4.「感染者(ゾンビ)に嚙まれないように操ってもらえば、安心だよね! 私たち」
感染者を操れるだと!?
「感染者を操れる!?」
「そ、そんなことが……?」
あまりにも突飛な話に、私と順は思わず声を上げた。
今までの深水さんの話の中で、一番驚いた。
「本当よ。そしてそれが、夫があなたたちを襲わない理由よ」
「襲わせないように私が命じた……だから、夫はあなたたちの前でも大人しいのよ」
深水さんはついでと言わんばかりに、もう一つ私たちが気になっていた疑問にも答えてくれた。
順は何やら顎に手を当てて考え込んでいるようだった。
「……ハッ! そうか! 三人の感染者が家から離れたのは――あなたの能力だったんですね!!」
順が深水さんにそう問いかける。
「フフ……その通り」
あっ、そうか! さっきの感染者の件、順が今言うまで、すっかり忘れていた。
四体のうち、一体は順が倒したが、残りのゴリマッチョ感染者二体と一番強そうなお相撲さん感染者がこの家に迫ってきたとき、どうすればいいか悩んでいた――そんな時、なぜか感染者の方から急に家から離れたのだった。
あれは何だったんだろう……と思っていたが、まさかそれも深水さんに助けられていたとは。
「本当に……本当に何から何まで助けてもらい、ありがとうございます!! 今、私と順の命があるのも……深水さんのおかげです!」
私はあらためて深水さんにお礼を述べる。
「よ、よしてよ/// そんな大げさにしなくても、当然のことをしたまでよ」
深水さんは照れ笑いしながら手を振った。
「助けていただいたところ悪いのですが……僕らがいつまでもここにいるわけにはいきません……僕と愛華はもうすぐ家から出ましょう」
「順……!?」
順は、何を言い出すのかと思いきや、いきなりこの家から出ると言うのだ。当然、そんな話は私は聞いていない。
「……どういうことかしら?」
深水さんは順の目をまっすぐ見て、その真意を測ろうとする。
「それはそうでしょう……僕らがいつまでもここにいたら、夫婦生活の邪魔になるだけではなく、貴重な食料や水まで頂くことになるかもしれない……恩がある深水さんの迷惑をおかけしたくありません。生き残るつもりなら……やはり自分たちの力で生き残るべきでしょう……」
「順……」
真面目な順らしい回答だった。
確かに、私たちがこのまま深水さんのお世話になりっぱなしなのは良くないと思う。
生き残るつもりなら、自分の力で生き残る……それも正論だと思う。
だけど、せっかく、深水さんと仲良くなったところ(少なくとも私はそう思っている)なのに、もうサヨナラというのは……。それに、感染者を操れるという深水さんと離れるのは、もったいない気がする。
深水さんの特殊能力さえあれば、私たちは命の心配なく暮らせると思うのに……。
ふと順から深水さんに視線を向けると、深水さんの目と合った。
いつの間にか、深水さんは私のことを見ていたのだ。
そして、私の思惑を見透かしたかのように、フッと軽く笑う。
再び順の方へ顔を向けて言った。
「残念ね……」
「え?」
順は深水さんの意外な答えに驚いた。
「夫と二人だけの生活も悪くはないけど……やはり、人間として話し相手がいることは嬉しいことだわ」
「むしろ、私からお願いするわ……あなたたちさえ良ければ、一緒に暮らさない?」
まさかの深水さんからの提案に、私と順はお互いの顔を見合わせた。
「食料とかの心配なら無用よ。蓄えはそれなりにあるし、長期的に考えて、野菜も育てている」
「それに、足りなくなって食料探しに行くとしても、奴らに襲われない私なら何の不安もないでしょ?」
淡々と深水さんはそう答えた。
「それはそうですが……」
「そもそも」
深水さんは突如、声を張り上げる。そしてコップを皿にカチャリと置いた後、話を続けた。
「見たところ……あなたたちは高校生くらいの未成年でしょ? 私は大人……なら、私には大人としてあなたたちを守る責任がある! むしろ、あなたたちは子供の特権として、大人の私に迷惑をかけるくらいしてもいいのよ」
深水さんは目をまっすぐにし、そう宣言した。
「!!?」
「!! 深水さん……」
私は深水さんの言葉に感動しそうになった。順はどうだろう?
「もちろん、最終的には天川くんと文月さんの判断に任せるわ。私が信用できないというなら、二人で生きる道を選ぶのも立派な選択でしょう……どうする?」
深水さんは自分の意見を言い終えると、最終決定は私たちに委ねた。
「……深水さん。すみません。ちょっと、順と二人きりで話してもいいですか?」
「ええ。構わないわ」
深水さんの許可を得て、一旦、私と順はこの部屋から出て、玄関の近くで小声で話し合った。
「順は……何を迷っているの? 深水さんが信用できないの?」
「いや……そういうわけじゃないけど」
「深水さんの能力があれば、私たちは感染者への恐怖もほぼなくなると言っていい! 安全を考えるなら、一緒にいるべきよ!!」
「……」
順は思うところがあるのか、黙ったままだった。
順の悪いところだ。言いたいことがあるなら素直に言えばいいのに……
「深水さんがもし、悪い人なら、私たちを助けたりしないわ! それに仮によ? 仮に、深水さんが私たちを夫に喰わせるための食料にしようとしているなら……あの紅茶に睡眠薬とか入れたりしているはずよ! そして今頃、地下室とかで絶対に監禁しているはずよ!!」
「現に私たちが元気なことこそが……深水さんが危害を加える気がない証拠よ!!」
「……わかったよ。愛華がそこまで言うなら……深水さんの親切に甘えよう」
順は渋々ながらも了承した。
「ありがとう順! さっそく二人で深水さんにお願いしよう!!」
ガチャ!
私たちはすぐに、深水さんがいる部屋へと向かった。
「「深水さん、よろしくお願いいたします!!」」
私たちは同時に頭を下げ、一緒に暮らすことをお願いした。
「よ、よしてよ/// お願いしたのは、こちらだし……むしろ、私こそ頭を下げるべきだわ」
深水さんは慌てて頭を下げた。
本当は、私から深水さん夫妻と一緒に暮らすことをお願いしたかったので、深水さんに頭を下げさせてしまい、申し訳なく思った。
「そ、それと……あらかじめ言っておくけど、あなたたちを夫に喰わせる気なんて微塵もないわ。夫の食料は別に用意しているから」
「「あっ」」
「あれだけ大声で怒鳴られたら……聞こえるわよ……」
深水さんは申し訳なさそうにボソッと言ったが、私たちの方こそ申し訳なく思った。
「さて、一緒に住むなら、あらためてよろしくね! 文月さん!! 天川くん!!」
「時間帯的にも、そろそろ夕飯を用意しなくちゃね! 四人分の!!」
「あっ、深水さん! 料理作るなら手伝いましょうか? これからお世話になることですし」
「ありがとう! でも、大丈夫よ! 今日だけはお客さんとして歓迎したいから」
「明日からは、お手伝いをお願いしようかしら?」
深水さんはそう言って、また台所へと向かった。
(……PNウィルスさえなければ……感染拡大が起きてから、何度こう思っただろう)
私は、ダイニングテーブルで順と紘人さんと夕飯を待ちながら、一人思い耽った。
日本でも感染拡大が起こって以来、政府は機能せず、自衛隊の救助もまったく来る気配がない。
私も順も、崩壊した世界の中でいつまで生き残れるかわからなかった。
感染者に殺されるか、仲間入りするか、食料が尽きて餓死するか、あるいは生き残った人間に物資を奪われて殺されるか、あるいは私も順も一緒に自ら死ぬことを選ぶのか……
そんなバットエンドな未来しか残っていないと思っていた。
だけど――
だけど、こんな世界でも、希望はある。
希望は、深水夫妻に出会えたこと。
もちろん、これで未来永劫安全というわけではないが、明日も問題なく生き残る自信ができた。
(感染者に嚙まれないように操ってもらえば、安心だよね! 私たち)
少なくとも当面は、感染者や感染の恐怖はなくなりそうだ。
今から約三ヶ月前、PNウィルスの発見と世界中での感染拡大の発生。
この時の私は、こんな世界になったキッカケを振り返っていた。
次回、過去編突入です
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