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メリーさんからの電話

 ある夏の日の午後。

 探偵事務所に依頼人がやってきた。

 制服を着た男子中学生だった。母親らしき女性と一緒に事務所を訪れた。

「あの……依頼しても良いですか?」

 男子中学生はそう言ってきた。

「はい。勿論です。どうぞ、ソファにお掛け下さい」

 僕は彼らをソファに通した。

「紅茶です。良かったらどうぞ」

 すぐにサユキが二人の前に紅茶を置いた。

「あ、ありがとうございます」

 男子中学生は何かに怯えているのか、か細い声でそう礼を告げた。

「すみません。ありがとうございます」

 母親は隣に座る男子中学生の肩をさすりながら申し訳なさそうに礼を告げてきた。

 サユキは僕の隣の席に腰掛ける。

「それで、ご用件は?」

 僕はそう尋ねた。

 男子中学生の代わりに母親が答えた。

「実は──」

 彼女は詳しく状況を説明してくれた。

 依頼人の男子中学生の名前は須藤匠。十五歳。マンションの一室で両親と共に暮らしており、剣道部に所属しているごく一般的な男子学生だ。彼の身に不可思議な現象が起き出したのは二種間前のことらしい。突然、「メリーさん」と名乗る人物から彼宛てに電話がかかってくるのだと言う。電話に出てみると「私、メリーさん。今、南川公園にいるの」と言われたらしい。それを機に何回も「メリーさん」から着信があり、電話に出る度に須藤さんの家に近づいてきているのだと言う。つい最近の電話では「私、メリーさん。今、貴方が住んでいるマンションの外にいるの」と言ってきた

らしい。怖くなった須藤さんは母に「メリーさん」と言う人物から着信が来ていることを相談し、怪奇事件を専門に取り扱っている僕の元に赴いて今に至るようだ。因みに、家を出た時には外に人影は見当たらなかったらしい。おそらくメリーさんの気まぐれだろう。

 僕はそこまで話を聞いて、口を開いた。

「分かりました……まず初めにこれだけは言わせて下さい。もう怯えなくて大丈夫です。メリーさんは僕達が確実に祓います。なので、もう心配しないで下さい。今までよく耐えましたね。凄いです」

 僕は笑ってそう言った。

 須藤さんは張り詰めていたものがフッと解けたのか、大粒の涙を流した。

 咄嗟にサユキが身を乗り出し、彼の涙を指で拭う。涙は小さな氷の塊となって、彼女の指に乗る。

「本当によく頑張りましたね。もう安心して下さい。私達が必ず守ります」

 サユキは優しく微笑んでそう言った。

 途端、彼は再び涙を流した。

「うぅ……ひっぐ……ありがとうございます」

 母親が須藤さんの頭を撫でる。

 彼は母親に頭を預けた。

 その次の刹那、電話が鳴った。

 聞き馴染みのない着信音だ。

「あ……また」

 須藤さんはそう言葉を溢した。

 どうやら須藤さんのスマートフォンの着信音だったようだ。

 彼はスマートフォンの画面を見て凍りついた。

 おそらくメリーさんからの着信なのだろう。

「須藤さん。スマートフォンを貸してもらっても良いですか?」

「え、は、はい……」

 僕は彼からスマートフォンを手渡してもらった。

 画面には「非通知」と文字が出ていた。

 僕は意を決して電話に出た。

「はい。もしもし」

 返ってきた声は無邪気な女の子のものだった。

「私、メリーさん。今、白神探偵事務所の前にいるの」

 なるほど。

 既に彼女は須藤さんを追いかけて探偵事務所までやって来ているということか。これでメリーさんを探す手間が省けた。

「分かりました。それじゃあ、そこにいて下さい」

「あれ? 良いの? ありがとう。待ってるね。一緒に遊ぼう」

 メリーさんの甲高い笑い声が聞こえてきた。

 僕は電話を切り、須藤さんにスマートフォンを返した。

「携帯、ありがとうございました」

「は、はい……あの──」

 彼は何か言いたげだった。

 ──あの、どうなりましたか?

 そう訊きたいのだろう。

「はい。メリーさんはこの探偵事務所の外にいるみたいです。おそらく須藤さんを追って来たんでしょう。ですが、安心して下さい。メリーさんは僕達が絶対に祓います。お二人は事務所の中にいて下さい。結界を張って、メリーさんが建物の中に入れないようにします」

「わ、分かりました」

 彼はそう返してくれた。

「よし、サユキ、行こう」

「はい」

 僕とサユキは立ち上がる。

 僕は霊刀を、サユキは『封魔刀』を持って事務所の外に出た。

「零明流霊術・閉栓結界」

 僕は外に出て、探偵事務所を覆う結界を張った。

 これでメリーさんは須藤さんに手を出せない。必然的に僕達と対峙することになる。

 僕達が探偵事務所の外に出ると、白いワンピース姿の少女が立っていた。しかし唇は無く、歯が剥き出しになっており、眼球が今にも飛び出しそうな程に露出している。なんて恐ろしい姿なのだろう。須藤さんがメリーさんに遭遇しなかったのが奇跡だ。

「あれ? あの男の子じゃない……まあでも良いや。一緒に遊ぼう?」

 彼女はケラケラと笑ってそう言った。

「ええ、たっぷり遊びましょうか」

 僕は霊刀を抜刀して構えた。

「創成・氷刀」

 サユキも氷の刀を二本生み出して構える。

「鬼さんこちら〜、手の鳴る方へ〜」

 彼女は歌い出した。 

 そして次の刹那、長い黒髪を伸ばしてきた。

 髪は僕達を捕らえようと動く。

 僕とサユキは刃を振るって、黒髪を斬った。

「痛〜い。いーけないんだ、いけないんだ。せーんせいに言ってやろ〜」

 途端、彼女は黒髪を地面に突き刺して自身の体躯を浮かせた。

「さあ、もっと遊ぼう?」

 そして間合いを詰め、僕の腕を食いちぎろうとしてきた。

 僕は咄嗟に霊力で自身の腕を強化する。青い無数の線が腕に走り、僕の腕に噛みついたメリーさんの歯はボロボロになった。

「いひゃーいっ」

 彼女はケラケラと笑う。

 まるで戦いを楽しんでいるようだ。

 彼女にとっては“これ”が遊びなのだろう。

 僕は咄嗟に彼女の腹を斬り裂いた。

「ギャッ」

 彼女は悲鳴を上げる。

 腹の切り傷から腸がまろび出る。

「あーあ、お腹から腸が出ちゃった……」

 メリーさんは自身の腸をツンツンと突いてそう呟いた。

 攻撃が効いていないのか?

 どんな霊や怪異であっても、霊刀で斬れば多少なりともダメージが入るはずだ。

 そのはずなのに、彼女には霊刀が効いていない……?

 そんなことがあるわけ……いや、待てよ?

 もし、メリーさんの生前が霊能者であった場合、話は変わってくる。一般人であっても皆等しく平等に霊力というものは備わっている。しかし霊能者は一定以上の霊力を帯びた人物を指す。僕のように交通事故が引き金となって霊能者となるケースや、ある日突然何の前触れもなく霊能者になるケースなど、その過程は様々だ。しかし、もし彼女が後者の霊能者であった場合、髪が黒いままなのも、瞳が青く無いのも頷ける。そして何より、僕の霊刀による斬撃が効いていないのが一番の証拠だ。唐突に霊能者となった者は強力な力を得ることが多い、それは死してなお継続される。つまり、霊能者のレベルで言えば、僕よりも彼女の方が上だということだ。

 どうする?

 どうすれば彼女を祓える?

 師匠ならどう動く?

 ふと、その時、僕の脳内に師匠の言葉が流れてきた。

 ──良いか。悠斗。霊力は魂からの供給エネルギーだ。つまり、「誰かを守りたい」だとか「誰かを助けたい」だとか、そういう“思い”に霊力は反応してより強力になる。大切なのは、自分の“思い”を感じ取って、自分の力を信じてみることだ。そうすれば、どんな強敵であっても負けることはない。これは絶対だ。

 そうだ。霊力は魂からの供給エネルギー。それを扱う者の“思い”に呼応する。僕が初めてサユキに教えたことじゃないか。自分が忘れていては世話がない。

 もう一度思い出せ。

 僕はどうしたい?

 依頼人を守りたい。

 そして邪悪な霊や怪異を祓いたい。

 そうだ。それが僕の“思い”だ。

 途端、霊刀の青い刀身が光り輝いた。

「ッ!」

 僕の“思い”を感じ取ったのか。

 ならば、やることは一つ。

 僕は再び、メリーさんと対峙した。

「サユキ、行くよ」

「はい」

 僕達は同時に駆け出した。

「ふふ、良いね。もっと遊ぼう!」

 メリーさんは再び髪を伸ばして僕達を刺し殺そうとしてくる。

 僕とサユキはその髪を先程よりも強い力で斬り裂いた。

「ッ⁉︎」

 メリーさんも僕達の動きが変わったことに気づいたようだ。

 だが、もう遅い。

 僕達は既に彼女を祓う術を見つけている。

 僕とサユキは瞬時に間合いを詰めた。

 サユキが氷の太刀を振るい、彼女の体躯を斬り刻んだ。

「ギャッ」

 メリーさんは短く悲鳴を上げる。

「零明流剣術・八岐頭やまたのかしら

 僕は霊刀を振るった。

 刀身から八つの龍の頭が具現化し、彼女の体躯を噛み砕く。

「ギャァァァァァ」

 彼女は断末魔を響かせながら、黒い塵となって消滅した。

 僕は霊刀を納刀し、「ふぅ」と息を吐くのだった。

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