第8話 高鳴る胸の鼓動
お互いに良い記憶のないあの道を迂回して歩き、目的地である俺の自宅に到着した。カーポートには車が一台停まっていたため、恐らく母さんは家の中にいるはずだ。
天音のことをどう説明しようかなどと考えつつ、俺はポケットから鍵を取り出して玄関の扉を開ける。出来れば母さんとはエンカウントしたくなかったのだが、当然それは無理な話であり、扉の開く音を聞きつけてきた母さんが玄関にやってきてしまった。
「瑛人、おかえり……って、隣にいるそのモデルさんみたいな美人は誰!?」
「え、えっと……」
当然母さんが天音を見逃してくれるはずもなくそんなことを言い始め、俺も母さんがいきなり玄関にやってくるとは思っておらず説明の言葉もまとまり切っていなかったためしどろもどろな状態だ。俺も母さんもかなり取り乱していたが、天音だけは普通に落ち着いた様子であり、冷静に自己紹介をし始める。
「突然お邪魔してしまってすみません。私は一色天音で、瑛人君のクラスメイトです」
「そ、そうなんだよ。昼食は大丈夫ってメッセージを送っていたのも、実はこの子と一緒に食べてたからなんだ」
天音が自己紹介をしてくれたため俺もその流れの勢いで説明をした。そんな俺達の様子を見て母さんも落ち着きを取り戻したらしい。
「私の方こそごめんなさい、驚いたとはいえ急に大きな声を出しちゃって」
「いえいえ、私も事前に瑛人君にお願いしておかあさまに伝えて貰うようにしておけば良かったですね」
そんなふうに母さんと話す天音はめちゃくちゃ大人びていて自分よりも歳上に見えた。天音は同い年の同級生のはずだし、前世の分まで含めるとむしろ俺の方が歳上と言える。それにも関わらず天音の方が大人びて見えるから不思議だ。
「それにしても瑛人が陽葵ちゃん以外の女の子を連れてくるとは思ってなかったからお母さんびっくりしたわ」
陽葵という名前を聞いた瞬間、俺のテンションは一気に下がる。幼馴染の名前を聞いただけで気分が落ち込むのはどうかとは思うが、どうしても前世の辛い記憶を思い出してしまう。だから、この世界の陽葵は何も関係がないはずなのに俺は徹底的に避けてしまっていた。
もっとも、元々昨日までは春休みでありそもそも陽葵に会う機会自体が少なかったため、本人は気付いていないかもしれないが。そんなことを考えていると隣から氷のように冷たい視線を向けられていることに気付く。
「……ねえ、瑛人。陽葵ちゃんってどこの誰?」
絶対零度の視線を向けられながらそんなふうに聞かれたが、恐らく俺の心はそれをはるかに上回るほど冷え切っていたのだと思う。
「ただの幼馴染だよ、それ以上でもそれ以下でもないから」
俺の返答を聞いた母さんは明らかに驚いたような表情を浮かべていた。まあ、母さんは前世のことを知らないため俺が突然そんな態度になったように見えているだろうし、そうなってしまうのも当然か。自分の器の小ささに一人で自己嫌悪に陥っていると突然頭を撫でられる。
「何があったのかは知らないけど元気を出しなさいよね、瑛人がそんな顔をしてると私まで悲しくなっちゃうわ」
そう口にした天音の顔からは先程までの冷たさは完全に消え去っており、逆に慈愛に満ちた温かい表情を浮かべていた。そんな天音の表情を見た瞬間、俺の心臓は大きく跳ねる。
どうしようもないくらい胸がドキドキさせられた。美人な同級生から優しくされただけで先程までの陰鬱な気持ちが吹き飛んだため、俺は自分で思っている以上に単純な人間なのかもしれない。
それからダイニングに移動した俺達は三人で話し始める。先程は陽葵の名前が出たことで一瞬微妙な空気になったが、その後は特にそんなこともなく普通に盛り上がっていた。特に天音と母さんはさっきからずっと楽しそうに話している。
「へー、天音ちゃんって身長が百七十二センチもあるんだ。スタイルがめちゃくちゃ良いからちょっと羨ましいわ」
「昔から身長が高かったせいでバレー部とかバスケ部からめちゃくちゃ勧誘されてたので、別に良いことばかりではないですよ」
「そんなの些細なことじゃない、いらないなら私に十センチくらい分けなさいよ」
天音は今日会ったばかりだというのに母さんからえらく気に入られていた。逆に天音も母さんにはめちゃくちゃ懐いている様子であり、何も知らない人が見たら今日が初対面とは絶対に思わないはずだ。
母さんだけでなく俺に対しても明らかに距離感がバグっていたことを考えると、天音はそういうタイプの人間なのかもしれない。
しかし、そういうタイプの同級生がいたら絶対噂になっていたはずなので、前回の記憶を思い返しても天音の存在が全く思い浮かんでこないのはやはり不自然な気がする。もしかすると、これもバタフライエフェクトの影響なのだろうか。




