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公爵令嬢たちの、ちょっとしたお話  作者: 星見蒼


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2/2

番外編①・後編 公爵令嬢は安心する

「アリステア、貴方宛てに手紙が届いているわ」

「……手紙?」

「ええ……招待状かしら? シルバートン・サロン?」

「……」


 アリステアは母親から手紙を奪い取るようにして受け取った。

 真っ白な封書には月と薔薇を象った意匠が施されている。


「アリステア?」


 不思議そうにしている母親にアリステアは一言も返さず、ため息を吐きながら自室へと戻った。



 * * *



 アリステア・ペンフォード様


 三月二十七日 午後二時

 当サロンへお越し頂けますでしょうか?


 シルバートン・サロン



 白い封書の中には、一枚のカード。

 こちらの都合を確認する言葉も、返信を求める一文もない。

 これでは招待状ではなく、召喚状だ。

 さすがは筆頭公爵家の令嬢と言うべきか。


 アリステアは自室で再びため息を吐いた。



 * * *



 三月二十七日 午後二時


 指定されたその日、その時間を迎えた。

 高級サロン『シルバートン・サロン』の裏口でアリステアを待っていたのは、支配人。

 きっちりとした服に身を包み、無駄のない動き。

 対してアリステアは、いつも通りのもっさりとした前髪で、少し猫背。

 それでも支配人は、不快そうな表情を浮かべることもせず、こちらが提示したカードを淡々と確認した。


「アリステア・ペンフォード様ですね。ようこそお越しくださいました。支配人のレジナルド・マーロウと申します」


 丁寧な一礼を見せる。


(……さすがは公爵家ご用達、ということか)


 こんな怪しげな風貌のアリステアにも、態度を崩すことはない。


「どうぞこちらへ」


 言葉と共に支配人は、裏口のドアを開けた。




 * * *



「アリスさん!」


 内装は華美ではなく落ち着いた雰囲気で、ゆったりと過ごせそうな個室。

 小さな窓から中庭の様子も見える。

 だが、そのすべてがどうでもよくなる光景が、目の前にあった。


「お久しぶりですわ。急にお呼びして申し訳ございません。わたくし、アリスさんにどうしても確認したいことが」


 椅子から勢いよく立ち上がり、個室の入り口で立ち尽くしているアリステアの元に公爵令嬢がやって来る。そして喋っている。


「……髪」

「え?」


 公爵令嬢の美しいピンクブロンドの髪が。

 腰ぐらいまであった長い髪が。

 切られている。

 それも、肩のあたりまでバッサリと。

 彼女が話すたびに首元で揺れるそれに、アリステアは無意識に手が伸びていく。


「アリスさん?」

「んんっ!!」


 どこからか、いや壁際だ。

 壁際に控えていた侍女が咳ばらいをした。


 おかげでアリステアの手が止まった。

 彼女の短くなった髪に、触れずにすんだ。


(あ……危なかった)


 アリステアは侍女に、心の底からの感謝を込めて一礼した。

 侍女の方は一瞬驚いたように目を開き、それから小さく目礼を返してきた。


「あ、二人きりではダメということで、お母様の侍女のイーディスさんが控えていますの」

「……当然だ」

「別に気にされることもないと思うのですが」

「そこは気にしろ」


 現に、今まさに、かなり危なかったのだ。

 どうしてここまで無防備でいられるのか分からない。頭が痛い。


「アリスさんは礼儀正しいですわ」

「……そういう問題ではない」

「それより!!」


 とても重要な話をしているはずなのに、彼女はどうでもいいとばかりに話を切り。


「……どうです?」


 すっと一、二歩遠ざかったと思ったら、くるりと振り返り、訊いてきた。


「……随分と思い切ったな」

「え?」

「髪」


 そう返すと、なぜか不満そうな顔をされた。


「違います!! 見てほしいのは、髪じゃありません」


 彼女が動くたびに揺れるので、どうしても視線がそのあたりに固定されてしまう。

 白い首元が以前よりも露わでアリステアは密かに動揺していた。


「この服です!!」


 言われてようやく彼女の服を観察する。

 淡い青の細身のジャケットに、ハイネックの白いブラウス。それから足首までの長いスカート。

 学園の制服とはまるで違う。


「もしかして……」

「そうなんです! 家庭教師用の服です」


 公爵令嬢はふわりと回り、そして一礼する。


(……はぁ)


 アリステアは内心でため息を吐いた。

 上品で綺麗で、目を奪われる。

 だが、そんな感想を伝える気はない。


「どうです?」


 それなのに、向こうはアリステアから聞き出そうとしてくる。


「……いいんじゃないか?」


 かろうじてそう答えるも、それでは良くなかったのか、しゅんと項垂れ始める。


(……何故だ)


 アリステアは悩む。正直な感想は伝えたくない。絶対にだ。

 だが、そうすると彼女は……


(不安なのか?)


 項垂れている様子に、どこか自信なさげというか、彼女らしさが感じられない。

 そこでようやく、何故自分を呼び出したのか、という点に思い至る。

 確かに彼女は『わがまま』だ。だが、相手のことを全く考えないわけではない。


「……何かあったのか?」

「え?」

「わざわざ呼んだ理由だ」


 公爵令嬢の目が大きく見開かれた。

 そして、彼女の表情がやわらかくほどけた。


(あぁ……くそっ!! なんでそんなに綺麗なんだよ!!)


 以前よりも破壊力が上がっている気がする。


「あのですね、イヴリン先生に家庭教師のなんたるかを教わっているところなのですけれど」


 彼女はそう切り出し、ここ一週間の出来事をつらつらと話し始めた。



 * * *



 お嬢さまとアリステア・ペンフォード様は、立ったままお話になっている。

 どう考えてもおかしいので、イーディスは二度目の咳ばらいをした。


 お嬢さまは不思議そうにこちらを見、ペンフォード様はお気づきになり、お嬢さまに座るよう促した。


 そうして二人はテーブルを挟んで向かい合う。

 イーディスは紅茶の用意を始めた。

 その間も一方的に話をするお嬢さま、それをじっと聞いているペンフォード様。


 紅茶をお二人の元に運ぶと、ペンフォード様は丁寧な目礼を……目元は前髪で全く見えないけれど、おそらく目礼をして下さった。


「わたくし、落ち着いた雰囲気というものに自信がございませんの」


(……今まで、可愛い、可愛いとお育ちになり、公爵令嬢ということもあって華やかさを重視されましたものね)


 イーディスは心の中で「うん、うん」と同意していた。


「家庭教師らしい、服になってます? もっと色味を抑えた方が良いのではなくて?」


 ぎゅっと胸元で手を握りしめ、ローズピンクの瞳でペンフォード様を見つめている。


(わたくしがペンフォード様でしたら、そりゃもう可愛くてたまりませんわ)


 だが、ペンフォード様はとても落ち着いていらした。


「家庭教師らしい、というのは正直よく分からないが」

「……」


 個室に不思議なまでの沈黙がおりる。


「今の色でも特に問題は無いと思う」


(……)


 イーディスは納得がいかなかった。何故ならペンフォード様は、よく分からないと前置きをしたのだ。だが、お嬢さまは違った。


「本当です?」

「……ああ」

「良かったですわ~」


 何故、そこまで安心できるのか。

 そもそも、イヴリン先生も『大丈夫』と仰せでしたし、奥様も『素敵ね』と、誰一人問題視していなかった。それなのに、お嬢さまは納得されず不安になり、そして、目の前の青年の一言で、安堵される。


(……)


 イーディスはジッと二人を、主にペンフォード様を観察した。


(……まず、髪型は大きく減点。それから姿勢も減点……おかしいわね。ひとつひとつの所作は綺麗だわ……)


 よくよく見れば、とても上品だ。

 それに気遣いも出来る。お嬢さまが何か言うよりも早く、お嬢さまのためにお菓子を取り分けている。


(……お嬢さまは全然お気づきではないと思いますけれど)


 何かをしてもらうことが当たり前、それが筆頭公爵令嬢というもの。

 だからこそ奥様はとても不安に思われていたのだけれど。


(おやおや……これは??)


 なんだか随分と、しっくりくるふたりになっている。


(奥様は予想されていた、ということですのね……)


 昨夜、奥様からきちんと観察するように言われ、そこは監視ではないのかと返したのだが。


『アリステアさんに関しては、特に問題ないと思われます』


 影から私的な報告はないものの、危険があればそれは奥様の耳に入る。

 つまり危険視はされていない、ということだ。


 イーディスは、再び二人を観察する。


(……どうしましょう。とても楽しい時間だわ)


 そう思いつつ。


(会話などの私的なことの報告は厳禁。雰囲気だけを報告せよ……とのことですけど)


 イーディスは悩んだ。この雰囲気は何なのか、と。




 * * *




 アリステアは家に帰ると、自室のベッドに転がった。


(……疲れた)


 非常に神経を使うのだ。

 彼女の話を聞いているだけなら、別にいい。

 だが、目の前でいちいち可愛く動かれて、それに心がいちいち反応して、とにかく疲れる。


(なんなんだよ)


 甘いものが好きなんだろうな、というのはうっすら感じていた。

 学園での昼食には、サンドイッチの他に、食べやすいサイズに切られたデザートが添えられていた。それを美味しそうに頬張っていたのを知っている。

 用意された甘いお菓子を幸せそうに、目の前で食べているだけでも充分なのに、一方的に話している彼女に、アリステアがたまに相槌のようなものをするだけで、ローズピンクの瞳がきらりと輝く……気がするのだ。


(……あぁ、くそ)


 可愛くて堪らない。

 あんな個室で彼女とふたりきりなんて耐えられない。侍女がいて正解というか、当たり前だ。


 侍女からの視線をアリステアは終始感じていた。

 観察され続けていた。でも、非常に有難かった。

 いつもは人の視線など鬱陶しくて嫌でたまらないのに、このサロンでだけは別だ。

 必ず、毎回、絶対に、ついてきてもらわないと困る。


 アリステアは、いつものように大きくため息を吐いた。




 * * *




 クラリッサは自室の鏡の前で、くるりと回った。


 淡い青のスカートがふわりと広がる。


「他の服も見て頂きたかったわ」


 アリスさんに『問題ない』と言ってもらえて、クラリッサは上機嫌だ。


(後は、家庭教師としての中身ね!!)


 外見は整えた。気合が入ったクラリッサは、その服のまま机へと向かい、淑女シリーズの教本を開いた。




 * * *




「で、どうだったのかしら?」


 イーディスは、奥様の部屋に入るなり向かいのソファに座るよう命じられた。

 とてもキラキラとした瞳が、イーディスを見る。

 奥様は恋愛小説が好きなのだ。そんな奥様の可愛らしい内面を知る人は少ない。


「……仲の良い、お友達、でしょうか?」

「……そうなの」


 奥様はがっかりと肩を落とされるが、イーディスの最終判断はそれだった。

 なにせ、お嬢さまがペンフォード様を異性として意識しているように見受けられなかったのだ。

 それでも、確実に好意と信頼は見て取れる。


(……時間の問題のような気はしますが)


 さすがにそこまでは言い切れない。

 なので、イーディスは『お友達』以上の報告は差し控えたのだった。






 番外編① 公爵令嬢はサロンに呼び出す  【完】

『公爵令嬢たちの、ちょっとしたお話』は、こんな感じで番外編を投稿していきます。

どうでもいい話とか、入れたかったけど入れれなかった話とか、投稿できたらいいなと思ってます。

ちなみに、これは『洋服を見てもらいましょう~』って書いたんですけど、まさかの髪を切る話までに発展し、本編3話ぐらいまで下書きしてあったんですけど、慌てて髪を短くさせました。ビックリ~。

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