9. 初めての外出
あれから1年。
死んだことになっている元伯爵令嬢のロザンナは平穏な日々を過ごしていた。
顔を隠すことを条件にヴィルヘルムから外出の許可を得た彼女は真新しいワンピースに身を包みながら楽しげに鼻歌を歌っている。
そんなロザンナと対象的に皆は本当に出掛けるのかと心配そうにしていた。
狼姿のヴィルヘルムとギルバート。
そしてグレッグが護衛として一緒に来ることになったようで、満面の笑顔で行ってきますと残り組に声をかければ悲しげにワオーンと一斉に鳴き始める。
少し後ろ髪引かれるが、折角のチャンスなのだからと心を鬼にして歩みを進めていった。
向かった先は1時間程歩いた先にある大きな街で、露天や出店が両端にずらりと並んでいるのが見える。
近くの村とは大違いだと視線を彷徨わせながら歩いていると、明らかにこちらに向けられた視線。
目元を隠しているマスクのせいかとも思ったが、視線の先にあるのは狼姿の彼らだった。
鋭い牙を見せていないため、犬だと思われているようだが大型犬を優に超える体躯に銀色と黒色と紺色という毛並みは遠目で見ても手入れが行き届いている。
好奇な視線を一身に受けている彼らを見て、今のうちだとそっと目的のお店に入っていった。
「いらっしゃいませ。」
店主の前にあるショーケースにはずらりと並んだケーキの数々。
何度か自分で作ったことはあるが、プロとは雲泥の差だ。
集落で待っている彼らのことを考えるとホールの方がいいかと隣のショーケースに視線を移し、4つほどホールケーキを頼めば箱に入れてすぐに手渡された。
お礼を言ってお店を出ると、広場で騒ぎが起こっているようだ。
まさかと急ぎ足で向かうと、巨大なゴブリンが5体程街に紛れ込んでいた。
騒ぎの中心が彼等でないことに安堵したが、街の子供が今にも食べられそうになっている。
周りの大人達は恐怖にただ逃げるか見ていることしか出来ないようだ。
助けないと!
そう思ってゴブリンの前に立ちはだかれば、棍棒片手にニヤリと笑みを浮かべるのがみえる。
「自ら喰われに来るとはいい度胸じゃないか!」
「ゴブリンって話せるんだね。言葉の知らない劣等種って聞いてたのに。」
「何だと!?」
ロザンナの言葉に相当腹が立ったのか。
掴んでいた子供を離すとこちらに歩み寄ってきた。
「こんな幼稚な挑発に乗るなんて本当にバカだね。」
その言葉にとともに振り上げられていた棍棒が彼女に向かって降ろされるが、既にそこには居らず砂埃だけが舞い上がっている。
それと同時に痛みを訴える仲間のゴブリンの声が聞こえ、地面に大量の液体がこぼれ落ちていった。
何が起きていると視線を彷徨わせると、先程まで伏せをしたまま我関せずの態度を取っていたはずの犬が鋭い牙と爪で攻撃を仕掛けてきている。
「な、狼族か!!人間を嫌っているはずだっ。」
困惑したような表情を見せながら棍棒を振り回しているが、狼族である彼らに当たるはずもなく。
銀色の毛並みをした一際大きな狼が首に噛み付くとそのまま倒れていった。
口元をベットリと汚した3匹が狼族だったことに街の人々は恐怖の視線を向けているが、助けてくれたというのは理解しているようで彼らの動きを注意深く見つめている。
3匹はというと絶命したゴブリンには興味がないようで、離れた位置に移動させたロザンナに近付くとその横にぽすりと座った。
そんな彼らにワンピースが汚れることも厭わずニコニコとその毛並みを撫でている彼女に気持ち良さそうな表情をしている。
「狼族が人に懐くなんて…。」
「私は夢でも見ているのか?」
「彼女は一体…。」
狼族という存在は誰もが知るほど凶暴で危険な存在。
それこそ先程現れたゴブリンも一瞬で倒してしまうほどの実力差があるのだ。
だからこそ、10年ほど前帝国によって種が増えないようにと雌ばかりを狙った大虐殺が行われた。
それ故に狼族の彼らにとって人を助ける意味は一切ない。
ということは彼女という存在が大きいのだろう。
それを理解した街の長である男性は一歩踏み出した。
「貴女は狼族と仲が良いのですね。」
「…?」
「私はこの街の長、フェベルといいます。ゴブリンを退治してくださりとても感謝…。」
人の良い笑みを浮かべた彼がロザンナの側に寄ろうとした瞬間、紺色の狼から強い威嚇の声が聞こえてくる。
それはもう一歩でも動けば腕を喰い千切るとでもいうようだ。
「グレッグ、落ち着いて。ほら、こっちおいで。」
彼女のその言葉にちらりとフェベルを見てからすりすりと身体を擦り寄せ牙を収めた。
「手懐けているのですね。」
「それは違いますよ。彼等が私を手懐けているのほうが正しいです。」
彼女のその言葉に銀色の毛並みをした狼が人型へと変わっていくと気怠げに髪を掻き上げながら彼女に視線を向ける。
「ふざけことぬかしてんじゃねえぞ。お前は俺の嫁…っ!」
彼の言葉を手で塞いで何事もなかったかのように装うとフェベルは不思議そうな顔をしているが、狼族の彼らが怖いのか。
問いかけられることはなかった。
「痛っ。」
「噛んで欲しいから手を出したんだろ?」
「違うにきまってるでしょ。」
「じゃあなんだ?構ってほしいなら早く言え。」
「違うって!」
そう否定してみても既に自分の良いように解釈したヴィルヘルムは彼女を軽々と抱き上げ楽しげにしている。
後ろに続く狼も不服そうにしながらも、愛おしげに彼女へと視線を送っており、明らかに伴の人間の扱いではない。
そんなことを思いながら用は済んだと街の外に向かって歩いていく彼らを見送るのだった。