ってね」


そう言って、軽く手を振りながら、自分の席に戻っていった。その背中を、響はただ静かに見送った。誰かに認められること。知らない誰かの視線に、自分の音が触れること。


それがこんなにも、奇妙で、不思議な気持ちになるなんて——


響はふと、自分でもよくわからない感情を胸に抱えながら、再び譜面に目を落とした。



そして個人練習は終わり、若田が軽く合図を送ると、ロングトーンの練習が始まった。


響はチューナーをじっと見つめ、静かに息を吸い込む。チューナーのメモリはど真ん中でピッタリ止まり、緑のランプが輝いている。


一方、他の部員たちはまだ音が安定せず、時折音程がずれたり、息が続かなかったりしている。若田はそんな中でも微笑みながら響に声をかけた。


「やっぱりうまいね。僕らが響君に指導してもらったほうがいいかな?じゃあ気を取り直してヤマトのAまで合わせてみようか」


メトロノームを合図に、皆が呼吸を合わせていく。まだ完璧とはいかないが、一歩ずつ確実に前に進んでいるのを感じられた。


演奏が終わると、若田が手を挙げて言った。


「ありがとう、みんな。それで響君、ちょっとお願いがある。教室の前の方で、みんなの演奏をじっくり聴いて、気づいたことがあったら教えてほしい」


響は静かにうなずき、若田からフルスコアを受け取ると教室の前方へ歩み寄った。そしてバスパートの演奏が再開されると、響は目を閉じて音をひとつひとつ丁寧に聴き分けていく。


演奏が終わると響はその場で口を開いた。


「来島くん、呼吸のタイミングが少し遅れてる。みんなと合わせるときは、もう少し早めに息を吸ったほうがいいよ」


続けて、


「今伊先輩は、出だしの入りは良いけど、その後のテンポが時々不安定だから、メトを使ってゆっくり練習をしていくと安定すると思います」


さらに、


「香久山先輩は、フレーズの切れ目で少し間ができてるのでもっと滑らかに繋げると、流れが良くなると思います」


その言葉に香久山は目を見開き、感嘆の声を漏らす。


「すごい……そんな細かいところまで聞き分けてるなんて」


今伊も小さく息を飲み、呟く。


「響君、マジで凄いな……」


若田はにっこり笑って周囲に言った。


「響の耳は本当に鋭いよ。頼りにしてる。」


響は控えめに微笑み、目の前のフルスコアに目を落とした。


しかしその後もただロングトーンやヤマトをパートで少し合わせるだけの練習が続いた。まるでただ時間を無駄にしているような.....



楽譜が配れて一週間。


ドアを開けた先には、大きな演奏スペースが広がっている。ここが、吹奏楽部の“舞台”となる場所だった。各パートが譜面を確認し始める中、久瀬が手を挙げて静かに告げた。


「じゃあ——全体でロングトーンします。まずはチューニングB♭で.......」


その声を遮るように、後方から一つの声が上がった。


「もう、先生呼びませんか?ナーガフェスも近いし、そろそろちゃんと先生に練習見てもらわないとヤバいでしょ」


トロンボーンからだった。前のめり気味にそう言うと空気がざらりと波打つ。


「ずっとロングトーンとか個人練習ばっかで、全然進んでる感じしないし……」


「これじゃ去年と同じ……また失敗するだけだよ」


一人が言えば、他の誰かも乗る。教室の中に言葉にならない苛立ちが、じわじわと広がっていった。数人の部員がうなずき、視線が一斉に久瀬に向かう。その視線に耐えきれず、久瀬は一瞬だけ目を伏せた。


「……でも、まだ基礎が……」


言葉は続かない。彼女の声はだんだんと細くなり、沈黙がそのまま呑み込んでいく。誰かが楽器をいじる音が遠くで鳴った。焦りと不満と諦めが、音楽室の空気にじっとりと溶け込んでいく。


久瀬は、肩をすくめるように小さく息を吐き、言った。


「……わかった。先生、呼んでくる」


その一言に、どこか張りつめた空気が少しだけほどける。


久瀬はそそくさとファイルを閉じ、フルスコアを机に置くと音楽室を後にした。その背中には、迷いと小さな敗北感が滲んでいた。



廊下の足音が、静まり返った校舎に響く。久瀬は、気持ちを落ち着かせるように深く息をついた。数秒の逡巡のあと、職員室の扉をノックする。


「失礼します……吹奏楽部の久瀬です」


「どうぞ」


中から落ち着いた声が返る。扉を開けると、瞬崎がデスクに座り、何か楽譜の束に目を通していた。久瀬が一歩踏み出すと、彼は視線を上げる。


「久瀬さん。何かありましたか?」


その目が久瀬に向いた瞬間、得体の知れない熱を感じた。視線を受け止め、久瀬は声を整えるようにして言った。


「えっと……部員たちが、そろそろ合奏を先生に見てもらいたいって。ナーガフェスの準備もありますし……」


瞬崎は数秒の沈黙のあと、ゆっくりと微笑んだ。だがその笑みは、冷静なようでどこか狂気を含んでいる。まるで長く待ち望んでいた瞬間がようやく来た、とでも言いたげに。


「……わかりました。期待していますよ」


その声は穏やかで、教師らしく整っているのに、笑顔にはなぜか、不気味なほどの熱と期待が滲んでいた。


まるでこれから何か楽しい“実験”でも始まるかのように——。


久瀬は無意識のうちに一歩だけ後ずさりそうになり、慌てて体勢を整えた。


「お、お願いします……」


瞬崎は資料を整え、椅子から立ち上がると、上着を羽織りながら口元の笑みを消さずに言った。


「失礼しました」


そういうと久瀬は静かに職員室の扉を閉じた。


——その背後には、一瞬だけ、鈍く揺れる不安の影が垣間見えた。



音楽室の扉が、静かに開かれた。全員の視線が、一斉にその方向へ向く。


中に入ってきたのは、顧問・瞬崎だった。紺のジャケットにネクタイを締めたその姿は、教師としてごく当たり前のものだったはずなのに、どこか異様な緊張感を纏っているように見えた。


「お待たせしました」


その声は穏やかで、静かだった。しかし、生徒たちの背筋が自然と伸びる。瞬崎は足音を立てずに中央へ歩み寄り、何気なく譜面台の前に立った。そして、ゆっくりとフルスコアを開く。


「まずはチューニングから始めましょう。ロングトーンで基準を整えてください。チューナーを確認しながら、一人ずつ」


その指示に従い、各パートが順に音を出していく。瞬崎は一人一人の音にじっと耳を傾け、時に首をかしげ、時に軽く頷いた。


「トランペット、少し高め。楽器の角度を少し下げてみてください」


「チューバ、音は出ているけど、息の入りが弱い。もう少し腹から支えて」


的確で無駄のない指示だった。生徒たちは、思っていたよりも“普通の指導”が行われていることに少しだけ拍子抜けした様子すら見せる。


ただ、その目の奥にある“何か”が、消えることはなかった。


「では、チューニングはここまで。次は『宇宙戦艦ヤマト』。Aからテンポ♩=130で」


彼の声が音楽室に響いた瞬間、空気が少しだけ冷たくなる。


「準備はいいですね? ……では、始めます」


指揮棒が、静かに、しかし鋭く振り下ろされた。


——音が、鳴り始める。


しかし演奏が進むにつれて、部員たちの音はばらばらになり、テンポもずれ、全体のまとまりが失われていく。重厚なはずの『宇宙戦艦ヤマト』は、どこか崩れかけた音の塊に変わっていった。


瞬崎は眉をひそめ、じっと目を閉じる。


「……ストップ」


指揮棒を静かに下ろすと、教室に張りつめていた空気が一瞬で冷え切った。


「これは……あまりにひどい演奏です」


声は落ち着いているが、その言葉は鋭く、容赦なかった。


「久瀬さん、あなたに言いましたよね。『合わせられるようになったら呼んでください』と」


久瀬はうつむき、かすかに震える唇を噛む。瞬崎はじっとその顔を見据え、ゆっくりと口を開いた。


「この状態で、もし本当に大会でこの演奏をすることになったら——あなたはどうしますか?」


久瀬は答えられず、目に涙が浮かんでいる。


「なぜ即答できないのですか?答えられないのなら、あなたに音楽をやる資格はありません」


久瀬の肩が小さく震える。それを見て、数人の部員が口々に言った。


「言いすぎじゃないですか……」


「そこまで言うことある?」


「確かに下手くそなとこもあるけど、全員が悪いわけじゃない。ちゃんと吹けてる人もいるんだから…」


別の部員がフォローするが、瞬崎は冷ややかな視線を彼らに向けた。


「そうでしょうか? 確かに個々に吹けている者もいます。しかし、その『吹けている』音が、下手な演奏に埋もれてしまっているのが現実です。まとまりのない演奏に価値はありません」


再び沈黙が支配する中、瞬崎は視線を部室中に巡らせる。


「皆さんも同じ質問をしましょう。大会に、この演奏で臨む覚悟はありますか?」


周囲がざわつく中、すぐに答えたのは響だけだった。


「……こんな演奏で全国大会の金賞は取れません。恥ずかしいです」


その言葉に瞬崎は静かに頷く。


「答えてくれてありがとう。少なくとも君はこの部の現状を理解している」


だが瞬崎の視線はすぐに他の部員たちに戻り、冷酷に言い放つ。


「しかし、他の皆さんは答えられなかった。協調性も責任感もない——結果的に、答えられなかったあなたたちにも、そして月本(つきもと)君にも音楽をやる資格はありません」


響は無表情のままゆっくりと視線を落とした。瞬崎の言葉が教室に重くのしかかる。


「今回の演奏は、あまりにも未熟で未完成です。あなたたちは全国大会金賞を目標に掲げましたね? その覚悟があるなら、この演奏では到底足りません。これを改善するために、私は一週間の猶予を与えます。その間に、本気で基礎から練習し直すこと」


一瞬の沈黙の後、声は一層低く、凄みを増した。


「もし次回また同じような演奏をしたら——ナーガフェスもコンクールも出場は認めません。ついでに——私はこの学校を去る覚悟でいます」


その言葉が教室に響き渡る。生徒たちは言葉を失い、ただ重苦しい沈黙だけが流れていた。目を伏せる者、息を呑む者、誰もがその言葉の重さを噛みしめていた。


そして瞬崎はゆっくりと息を吐き、ふと顔を上げた。普段はいつも笑顔を絶やさない彼だが、今は真顔だ。そして、静かに一言だけ告げた。


「では失礼」


その言葉を残し、瞬崎は何事もなかったかのように音楽室を後にした。扉が閉まる音が、教室にぽつんと響き渡る。



瞬崎が音楽室を去った後、重苦しい沈黙が続いていた。その静寂を破るように、突然一人の3年生が立ち上がった。


「月本っつったっけなぁ、お前」


その先輩は怒りに震える目で響の胸ぐらを掴み、声を荒げた。


「おい! 調子に乗ってんじゃねぇよ!」


響の胸ぐらを握りしめた手には、嫉妬と苛立ちが渦巻いていた。


「あの異常な演奏だけが取り柄みたいに振る舞いやがって……目障りなんだよ!」


周囲が息を飲みざわつく中、部長の久瀬が咄嗟に声をかけた。


「何をしてるの!? 東堂(とうどう)君やめなって!」


若田もすぐに割って入り、制止しようとした。


「落ち着け、話せばわかるだろ!」


しかしその3年生の感情は収まらず、突然響の顔を強く殴りつけた。響は無防備に倒れ、地面に崩れ落ちる。


教室は一瞬にして凍りつき、緊張と混乱が入り混じった空気に包まれた。


響が地面に崩れ落ちると、その3年生はさらに怒りをあらわにして、追い打ちをかけるようにもう一発ぶん殴ろうと拳を振り上げた。


しかし、その瞬間、静かな声が響き渡った。


「やめてください」


声の主は柊木真尋(ひいらぎまひろ)だった。彼は冷静な眼差しで、鋭く3年生を見据えている。


その一言に教室中が息を呑み、拳は途中で止まった。


「そんなことやっても意味はありません」


柊木の言葉は静かだが重く、騒動はゆっくりと収束していった。3年生は拳を下ろし、怒りと混乱の入り混じった表情のままその場に立ち尽くした。


響はゆっくりと体を起こし、真尋がそっと肩に手を添える。


「すみません。響くんを保健室に連れていきます」


「うん。わかった。お大事にね」


久瀬は心配そうな目で響を見ている。そんな中二人は静かに教室を後にした。


教室には再び緊張が漂うが、暴力の連鎖はここで止まった。



真尋が小さく呟く声が響の耳に届く。


「なんなんだ、この部活は……」

読んでくださりありがとうございます。宇宙戦艦ヤマト、自分が吹奏楽部で初めてやった曲がこれでした。あのときは本当に純粋に音楽を楽しんでた時期でした。今日は特に言うこともないのでここらへんにしておきます。

今後の活動の励みになりますので、ぜひ評価、感想、ブックマーク登録お願いします。次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ