↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心はB♭で響いている  作者: World of Tukimoto
第1章 響く音響編 —始動—

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/103

4話 試される

吹奏楽部に春が来る。

新しい顧問、増えた仲間、手探りの練習。だけど、まだ“部活”は始まっていない。音を出すだけじゃ足りない。

何を目指し、誰と進むのか......

音楽室に戻ってきた一同は、それぞれ椅子に腰かけ、静かに先生たちの言葉を待つ。


すると音楽室の静けさを破るように、瞬崎(しゅんざき)は部長の久瀬(くぜ)に近づいた。


「今年は新入部員、何人入ったんですか?」


久瀬は少し驚いたように顔を上げ、答えた。


「三十六人です。ここ数年で一番多いかもしれません」


瞬崎は目を輝かせて微笑んだ。


「嬉しいですね。これで長らく空いていた楽器も埋まって、部の演奏の幅も広がりそうです」


瞬崎先生はすでに前に立っており、明るい表情を浮かべている。けれどその場を包む空気は、どこか硬く、緊張感が漂っていた。


吹奏楽部のこれからが、ようやく動き出そうとしていた――。


「まずは自己紹介からですね。今年、東縁(とうえん)高校に赴任しました瞬崎カルマ(しゅんざきかるま)と申します。担当教科は音楽と数学です。音も数字も、どちらもルールがありながら自由がある——そこに僕は魅力を感じています。ですが、部活の顧問を務めるのはこれが初めてです。みなさんと一緒に音を作り上げていけたら、とても嬉しいです。どうぞこれからよろしくお願いします」


そういって瞬崎は深々と礼をした。音楽室中に拍手が響き渡る。顔を上げるとその口元を僅かに緩めた。


「まずは聞かせてください。皆さんは、この部活をどんなふうにしていきたいですか?」


一瞬、音楽室に静寂が訪れた。生徒たちは顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべる。誰もが言葉に詰まり、視線を落とした。


瞬崎は少し微笑みながら、言葉を続けた。


「そうですね……改めて言い直します。今年の部活の目標は、私から押し付けるのではなく、皆さん自身に決めてもらいたいんです」


音楽室は少しだけざわめいた。


瞬崎が少し間を置き、誰も話さないことを感じ取ると、ゆっくりと黒板の方へ歩き出した。


そしてチョークを取り、黒板に『全国大会金賞』と大きく書き込む。


「これが、これまでの吹奏楽部の目標でしたね。皆さんはこの目標に向かって努力してきた。でも、今の部の状況や皆さんの気持ちを考えると、改めてこの目標をどうするか決める必要があると思います」


瞬崎は振り返り、久瀬とその他幹部らの方を見ながら言った。


「今日は、皆さんにこの話し合いを進めてもらいます。全国大会金賞を目指すのか、それとも違う方向で進むのか決めてください」


久瀬はゆっくりと立ち上がった。声は震え、わずかに怯えたような響きがあった。


「わ、わかりました……」


久瀬が進行役を引き受けたものの、どう進めていいか迷いながら、周りの部員たちを見渡した。


そのとき、誰かがぽつりと呟いた。


「多数決で決めちゃわない?」


その言葉に、音楽室の空気が一瞬凍りついた。


「多数決?!」


久瀬は驚愕の声を漏らす。それで本当に決めていいのか……?そのような不安が顔に浮かんでいた。


すると、別の部員が少し苛立ったように口を開いた。


「だってさ、そうしないと決まんないだろ。こんなに部員いるんだから」


部員は、ざわつきながら瞬崎の方を見た。彼はにこやかに微笑みながら静かに結果を待っている。


久瀬は少しもじもじしながらも声を震わせて答えた。


「……わかりました。じゃあ、多数決で決めましょうか」


部員はそれぞれ小さく頷く。


「えーとまず……全国大会金賞を目指さない人、手を挙げてください。」


音楽室には静寂が流れた。誰も手を挙げる者はいなかった。


「えっと……じゃあ、その……全国大会金賞を、目指したい人は……手を挙げてください」


すると、部員たちはゆっくりと手を挙げ始める。


その中で、響(ひびき)は迷わず、真っすぐに、力強く手を挙げていた。自分でもよくわからなかった。


「……手をおろしてください。それでは今年の目標は全国大会金賞で決まりです」


そう言うと久瀬はほっとしたような顔で瞬崎の方を見る。瞬崎もより一層笑顔で部長はじめ部員たちを見渡した。


「まあ、頑張ってはいるけどね……」


一人の部員がそう呟いた。周りも釣られるように苦笑している。そんな諦めムードを瞬崎は明るい笑顔で一気に吹き飛ばした。


「ありがとうございます。一応言っておきますが、この目標を決めたのは皆さんです。私はその目標を達成するために全力を尽くします。ですから、皆さんもどうか一緒に歩んでください」


その言葉は、真剣な熱意の裏に狂気にも似た強さを感じさせ、音楽室の空気を一変させた。



放課後、部活を終えた響、陽翔(はると)、奏多(かなた)は、いつもの路線バスの後方座席に腰を下ろしていた。


車窓の外には、山と田んぼのあいだを染める夕焼けがゆっくりと流れていく。


すると陽翔が、腕を組んだまま少しムッとした顔で言った。


「……やっぱ納得いかねぇんだよな」


「まだ言ってるの?」


奏多が窓の外を見ながら、飄々(ひょうひょう)と返す。


「だってさぁ。サックス志望だったんだぞ?なのに“はいバスクラやってたなら戻って”って強制帰還かよ」


響は苦笑しながら、ちらっと陽翔を見た。


「でも、吹けてたじゃん。やっぱ体が覚えているんだね」


「そりゃな、小学生のときずっとやってたし。でもよ、もうちょっと他の楽器試したかったっていうかさ……今さらバスクラ戻っても地味っていうか、主役感ゼロじゃん」


「“地味”って言い方するけどさ」


奏多がやや呆れたように笑う。


「本番で一人いないと、アンサンブルが一気に崩れるのがバスクラだよ?責任重大だよ」


「一人って、バスクラは今二人いるじゃんかよ」


「そう言うことじゃない。僕らの代で一人だけってこと」


「うっせぇな。分かってるけどよ」


陽翔はそっぽを向きながらも、どこか照れたような口ぶりだった。


「ま、いいけどさ……やるって決めたしな。まさか、本当に全国目指すんだな、俺たち。本当にやれるもんなら、だけど」


「やれるかどうかは、これからでしょ」


響の声は小さいが、芯が通っていた。


その言葉に、陽翔も奏多も特に返すことはなかった。ただ、バスの窓に映る夕焼けを見ながら、それぞれの胸の中で「これから」を思い描いていた。



三年五組の教室。


窓のカーテンは半分開いたまま、夕方の光がゆるく差し込んでいる。


放課後、楽器ケースを抱えたバスパートのメンバーたちが、少しずつその教室に集まってきた。


一番早く来ていたのは、響だった。ユーフォのケースを机の脇に置き、静かに椅子に腰をかけている。


外の景色をぼんやりと眺めているその背中には、どこか他人を寄せつけない静けさがあった。


するとチューバケースを背負った少年が教室に入ってきた。靴の色からして恐らく同じ一学年だろう。


彼は大きなチューバのケースを床に置き、少し息を切らしながら響の隣に腰を下ろした。


そこに続くように、他のメンバーも次々と教室へ入ってくる。ユーフォ、チューバ、コントラバスと続けて......


最後に、どこかのんびりとした足取りでユーフォケースを抱えた男子生徒が入ってきた。


「ん〜、全員揃ってるね。じゃあ、始めよっか」


教室の前の席に立ったその生徒は、柔らかい声で言う。


「改めまして、今日からバスパートの練習が始まります。新入生もいるし、まずは軽く自己紹介していこうか」


全体の雰囲気は、まだどこか探り合っているような、そんな緊張感に包まれていた。


「僕は若田宗一郎(わかだそういちろう)、三年。ユーフォニアム担当です。よろしくお願いします」


軽く拍手が起こる。


若田は続けた。


「じゃあ順番にいこうか。僕から時計回りで」


少しの沈黙の後、響は立ち上がった。


「……月本響です。一年。ユーフォニアムをやっています」


それだけ言って、軽く頭を下げた。


続くメンバーたちも自己紹介をしていく。


「二年の桜咲彩花(おうさきあやか)です。ユーフォニアムです。まだまだですけど、よろしくお願いします」


「三年の香久山大兎(かぐやまだいと)。チューバ吹いてます。困ったことがあれば気軽に声かけて」


「二年、茅野砂漣(かやのされん)。チューバ。よろしく」


「三年、今伊亮(いまいとおる)。コントラバスです。あんまり目立たないけど……よろしく」


「一年の来島青馬(らいとうおうま)です!チューバやってます!吹奏楽は初めてだけど、やる気だけはあります!」


「あ、一年の永井(ながい)、營(いとな)です。コントラバスです。えと、がんばります……」


緊張しながらも一生懸命言葉を探す永井。

淡々とした茅野。

お調子者っぽく見えるけど、まっすぐな視線の青馬。


一通り自己紹介が終わると、若田が再び口を開いた。


「今日はまだ初日だから、まずは音を出してみようか。それぞれ、自分のロングトーンを」


その言葉に、各自が自分の楽器ケースを開けはじめる。


——カチッ、カタン、と金属やプラスチックの音が教室に重なる。


響は静かにユーフォを取り出す。その手つきは滑らかで、まるでそれが自然の動作のようだった。


そして楽器を持った八人は円状に並んだ。


「じゃあ、僕からいくね」


若田が先陣を切って息を吸い、深く、まっすぐなロングトーンを響かせる。


その音はあたたかく、優しく包むような音色だった。


次いで、彩花、響、香久山、茅野……と順番に音を出していく。皆、それぞれの音色を持っていて、誰もが自分の立ち位置を確認するような、そんな慎重なトーンだった。


その中で響のロングトーンの低く、深く、それでいて透明感のある音が教室中に広がっていった。


ただのロングトーンなのに、空気が一瞬震えた気がした。


誰かがごくりと息を呑む。まるで一人で吹いていたかのように、教室には響のユーフォの音色だけが残った。


けれど、響はまるで何でもないように、ユーフォをそっと置いた。


「……うん、やっぱうまいね、君」


若田がふわりと笑って言う。その一言で教室の空気がすこし柔らかくなった。


バスパートの、最初の一歩が踏み出された——そんな放課後だった。



ある日の放課後、静まり返った職員室。


部長の久瀬、副部長、幹部たちが、今後の部活運営やコンクールについて顧問の瞬崎と話し合っていた。


瞬崎は資料に目を通しながら、やや冷静な表情で口を開く。


「なるほど、部の方向性や練習体制についてはわかりました。ただ……」


少し間を置いて、目を上げた瞬崎が静かに言う。


「今の吹奏楽部がどのくらいの演奏レベルか、私に聴かせてほしいです」


部長が驚いた表情で問い返す。


「どういう意味ですか?」


瞬崎は微かな笑みを浮かべ、机の引き出しから一冊のスコアを取り出した。


「これを見てください」


重厚な譜面を部員たちに向けて差し出す。


「『宇宙戦艦(うちゅうせんかん)ヤマト』。これを合わせられるようになったら、呼んでください」


部長の久瀬は、驚きの色を隠せず声をあげた。


「えっ!そんな、いきなりそんなことを言われても……」


瞬崎はふっと笑みを浮かべながらも、真剣な眼差しで続ける。


「私は理論や方針を決める前に、まず“今”の実力を知りたいんです。それがなければ、いきなり練習を押し付けても意味がない。だから、この曲を合わせて、そして、演奏できるようになったら、すぐに声をかけてください」


その言葉と笑顔にはどこか狂気を感じさせる、鋭い輝きが宿っていた。


幹部らは言葉を失い、重たい空気が職員室を包んだ。

まだ揃わない音。まだ噛み合わない想い。それでも、それぞれが選んだ一歩は確かに前へ進んでいる。

新たに加わった存在がもたらすのは、希望か、それとも試練か。

静かに差し出された“課題”は、これからの時間を大きく変えていくことになるだろう。

感想、評価、ブクマ是非お願いします。

次回もお楽しみに!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。