5.「新種の深海魚〝ネモ・デメニギス〟」
感染拡大は、いったい如何にして起きたのか――!?
ニュージーランド南島の東方1000kmに位置する諸島――チャタム諸島。
そこで、ある青年が砂浜に立ち、世界に向けてSNSでライブ配信を始めている。
その青年の名はバーズ・リータイ。23歳、独身。最終学歴はケンブリッジ大学中退。
彼はこれから、とある魚を食べるということで注目を集めている。
現在の同時視聴者数は脅威の800万人以上だ。
島の土壌は火山の影響を受け、砂鉄を多く含んでいるため、砂浜の色はどこか黒かった。
「ハイハ~イ! これから、このミスター・バーズが、あの魚を食べたいと思います~~」
「みなさん、『あの魚』って何だと思いますか? 答えは……新種の深海魚〝ネモ・デメニギス〟だよ~~」
バーズは自分のスマホに向かい、いや、視聴している世界中の人々にそう宣言した。
バーズが食べようとしているのは新種の深海魚で、仮名をネモ・デメニギスと呼ばれている。
これは最近発見された生物で、その発見場所は――到達不能極〝ポイント・ネモ〟。
別名、〝海の無人地帯〟と呼ばれている場所だ。また、大気圏で燃え尽きなかった人工衛星が落下する場所に選ばれていることからも、〝人工衛星の墓場〟とも呼ばれている。
深海への調査技術が発達したこのご時世。
ウッズホール海洋研究所(略称: WHOI)、アメリカ海洋大気庁(略称: NOAA)、中国科学院深海科学研究所など、名だたる国際的深海調査機関がポイント・ネモの調査を続けている。
バーズがどのルートで入手したのかは不明だが、そこで発見された新種の深海魚を確かに手にしているのだ。
ネモ・デメニギスは、深海魚デメニギスに似ており、その名は発見場所のポイント・ネモに由来する。
デメニギスは体長約15cmの小型の魚で、最大の特徴は頭部と眼球だ。
頭部は丸いドーム型で、まるでガラスでできた透明な風船のように見える。
眼球は大きな緑色の半球状のもので、ふたつ並び上を向いてじっと浮かんでいる。
その姿は、人によっては、地球の生物というより宇宙の生物に見えるかもしれない。
一方、ポイント・ネモで発見されたネモ・デメニギスは、一般のデメニギスとほぼ同じ姿だが、一つだけ異なる特徴がある。
それは眼球の色。
ネモ・デメニギスの両目の眼球は、深海のような真夜中の闇を思わせる暗い青色、ミッドナイトブルーに染まっていたのだ。
「おお! 活きがいい魚だね~~三匹もいるから、それぞれ色んな調理法で食べるよぉ~~」
「焼くのも煮るのもいいけど……日本人みたいに寿司にして、ライスと一緒に生で食べるのもいいかもねぇ~~」
バーズは水槽に入れたネモ・デメニギスを映しながらそう語った。
本来は、深海から地上に持っていくと、水圧からの解放の影響で、ネモ・デメニギスへの身体が、空気を入れ過ぎて割れる風船のようにパアアンと破裂してしまう。
しかし、バーズは専用の水槽を使うことでその問題をクリアしている。
つまり、バーズはこのまま生きて泳ぐネモ・デメニギスの姿をライブ配信で勝手に公開しているのだ。
「よし! まずは焼いて食べよう!!」
バーズがそう言うと、彼と取り巻き連中は一匹のネモ・デメニギスを取り出し、焼き始めた。
ネモ・デメニギスは発見されたばかりで、まだまだ調査中の段階である。
つまり、それを食べた場合、人体にどんな影響があるのかは分かっていない。最悪の場合、命を落とす可能性さえあるのだ。
それにも関わらず、バーズは食べることを強行しようとしている。その目的は、自分に注目してほしいというただ一つの理由以外にない。
そして800万人以上の視聴者は、どんな思いがあるにせよ、ネモ・デメニギスを食べた結果がどうなるのかを見たくて視聴しているのだ。つまり、彼の思惑通りに運んでいるのだ。
「できた! いや~こんがり焼いていますね!! この不気味な目も、こう見ると意外と可愛いですねぇ♡」
バーズは焼き魚と化したネモ・デメニギスを視聴者に見せびらかす。
「では、さっそくいただきます! 果たしてお味のほどは……」
バーズはついにネモ・デメニギスに噛り付いた!! そして、モグモグと食べ始めた。
しばらくすると――
「うっ!?」
バーズが声を漏らすと、全身が硬直したかのように固まった。
「バーズ!? どうした?」
取り巻き連中の一人が心配そうに声をかける。
すると――
「……う~ん。テイスティー♡」
バーズはニマァ~~と気味が悪く見えるようなにやけ面でそう答えた。
そして、そのまま食レポをする。
「この焼き魚の味は……近いものでいうと……日本で食べた鰻の味に近いよ! う~ん、日本人ならライスと一緒に食べたくなるような旨さだねぇ~~」
食レポを終えると、バーズはそのまま魚をパクパクと食べ続けた。
「なんだよ脅かしやがって! テメェのこと心配しちまったじゃあねえか!!」
取り巻き連中は悪態をつきながらも、どこかホッとした声だった。
しかし――
「うっ!?」
バーズがまた声を漏らし、再び全身が硬直するかのように固まる。
「おいおい。もうその手には乗らんぞ。くだらない芝居はそこまでにして――」
取り巻き連中はバーズの様子をふざけていると思い、本気にはしていなかった。
だが、次のバーズの行動で、その考えが間違いだったと悟る。
「うぇええ!」
ビチャビチャッ――
バーズは突然嘔吐したかと思うと、直後に全身が痙攣するかのようにピクピクと震え、倒れ込んだ。さらに、白目をむき、口から泡まで吹いている状態だ。
ここまで一連のバーズの行動を見て、取り巻き連中は流石にただならぬ事態だと察する。
「おい! バーズ……バーズ!! 大丈夫か!? 返事しろ!!」
「ヤバくねぇか! どうする!? ライブ配信を止めて病院に連れて行くか!?」
「いや、病院に行かせるまでライブ配信し続けろ! 大変な事態が起きたぞぉおおお」
取り巻き連中の焦った声が飛び交う。
そして、今もライブ配信しているためか、視聴者数とライブ配信のコメント数がドンドンと鰻登りしていく。
しかしスマホは取り巻き連中を目の前に映したまま数分が過ぎ――
後方にいたバーズが突然立ち上がった。
取り巻き連中は最初、バーズが立ち上がったことに気づかなかった。
だが、視聴者から「後ろ! 後ろ!」「バーズが立った」「バーズの様子おかしくね?」といったコメントが次々と届き、取り巻き連中はようやくバーズの方へと振り返った。
「よ、良かった! バーズ、大丈――」
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛」
ネモ・デメニギスと同じく、両目がミッドナイトブルーに染まったバーズが、取り巻き連中に突如襲いかかった!
スマホは取り巻き連中が襲われた拍子に落とされ、画面は空を向いている。
それでも、取り巻き連中の耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響き、視聴者には状況が伝わっていた。
そして、誰かの足がスマホの画面を踏みつけ、ライブ配信はそこで中断された。
後日、世界中に二つのニュースが広まる。
一つは、ニュージーランド政府からの発表。
人々が暴動を起こし、毎日のように殺人事件が発生しているという。
さらに奇妙なことに、襲われた一部の人間が、今度は別の人を襲う事例まで確認されている。
そして、襲う人間の特徴は皆、ミッドナイトブルーのような目を持ち、理性を失ったかのように破壊行為を繰り返しているらしい。
もう一つは深海調査機関からの発表だ。
ネモ・デメニギス、ネモ・ダイオウイカ、ネモ・ダンボオクトパス――。
ポイント・ネモの深海で発見されたこれらの生物はいずれも、ミッドナイトブルーのような目の色をしていた。
その異様な特徴は、未知のウイルスに感染した影響であることが判明した。
このウィルスは後に〝ポイントネモウィルス(略称: PNウィルス)〟と命名され、人体への影響についても現在調査が進められている。
しかし、バーズのライブ配信を見ていた視聴者たち、ニュース、切り抜き動画を通じて知った人々、さらには噂を耳にした者たちは、すでに気づいていた。
そのポイントネモウィルスが、バーズからニュージーランド、そして世界中へと広がりつつあるということを……
影響力あり過ぎる男の行動が、最悪の事態へと発展した――。
次回、愛華視点へと戻ります
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