ファイル11 紅葉デート
遊園地デートの夜以降、サユキから夜の行為を求めてくることが多くなった。何がそこまで彼女の気持ちを昂らせたのかは分からないが、正直に言って、とても嬉しい。遊園地デートの後、サユキから襲われた時は避妊をせずに行為を終えてしまった。しかし、人間と怪異の間に子供はできない。厳密に言えば僕は霊能者であるため、どうなるかは分からないが、今の所、彼女から妊娠したという報告はない。今はそれだけが唯一の救いだ。無論、子供が欲しくないというわけではない。どちらかと言えば欲しいが、探偵業と子育てを両立できるかと言われれば、「厳しい」と回答するのが現実的だ。
僕はボーッと探偵事務所の窓の外を眺めていた。すっかり外は紅葉が映えている。秋もいよいよ本格的に顔を出してきたというわけか。
ふと気がつくと、僕はサユキに襲われた時のことを思い出してしまう。行為自体、とても気持ちのいいものだった。
「気持ちよかったなぁ……」
「何が気持ちよかったんですか?」
突然、彼女の声が聞こえてきた。
「うわあっ!」
僕は驚いて声を上げてしまった。
「サ、サユキ……」
彼女は首を傾げて純粋な瞳でこちらを見てくる。
「い、いやぁ、ほら、この間の遊園地デートの後、夜にサユキからしてくれたじゃん? あれが『気持ちよかったなぁ』って思いまして……」
僕は人差し指同士をツンツンとくっ付けながらそう言った。
「あ……」
彼女は顔をゆでだこのように真っ赤に染め上げる。
「あの夜は……すみません。調子に乗りました……でも、気持ちよかったのならした甲斐がありました。私も気持ちよかったです」
「そ、そっか……」
しばらくの間、静寂が場を支配する。
口を開いたのはサユキだった。
「でも、私達、避妊しませんでしたよね? もしかして赤ちゃんできちゃうかんじですか?」
彼女は自身の腹をさすってそう訊いてきた。
やはりその疑問に行き着くか。
「いや、人と怪異の間には子供はできないよ。互いに体内に霊力と妖力っていう異なる性質の力が流れているから、子供が出来づらいんだ」
「そうなんですか……ちょっと寂しいような……嬉しいような……」
「嬉しい……の? 寂しいのは分かるけど……」
「だって、まだまだ悠斗さんと二人でいられるってことじゃないですか。それはシンプルに嬉しいです!」
「確かに……それは考えなかったな……僕もこれからもサユキと二人でいられるのは嬉しいよ」
「ふふ、やった!」
サユキは嬉しそうに笑った。
その笑顔が愛しくて、思わず僕も口角を綻ばせる。
「そうだ。せっかく外は紅葉してるし、今日は紅葉デートするのはどう?」
僕はそう提案した。
今日は依頼人も来ていないし、いっそのこと休業日にしてしまって、二人でデートに出掛けるのもありかもしれない。それに、彼女の嬉しそうな表情を見ていると、その表情をもっと見たいと思ってしまう。事務所で二人で過ごして、彼女のことを独り占めするのも良いが、外出して紅葉の中で彼女の笑顔を見るのもまた楽しみというものだ。
僕の提案に彼女は「良いですね! 紅葉デート! したいです!」と二つ返事で答えてくれた。
「よし、それじゃあ行っちゃおうか」
「はい!」
僕達は手を繋いで事務所を出た。
外には赤色と黄色に染まった木々が立ち並んでいた。
紅葉が作るトンネルの中を、僕達は歩く。
「紅葉、綺麗ですね」
彼女は笑ってそう言った。
「私、ずっと雪山に住んでたので、こっちに来てから色々な景色を見れて楽しいです」
「そうだね──これからサユキが行きたくなったところがあったら、どこへでも連れていくよ。恋人なんだから、気遣いはなしね?」
僕は隣を歩く彼女にそう言った。
「はい! ありがとうございます!」
彼女は満面の笑みでそう答えた。
「うん」
僕は彼女の笑顔に釣られて口元を綻ばせる。
サユキが笑うと、気がつくと僕も笑っている。
彼女が笑ってくれるのが、心の底から嬉しいのだ。
ふと、紅葉の中を歩いているとカフェが目に飛び込んできた。
「カフェ……か。昼食はカフェで……ってのはどうですか? サユキお嬢様」
「ふふ。良いですね。カフェ! 私、ココアが良いです! それか、えーっと……なんとかフラペチーノ!」
「ダークモカチップフラペチーノね。確かにそれも良いね。他のフラペチーノもあると思うけどね。それじゃあ、カフェに入ろうか。せっかく紅葉してるし、テラス席にしよう」
「良いですね!」
こうして僕達はカフェに入店するのだった。
「ダークモカチップフラペチーノを一つと、ホットコーヒーを一つ下さい。あとは……ホットドッグを二つお願いします」
店内のレジカウンターで悠斗さんが店員さんにそう注文した。
「ありがとうございます。お食事は店内で召し上がりますか?」
女性の店員さんはそう尋ねてきた。
「はい。テラス席で食べます」
「分かりました。ありがとうございます。番号札をお渡ししますので、お食事ができ次第お呼びします。お会計は全部で千八十円です」
「サユキ、割り勘でも良い?」
悠斗さんはお財布を取り出しながらそう言ってきた。
「はい。大丈夫ですよ」
私も着物の懐からお財布を出し、会計を済ませた。
数分後、店員さんから私達の番号が呼ばれた。
私達はすぐにレジカウンターに向かい、飲み物と食事を受け取った。
そして一度店内を出て、テラス席に座った。
私はストローでダークモカチップフラペチーノを飲んだ。
「んーっ、しゃりしゃりしてて美味しいです!」
私は思わず舌鼓を打った。
「それは良かったよ」
彼はホットコーヒーを飲みながら笑ってみせた。
「──悠斗さんも一口いりますか?」
「え、良いの?」
「はい」
「それじゃあ、一口貰おうかな」
私はダークモカチップフラペチーノが入ったプラスチックの容器を傾け、彼の口にストローを突き出した。
悠斗さんはストローからダークモカチップフラペチーノを飲む。
「美味っ!」
彼の青い瞳がキラキラとサファイアのように輝いた。
「ですよね! ですよね!」
「うん。へー、フラペチーノも美味いものだな……今度来た時は僕も頼もう」
「ふふ、それじゃあまた来ないとですね」
「今度は冬にでも来ようか」
悠斗さんは頬杖をつきながらそう言った。
「確かに冬に来れば、温かい飲み物も飲めますしね」
「ま、フラペチーノは冷たいけどね」
「確かに……でもでも、冬にも来たいですよ! 私は!」
「別に行かないとは言ってないよ。サユキが行きたいなら僕はどこへでも着いていくよ」
「も、もう……調子いいこと言って……」
私は上目遣いで彼を見ながら、ストローでダークモカチップフラペチーノを飲んだ。
「サユキ、その表情反則、可愛すぎる」
悠斗さんは口を手で塞ぎ、頬を赤らめてそう言ってきた。
「この顔ですか?」
私はもう一度上目遣いで彼を見た。
「も、もう……」
ふと、彼から突然キスをしてきた。
「……」
あまりに急な出来事に、私は固まってしまう。
「次その顔したら、口の中に舌入れるからね……」
「──じ、じゃあ、もう一回しようかなぁ」
私は彼を揶揄うつもりで、そう言ってみた。
「はい。キレた」
彼は真顔で私の両頬を掴み、逃げられないようにした上で私の口の中に舌を入れてきた。
「ん⁉︎ んーっ! んーっ!」
ぬるりと柔らかい彼の舌が私の舌に絡まる。
とても気持ちいい。
長い長いキスをした後、私達は唇を離した。
「──まだ上目遣いしてなかったのに……」
私は手で唇に触れてそう言った。
「でも、上目遣いしようとしてきたでしょ?」
「う、そ、それは、まぁ……」
「なので、やられる前にやろうかと」
「も、もう! 今夜! 覚悟しておいて下さいね! また襲いますから!」
「え、ちょっ──それは卑怯だよ?」
「卑怯とかありませーん。悠斗さんからしてきたことでーす」
「ご、ごめんって……ほら、僕のホットコーヒーあげるから。飲みかけだけど……」
「いりませーん!」
私は頬を膨らませてそっぽを向いた。
「──あ、そういえば間接キスしてましたね。今更ですけど」
ふと、我に返る。
「え、う、うん。確かにそうだね……」
「なんだか、恥ずかしいです」
私はかあっと頬を赤く紅潮させる。
「ディープキスまでしておいてよく言えたね」
「ディ……そういうキスしてきたのは悠斗さんからじゃないですか!」
「まあ、そうだけど……」
「恥ずかしい……もう、今日の悠斗さん、ちょっと意地悪ですよ!」
「そうかなぁ」
あくまでしらばっくれる気か……。
「──今夜、本当に覚悟しておいて下さい。『やめて』って言われてもやめませんから」
私はジトーっと彼を睨みつけてそう言った。
「う、ど……どんとこい……です」
「──言いましたからね? 絶対ですよ?」
「はい……」
どうやら、彼も観念したようだ。
私は優越感に浸り、ホットドッグを口いっぱいに頬張るのだった。




