同棲に至るまで
未羽が、部屋に初めてやってきたときの彼の心境。
あんな大胆な告白をしてきた彼女は、俺に「付き合って欲しい」なんて可愛らしいことを乞うてきた。俺としてもそれに異論はないけれど。
それではあまりに可愛らしい要求すぎて、いささか物足りない。
「それなら、いっそ同棲しない?」
彼女の家は、俺の家とは駅をはさんだ反対の場所にある。
実家で両親と一緒に暮らしており、兄弟はいないということだった。
一人っ子の未羽ちゃんには二人とも甘く、大切にしているからきちんと挨拶に伺わなければならない。俺には彼女を養えるだけの収入はあるし、蓄えもある。
「ご両親の許可を貰わなければならないし、いろいろ準備も必要だけど」
何より、俺の癒しである未羽ちゃんグッズを詰め込んだ書斎を見られるのは、正直まずい。いくら彼女が俺と同じ系統の人間だとしても、あれはさすがに…見せたらまずい事くらいわかる。
「……で、でも。私は嬉しいですけど、突然同棲なんて翔さん疲れませんか?」
「そんなことないよ」
彼女は、本当に変わっていると思う。
俺は気にしないとはいえ、ずっと追いかけられるのと同棲するのならば、まだ恋人として同棲の方が一般的であろう。スマホにも彼女の写真がたくさん納まっているからすぐには渡せないけれど、GPSで互いの所在を確認できるようにするのもやぶさかではない。ぎりぎり、その程度なら普通のカップルでもやりそうだ。
ただ、正直本人の許可なくそういう事をやるのは頂けないと思っていたので、自分がこうして探偵を雇ってまで彼女の行動を把握するようになるなんて…。思ってもみなかった。
「仕事で重要な資料とかもって帰る事もあるから、書斎だけは立ち入り禁止にさせてもらうけど」
こういっておけば、彼女は疑うことなく頷いてみせる。
俺はさほど機密を扱っている訳ではないし、社外秘の資料などまず持ち出すわけがない。だから嘘八百を並べただけなのだが、素直に信じる未羽ちゃんに一抹の不安を覚える。
こんなに騙されやすくて、よくこれまでやって来れたものだ。
それで結局こんな男に捕まっているのだから、彼女にしては不幸な事なのかもしれないが。彼女の方からわざわざ飛び込んできてくれたのだから、今更手放してあげるつもりはない。精々、幸せにすると誓う事くらいしかできない。
「恋人になれるだけでも、夢のような話なのに……」
ぽっと頬を染めた彼女の可愛さに、思わず抱きしめるが抵抗する様子もない。
こうして直接触れていると、本当に恋人になれたのだと喜びが胸を満たす。今までは、本当にただ見つめているだけしかできなかった。
バイト中やストーキングされている時。写真の中でさえ、彼女とこうして目を合わせることすらほとんどない。大抵覗き見るか、盗撮した写真なので視線は一つとして交わらないのだ。むしろ視線が合っていれば、こんな事をしていたとバレてしまった可能性が高い。
見つかってはいけないのに、彼女の関心をもっと引きたいという感情に支配され、わざと他の女の子に声を掛けたりもしていた。きっと今日こうして接触してきたのは、つい先日未羽ちゃんのバイト先で新しく入ったバイトの子へ、声をかけた成果だろう。
「夢なんかじゃないよ」
そう、夢などではない。
俺たちの生活は、ここから始まる。