第1071話 次なる戦場へ
「んああぁ……疲れたぁ……疲れたぁ!」
「ああ、お疲れ様。よく頑張ってくれたな、リリィ」
「主様ぁ……妾も疲れておるのじゃぞー」
「分かってる、ベルも本当に頑張ったな。ありがとう」
疲労感のあまりにグズる幼女状態のリリィを抱えながら、ベルクローゼンの巨躯を背もたれにして、俺はその場に座り込んでいた。何もない、だだっ広い草原の真ん中で、どこまでも無防備に。
けれど、今はそれでいい。
戦いは終わった。
エルロード帝国とオルテンシアの決戦は、女帝エカテリーナの降伏宣言によって終結したのだ。我らがエルロード帝国の勝利である。
「――――ふっ、そうしていると、まるで父親だな」
「そりゃあ、見た目だけはな。でも頼り切りなのは俺の方だ」
「全くだ。この私の『ブリュンヒルト』と『シグルドリーヴァ』が、たった二人を相手に敗れるとはな」
そういうエカテリーナだが、敗北による屈辱など全く感じられない、どこまでも清々しい表情で言い放つ。
コックピットの内部が露出するほど切り裂かれて損壊したシグルドリーヴァから降りてきたエカテリーナに、敵意は一切ない。
すでに通信でお互いに停戦命令を出している。
速やかに命令は行き渡ったようで、もう戦闘の音は響いて来ないが、これだけの大乱戦となっているので、撤収するだけでも大変だ。
俺達も君主として、総大将として、すぐにでも指揮に戻らねばならないのだが……こっちも全身全霊をかけた一騎討ちの直後である。少しくらい休ませてくれ。
「けど、やっぱりリリィに任せて正解だった。本当に説得が成功するとは」
「それもシグルドリーヴァを斬り伏せる力があればこそ……ただの綺麗事だけで、私は止まれなかった」
それでもこうしてエカテリーナが矛を収めてくれたのは、彼女なりに心から納得できたからだろう。
しかしながら、二人の戦闘中の会話を、俺は半分くらい聞いてはいなかった。聞こえなかったのではない。聞く余裕が全く無かったのだ。
今回はリリィが主人格となって合体した体を動かしていた。俺の仕事はベルに乗った時と同様に、全力でそれをサポートすること。
魔法の演算の肩代わりは勿論のこと、合体状態だと武技も使うからな。なので説得はリリィに丸投げし、俺はただひたすら戦闘に集中していた。
よくもまぁ、あんだけ言い合いしている中で、百回死んでも足りないような猛攻撃をかけられるもんだ。ミサイルサーカスにビームフルバースト、何回やるんだよ。
シグルドリーヴァは見た目は細身だが、その内部には大量の武装と弾薬を搭載した、量産機とは一線を画すスーパーエース機体だ。こんなのあれば、そりゃ古代の戦場でも単機で無双できるというもの。
リリィの舌戦によって、精神的に追い詰められたエカテリーナは勝負を急いで大技に賭ける短期決戦となったが……もしも諦めずに粘られたら、先に力尽きたのはこっちの方だった。
『妖精合体・妖魔王』は強力だが、例によって消耗もまた激しい。普段使いできる技ではない、切り札の一つ。
しかし『シグルドリーヴァ』は出力自慢のデュアルリアクター搭載機。持久戦に持ち込まれた時点で、俺達の勝ち筋は無かった。
何はともあれ、ギリギリの綱渡りを制して、勝利できて本当に良かった。
そして勝利した以上、エカテリーナの心境を根掘り葉掘り聞き出すほど、俺も無粋ではない。下手に突いて怒らせて再戦となったら、A級戦犯どころじゃないからな。
だから俺がエカテリーナに問うべきは、現実的な対応についてである。
「これからどうするつもりだ」
「ひとまず、アスベルの向こう側までは退こう」
「ウィンダムは放棄するのか」
「あんな山の天辺など維持し続ける価値はない。帝国としても、山を挟んでいた方が安心であろう」
今回の戦いは防衛戦である。侵攻してきたオルテンシア軍に勝ったところで、その領土を奪えるワケではない。
基本的には戦勝国としてほどほどの賠償金なりを得てから、今度こそ十字軍に対する同盟を結べれば良い。
俺達はこの戦いに勝利したが、だからといってオルテンシア本国を占領するべく攻め込む戦力など残ってはいないのだから。
「占領した大陸北部はそのままか」
「建前であっても、連合王国と銘打ってまとめてしまったからな……今更、本国に籠って全て放り出すつもりは無い」
「その方がいいだろうな。十字軍がアスベル山脈に開いた侵攻ルートもあるし、そっちの防備も抑えておいて欲しい」
「あの道化がいつまた現れるとも限らぬからな」
「安心しろ、アイの首は俺が獲って来る」
「ふむ、随分となれ合っているように見えたが?」
「アイツが馴れ馴れし過ぎるだけだ。俺は恨みも屈辱も、忘れたことはない」
さて、その第八使徒アイだが、いつの間にやら姿を消していた。
約束通り、と言うべきなのか。確かにアイは単独でエルザヴェータ姫のリンドヴルム部隊を相手取り、こちらの邪魔をさせなかった。この働きの一点だけに限っては、素直に礼を言ってもいい。
だがヤツと決着をつける時に、手心を加えるつもりはない。アイだってそんなことは望んじゃいないだろうしな。
本気の殺し合いがしたいなら、本気で殺すまで。
「そんなことよりも、魔王よ。貴様、世継はおるのか?」
「世継って……こんな状況で子供を作る気はない。少なくとも、十字軍を駆逐するまではな」
「全く、大陸を制する大帝国の皇帝がそれでは困る。さっさと一人目を作るがいい」
「いや、そんなこと言われてもな。エカテリーナだって自分の跡継ぎはいないだろ」
「私にはエルザヴェータがおる。それに王族の数も十分に揃っているからな。敗戦の責を負い、今すぐ私が退いたとて、オルテンシアは揺るがぬ」
だがお前の帝国は違うだろう、と暗に攻めるような眼差しが突き刺さる。
確かに、俺はただの成り上がり野郎。エルロード帝国には、歴史と伝統のある王室なんてものは存在するはずがない。俺が一人目なんだから。
勿論、そのことは最初から誰もが分かっていたことだ。魔王の加護を得た俺が神輿となって担がれることで、エルロード帝国は興っている。
だがそもそも十字軍を倒すために国を作ったのであって、俺が千年帝国を築く野望があったワケではないのだ。
だから最優先は戦争に勝つことであり、国として存続し続けるために盤石の体制を整えるのは後回し。俺も自分で握っているのは統帥権だけっていう自覚はある。
「何人も姫を囲っておいて、世継の一人もまだ用意できぬとは。貴様は婚約者を何と心得る」
「す、すみません……」
何で俺が怒られてるんだろう。
むしろ婚約者だからこそ、無責任に子供を作るような真似は控えていたのだが。
もしかして婚約の段階から、最初に子供が出来た者が正妻の座に、みたいな暗黙の了解があったりするのだろうか。婚約者全員、水面下でバチバチなのか。
うぅ、そういうの止めて……マジで止めてくれぇ……
「だから一刻も早く、リリィとの間に世継を作れ。魔王を継ぐ立派な男児をな」
「えっ、でもリリィは妖精だから、人間と子供が出来る確率は低いって話が――――」
「ならば尚更、早く作れ。まず最初に作れ。私はそれ以外、認めんからな」
「そりゃあ俺だってリリィといつかは、と思っているが……いつになるかは分からないぞ。子供は授かりものなんだからな」
「もう今すぐここで子作りしろ。邪魔はさせないでやるから」
「いやなんでそんなリリィとの子供に圧強いんだよ!?」
エカテリーナのような筋金入りの女王様から見れば、俺など国を省みない戦争狂だと思われても仕方ないが、それでも無茶を言うにも過ぎるだろ。
壮大なラストバトルを終えて、主人公とヒロインはそのまま心も体もゴールイン、なんてのは映画だからこそ許される終わり方であって……たとえ今ここで、リリィと二人きりだったとしても、そういう雰囲気にはならんぞ。力使い果たして幼女だし。
「――――陛下! 魔王陛下!!」
「おーい、クリス、こっちだー」
無茶ぶりするエカテリーナと不毛な言い合いをしている内に俺の迎えがやって来た。
現れたのは黒竜ガーヴィエラに跨った竜騎士クリスティーナ。
激しい空中戦を経たことが分かる損傷具合だが、竜も騎士も共に重傷はなく、まだまだ戦えるといった様子。エルドラドの方もかなりの修羅場だったにも関わらず、この程度の負傷と消耗で済んでいるのは、流石のエースである。
「悪いがエカテリーナ、俺は先に行かせてもらう」
「ふん、ロンバルトの俗物か」
西方大帝ザメクの征服艦隊も、すでにルーンへ迫っている。もしかすれば、もう戦端を切っていてもおかしくない。
今から急いで飛んで行って、艦隊決戦に間に合うかどうかは怪しいが……それでも、俺は行かねばならない。
「さっさと片づけて、貴様はリリィと後宮に籠っていろ」
「俺もそうしたいんだが、ザメクもアイも、どっちも倒してからだ」
「案ずるな、私は未来を見た――――力を尽くして戦え。さすれば、貴様の望みは叶う」
「『星詠み』の女帝にそう言ってもらえれば、信じられる気がするな」
少なくとも朝の番組の占いコーナーよりかは信憑性があるってものだ。
たとえ運勢最悪と言われても、クソッタレな運命なんて自分で切り拓く覚悟で進むが。
「リリィを頼む」
「うむ」
消耗次第ではリリィも共に向かうつもりだったが、やはりこの状態で連戦は無理だ。完全に力を使い果たしている。
それはベルも同様で、この戦場にいる全ての戦力がそうだろう。
本当にオルテンシアは強敵だった。妖精女王リリィと魔王騎ベルクローゼン、帝国の切り札二枚に、天空戦艦エルドラドという戦略兵器、そして数多の精鋭戦力。全てつぎ込んで、何とか勝ちを拾えた。
ギリギリの辛勝。しかし、女帝エカテリーナから野心を失わせたことは、最も大きな戦果である。
その最大戦果をもぎ取ったリリィを預ければ、エカテリーナは優勝旗を受け取るような恭しい手つきで、その小さな体を抱き上げた。
「そうしていると、本当の母親みたいだな」
「ふっ、私には過ぎた娘だ」
同じプラチナブロンドの長い髪に、同じエメラルドグリーンに輝く瞳。妖精とハイエルフ、種族こそ違うが、その長く尖った耳もよく似ている。
エカテリーナは絵に描いたような絶世の美女であり、幼いリリィは子供の愛らしさの結晶である。
彼女がリリィをその手に抱いていると、誰が見たって俺と同じ感想を抱くことだろう。
「後の事は二人に任せる」
「任されよう。これよりは、貴国との友好を約束する」
「ありがとう。帝国も友好を望む」
これでオルテンシアの脅威は去った。
俺はエカテリーナに背を向けて、着陸したガーヴィエラの元へと歩む。このまま乗って、俺はクリスと共にルーンまで直行だ。
さぁて、海へと行くか!
◇◇◇
「はぁ……はぁ……何とか、間に合ったな……」
戦いが始まる前、すでにして大戦を戦い抜いてきたかのような表情で、力無くその場に座り込む者達がいた。
彼らが身に纏うのは、鎧ではなく作業着。手にするのは武器ではなく工具。傍らには騎馬の代わりに、多腕の工業用ゴーレムが控える。
血と汗と涙、そして黒々とした油汚れに汚れ切った体は、帝国の進退をかけた大戦を支える土台を築き上げた、職人の誇り高き姿。
フィオナ率いる『魔女工房』所属、工房長デイン・グリンガム以下、アダマントリアのドワーフ職人達は、今この時をもってその仕事を果たしたのだった。
「天空母艦、完成だ……」
デインが見上げた先にあるのは、漆黒に彩られた巨艦。
かつて第十一使徒ミサの居城、空中要塞ピースフルハートと呼ばれていた、天空母艦である。
ここはアダマントリア首都ダマスクの地下深くに広がる。古代の地底都市。そこに丸ごと残っていた巨大な船渠である。
エルロード帝国の版図は広いが、この地底都市でフィオナが発見したここ以上に、規模と設備が整った場所はない。故に天空戦艦エルドラドもレーベリア会戦前にここで改修が施されたのだ。
第十三使徒ネロ率いる、因縁の大遠征軍との一大決戦を終えた後、エルドラドも修復のため再びこの地底ドックへと戻ってきたが……同時に、もう一隻の古代兵器もここへとやって来た。
それがピースフルハートであり、大遠征軍が片付いたことで、ようやくその本格的な改修作業を始めることができたのだった。
ヴァルナ空中決戦でミサより鹵獲した、天空戦艦に続く戦略級古代兵器として、ピースフルハートの軍事的価値は非常に高い。無論、魔導開発局は帝国工廠の預かりとなり、局長シモンの指揮でまずは修復作業が始まったのだが……平穏の時はあまりにも短かった。
北のオルテンシアと西のロンバルト、両大国の脅威が迫る中、ピースフルハートの修復・改修も次なる大戦に間に合うよう求められてしまう。
相手はどちらもパンドラに名だたる大国。おまけにスパーダに居座る十字軍も健在。如何に帝国軍といえど、更なる軍備拡張をせねば対応しきれぬ相手である。
しかしただの軍拡では不十分。特にオルテンシアが擁する戦人機軍団は、正しく古代文明の軍勢も同然。これに対処するべく、シモンは様々な戦人機対策装備の開発に集中するようになり……ピースフルハートの改修にまで、とても手が回らぬ状況と相成った。
「では、天空母艦は私が引き受けましょう」
と、そこで声を挙げたのがフィオナであった。
すでに帝国の鉄道網を牛耳る『魔女工房』、そして『アルゴノート』によるダマスク奪還、と帝国工廠に迫る勢いで成果を上げている。
所属する職人もデインを筆頭に、アダマントリアの名だたる者達が勢揃い。さらには工業用ゴーレムの大々的な活用もされている。
『魔女工房』はフィオナによる先進的な現代と古代両方の魔法技術、ドワーフ職人によるパンドラ最高峰の技巧、そしてゴーレムによる全自動量産性、と技術面でも生産面でも高い水準を誇っていた。
「うーん、シモンも限界だし……頼んだぞ、フィオナ」
「はい、私に任せてください。ミサとは違う本物の天空母艦をお見せしますよ」
帝国皇帝クロノの信用もあり、ピースフルハート改修計画は正式にフィオナの『魔女工房』へと移管することと相成った。
そして、これが地獄の始まりだった。
「なっ、なんでこんな依頼受けてきたのっ!? 先生、正気なの!?」
「だって――――」
「おいおいおい、どうすんだよこんな大仕事! お嬢、ルーンの海底遺跡分捕ったばっかりだろうが!」
「でもですね――――」
「ちょっと姉さん、なんで私の名前もサラっと連名で書かれているのですかっ!!」
「姉妹で力を合わせて、頑張りましょう」
ふざけんな――――と、特級のクソデカ案件を独断で受けてきたフィオナに対する怒号で、その日、『魔女工房』の本拠地は揺れた。
そもそも『魔女工房』とて暇ではない。すでに鉄道事業を始め日常的な業務量は膨大となっており、地底都市での古代文明研究、さらには直近でルーンの海底遺跡を手に入れたことで、そちらの研究開発も優先的に行っている。
アダマントリアを代表する大企業トール重工で役職者だったデインと、常人には理解できない予測不能な天才魔女たるフィオナの意志を汲み取って、出来る限り分かりやすく伝えてくれる一番弟子ウルスラの献身的なサポートがあって、『魔女工房』は効率的な運営を可能としている。
だがそれはフィオナに振り回されるのに、何とかついていけている、といった状況に過ぎない。これからパンドラの覇権を賭けた大戦に向けて、みんなで頑張って行こう――――そう覚悟を決めていた矢先に、全ての予定がひっくり返るほどの特大案件、天空母艦の改修という魔王陛下直々の大仕事をぶち込んできたのである。
ウルスラ、デイン、そして身内だからと勝手に巻き込まれていた妹フィアラから、ボッコボコに正論で叩かれるフィオナを助けてくれる者は、『魔女工房』には一人もいなかった。
「でも受けてしまったものはしょうがないじゃないですか。どの道、天空戦艦を持つロンバルト艦隊を相手にするには、こちらも同格の古代兵器は必要です」
だがフィオナの言い分も、残念ながら真実でもあった。
本来ならば、順当にエルドラドが相手取れば良いのだが、帝国軍を支え続けた信頼と実績の天空戦艦は、やはり最大の脅威となるオルテンシア軍との戦いに投入されることが早々に決まっていた。
クロノとリリィが求め、シモンも砲撃手として乗り込むとなれば、フィオナも認めるしかない。
「私たちが勝つには、この天空母艦を再び飛ばすしかありません」
「やるしか……やるしかねぇってことかよ……」
ドワーフ職人は、一晩中酒を飲み明かして愚痴を吐き出した翌朝には、どんな無茶な仕事でも受けるもの。それも自分の腕前を頼っての仕事であれば、是非もない。
すでにデインは覚悟を決めていた。
「ただ飛ばすだけじゃあ、空飛ぶ置物だぞ。プランはあるんだろうな、お嬢」
「勿論。エルドラドを落とせるほど、強力な船になりますよ」
フィオナは他人の苦労を一切考えないド天然だが、嘘は吐かない。
彼女が出来るといったら、ソレは出来るのだ。ダマスクだって、本当にたったの一晩で取り戻してみせたのだから。
そのフィオナが掲げる改修計画。それを遂行すれば、天空戦艦にも勝てる船になるだろう。
故に問題は、その天才魔女のプランを完遂できるかどうか。すなわち、自分達の仕事ぶりにかかっているのだと。
「よぅし、分かったぜ、お嬢。アダマントリアの名に懸けて、やってやるってんだよぉ!」
そうして開かれた地獄の蓋へと、デインは職人全員道連れにして飛び込んだ。
『魔女工房』設立以来、最大の大仕事。扱うブツは古代技術の結晶、それも超巨大な塊。職人と研究者が生涯をかけても、解析しきれない存在だ。
しかし勝機はある。
まずピースフルハートそのものに、二度と飛行不能なほどの致命的な損傷はないこと。巨大衝角『アヴェンジャー』によって、大きな損傷こそ目立つものの、中枢たるエーテルリアクターの機関部に、艦を支える重要な構造部にも傷はなかった。
偶然ではなく、戦闘指揮をしたリリィが明らかに鹵獲からの運用を狙っての攻め方である。狙いは単純、だが実行することがどれほど困難か。そして現実にここまで綺麗に成し遂げた手腕には、敬服と同時に戦慄すら覚える。
お陰様で、再び飛ばすことそのものは、そこまで難しいものではない。
それに帝国工廠によって、最低限の修復作業は進んでいたことも大きい。帝国一の古代魔法技術者が手がけた修復は、流石の一言。全て無駄が無く丁寧な仕上がり。むしろこの水準で他の箇所の修復を行う自分達が大変なほど。だがこれと同じことが出来なければ、天空母艦という古代の超兵器に触れる権利も無いと心得て、まずは修復作業を進めた。
しかし最大の問題は、フィオナ自ら手がけた特別改修プラン。それはすなわち、当時の天空母艦そのままのスペックを取り戻すことではなく――――魔女たる自分が乗り込み、最大の力を発揮できるようにするための、大儀式魔法を搭載した専用兵器にすることである。
『獄炎装甲列車砲アルゴノート』と同じことを、天空母艦でも再現する。
それは自分達の故郷を取り戻して見せた伝説的な力であり、今回の大戦における決戦兵力として申し分ない性能と言えるが……
「よくやった……ああ、よくやったよ、俺達は……」
ここ数か月の間の記憶が飛び飛びになっているが、それでもここに完成した。
帝国軍の最大火力たる魔女を乗せるに相応しい、黒き天空母艦が。
「お嬢、後は任せたぜ――――」
「デインさん、早く乗ってください」
困難極まる大仕事をやり終え、真っ白に燃え尽きた顔で艦を見上げていたデインに、魔女の情け容赦のない言葉が突き刺さる。
「えっ」
「ルーンには、すでに艦隊が集結しています。すぐ行かないと間に合わなくなりますよ」
「いや、なんで俺が……」
「この艦を理解している技術士官は、貴方達を置いて他にはいませんから」
「俺達、士官じゃねぇんだが」
「そうでしたっけ? でも出来る人、皆さんしかいないので」
「聞いてねぇ……戦場にまで出るなんざ、聞いてねぇぞぉ……」
まさかのここからが本番宣言に、デインも頭が真っ白になる。
当然のように自分達もその士官に含まれているらしいことを察した周囲の職人達も、気難しい荒くれドワーフ職人とは思えぬ情けない表情で黄昏ていた。
「大丈夫ですよ、安心してください。今やこの天空母艦は空飛ぶ神殿……綺麗なお部屋は沢山ありますから」
「それ俺らが作ったやつー!!」
誰も住居の心配なんざいしてねぇよ、と言い返す間もなく、フィオナに従い、哀れ職人達を収容し、天空母艦は出撃の時を迎えるのであった。




