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1.「すみません! 誰かいませんか!!」

 感染者に追いかけられる二人の男女

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


「ハァハァ……ハァハァハァァ……」


「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛」


「ま、待ってよ、順!!」


「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛」


「急げ! 愛華!! 奴らに追いつかれるぞ!!」


「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛」


 20XX年8月7日。

 島国の日本にもとうとう、感染拡大アウトブレイクが起きてから、一ヶ月が経過した。

 私、文月ふみづき愛華あいかと、天川あまかわじゅんは、いままさに〝奴ら〟に追われている。


 え? 奴らって誰かって? そんなの、決まってるでしょ?

 感染者ゾンビよ! 感染者ゾンビ!! 人を喰らう、生きる屍のような怪物のことよ。

 もっとも、〝ゾンビ〟と呼んでいるのは、あくまで見た目や動きが、現代の私たちがイメージするそれに似ているから。実際には、正体はP()N()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あくまで、凶暴化した人間なのだから、ゾンビと違って、弱点が頭だけじゃなく、心臓を狙ったり、出血多量に追い込んだりすれば倒せる。倒せるが……

 問題は、奴らの血液や唾液が、こちらの粘膜や傷口に入ったら最後。早ければ数分、遅くても一時間以内には、こちらも感染者ゾンビの仲間入り。しかも、ロメロ映画のようにノロノロ歩くタイプじゃない。昨今のゾンビ映画に出てくるような、全速力で走ってくるタイプだから余計厄介。


 だから基本的には、戦闘は避けて逃げに徹するべきなんだけど……


「駄目だ……奴ら速すぎる! 愛華!! あそこの家に逃げ込むぞ!! 愛華のバールでドアをこじ開けてでも、入るんだ!!!」


 順が指さした先には、住宅街の一角にぽつんと佇む一軒家があった。

 遠目に見れば、ごく普通の家だ。

 木造の二階建て。白っぽい外壁に、瓦の屋根。門柱の脇には小さな表札。狭いながらも、整った敷地の中にその家は収まっていた。


(あの家にも感染者ゾンビがいたなら……)


 私はその可能性を考えた。襲われてなんとか逃げ込んだ先の家にも、感染者ゾンビがいるなら危機が去ることはない。

 だが、迷っている時間はもうない。

 すでに四体の感染者ゾンビが、すぐそこまで迫っているから――

 なら、やるしかない。


「わかった! ドアを開けるから、奴らの足止めはよろしく!!」


「ああ、任せろ!!」


 私は一軒家の玄関扉に駆け寄り、順はその背中を守るように、手にした木製バットを構える。

 扉が開いている可能性を考え、まずはドアノブに手をかけてみる――


 ガチャガチャ。


 当然、鍵はかかっていた。


 ピンポーン。

 ドンドン!


「すみません! 誰かいませんか!!」


 インターホンを押し、ドアを激しく叩く。

 家の中に誰かいれば、開けてくれるかもしれない。

 家に入れてくれるか入れてくれないとしても、何かしら返事があるはず。

 また、家の中に感染者ゾンビがいるなら、今の音で、ドアに向かって激しく攻撃を加えるか、何かしらアクションがあるはず。

 それも兼ねて、まずは2〜3秒ほど様子を見るが、音ひとつ返ってこない。

 ……反応なし。

 となれば、もうこじ開けるしかない!

 果たして家の中から、鬼が出るか蛇が出るかわからないけど、今さら気にしていられない!


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 一体の感染者ゾンビが、すぐ背後まで迫ってきた。

 追ってくる四体の感染者は、見た目も体格もバラバラだが、どれも手強そうだった。

 一体目。見た目は、陸上部のようなユニフォームを着た、男子の感染者ゾンビ

 細身の身体だが、筋肉質な体型で、いわゆる細マッチョと呼ばれる体型。おそらく人間時代は、長距離選手で活躍していたのだろう、スタミナとスピードに特化したタイプで、追ってきた中では一番速い。その最速の感染者ゾンビが、今まさに背後に迫ってきている。


「おりゃあっ!」


 ガコン!


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 順のバットが感染者ゾンビにヒットする音が響いた。

 感染者ゾンビは今の一撃で死んでいなかったが、頭を殴られて身体が痙攣していた。


「トドメだ!!」


 バキッ!


 順が再度バットで感染者ゾンビの頭を殴る。これで、陸上選手タイプの感染者ゾンビのうめき声が聞こえることはなくなった。

 一人はやっつけた。だが、安心している暇はない。残る三体の感染者ゾンビこそ、厄介だからだ。

 一対一なら、順のようなリーチがある武器を持った男子なら、感染者ゾンビにだって対抗できる。

 だが、それは、当然、感染者ゾンビの強さによって話が変わってくる。

 続いて追いかけて来る感染者ゾンビは順でもきつそうな相手だ。


「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛」


 二体目。見た目は、野球部のようなユニフォームを着た、男子の感染者ゾンビ

 一体目の感染者ゾンビより、走るスピードは劣るが、その代わり体格が一体目よりも強そうだ。

 体型はいわゆるゴリマッチョで、服越しにも、分厚い筋肉が見て取れる。

 順でも一体目の感染者ゾンビと同じ要領で倒せるのか、不安だ。だが、脅威はそれだけじゃない。


「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛」


 三体目。二体目の野球部の感染者ゾンビと同程度のスピードで追いかけて来る。

 こちらはラグビー部のようなユニフォームを着ている男子の感染者ゾンビで、二体目の野球部よりも筋肉質な体型だ。

 こちらも一対一で順が倒せるかはわからない。

 しかもその二体がほぼ同時に、私たちを襲うとしている。

 感染者ゾンビが複数で襲いかかってきたら、一人の人間が勝つには厳しい。仮に、私が順と一緒に戦っても、女子の私ではむしろ足手まといになるだけだ。


「愛華! 急げ!!」


「わかっている!!」


 ガッ!


 私はバールをドアにセットする。後はてこの原理で、力を込めて開けるだけ。

 私が急ぐ理由に、先のゴリマッチョ感染者ゾンビ二体が脅威なのもあるが、本当に脅威なのは、四体目だ。


「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛」


 四体目。こちらは追いかけて来る四体の中で、一番足が遅いが一番強そうな感染者ゾンビだ。

 見た目は、お相撲さんのような恰好をしていて、身長はパッと見て、二メートルはありそうだ。

 あんな身長高い上に、あれだけゴツい体格。あんなのと正面から戦うなんて絶対に無理。順と二人がかりでも、勝てる気がしない。


「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛」


「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛」


 遂に、二体目と三体目が家の近くまで来た。


「愛華ぁぁあああ! まだかぁぁあああ!!」


「今開けるってば!!」


 私は渾身の力でバールを押し込む!

 ――その瞬間。


 ギィイイイイイイイイ……


「うわッ!!」


 ドアが開いた。

 だが、それは私がこじ開けたのではない。向こう側から、()()()開けたのだ。


「早く、こちらへ!!」


 中から現れたのは――おそらく、人間の女性だった。

「おそらく」と言うのは、その人物がサングラスとマスクで顔の大半を隠していたからだ。

 けれど、落ち着いた女性の声と、背中まである黒髪の長髪。そのふたつから、私は彼女を女性だと判断した。

 突如として開かれた玄関。そして姿を現した〝家の主〟。

 私と順は、その予想外の出現に一瞬、動揺してしまった。


「さぁ、早く! 生き残りたいなら!!」


 強い口調のその声に、私たちはハッとする。振り返れば、三体の感染者ゾンビがもう、すぐそこまで迫ってきていた。

 迷っている暇なんて、あるわけがない。


「「ありがとうございます」」


 私たちは同時に礼を述べながら、家の中へと駆け込んだ。

 サングラスとマスクの女性は、私たちが入るのを確認するや否や、すぐに玄関の扉を閉める。


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン


 途端に、背後から聞こえる激しい衝撃音。これは、ゴリマッチョ感染者ゾンビ二体がドアを攻撃している音だ。


「ハァ、ハァ……」


 私は息を整えようとするが、走った疲労で呼吸が追いつかない。


「早くバリケードを! 奴らが入ってくる!! 愛華、僕の後ろにいろ!」


 順が指示を飛ばしながら、バットを構えて前に出る。

 確かに、四体目の感染者ゾンビ、あのお相撲さんがここに来れば、その強力な怪力で、このドアすら打ち破る力があるかもしれない。


「大丈夫……あなたたちは安心して」


 だが、そんな緊迫感に包まれる中で、当の家主と思しき女性は――どこか不思議な落ち着きを見せていた。

 私は、今にもドアを攻撃してくる感染者ゾンビたちでパニックになりそうなのに。

 彼女は静かにドアへと近づき、耳をぴたりと押し当てる。

 そして、そのまま微動だにせず、じっとしている。

 そして――


 ドンドンドン……

 ドンドン……

 ……ドン……


 なぜか、感染者たちの攻撃音が徐々に小さくなっていった。

 まるで、私たちを見失ったかのように。

 感染者ゾンビという存在は、こちらを見つければ、殺すか仲間入りするまでしつこく追いかけて来る、そんな性質のはず。

 それなのに。


「これでもう安心よ」


 女性はそう言い、ドアから離れた。


「へっ?」


 私は呆然としたまま、状況を飲み込めずにいた。

 本当に、感染者ゾンビの気配が消えている。静まり返った玄関に、今や敵の気配はない。


「あ、ありがとうございます。僕たちを助けてくれて……」


 順が深く頭を下げて礼を言う。


「本当に……ありがとうございました」


 私も続けて頭を下げた。


「礼はいいわ。それより、怪我はしてない? ……その、奴らに噛まれたとか?」


 当然の質問だった。

 私たちがもし感染していたら、この女性にとっても命取りになる。これは、生き延びるための当然の安全確認だ。


「怪我はありません。私も、順も、感染していません」


 私たちはほぼ同時に、両腕の袖をたくし上げて見せる。季節は夏だが、感染者ゾンビの血飛沫対策のために、私たちは長袖シャツを着ていた。


「……そう。まあ、仮に感染していても、私なら問題ないけどね」


 女性はそう呟くと、ろくに私たちを確認することもなく、するりと私たちの背後を通り抜け、奥へと歩き出した。


(あれだけの冷静さ。私たちが嘘をついている可能性があるのに、疑わないのだろうか? いや、私たちは本当に無傷だけど……)


「あ、あのう……私の名前は――」


「待って!」


 名乗ろうとしたその瞬間、女性が手を上げて制した。


「……え?」


「あなたたちの話を聞く前に、まずは私の正体を明かすことが先決よ」


 そう言うと、女性はゆっくりと、サングラスとマスクを同時に外していった。

 露わになった顔を見て――私と順は、息を呑む。


「っ……!」


 次の瞬間、順が反射的にバットを構えた――。

 その女性に向けて――。



 果たして女の正体とは?

 あっ、タイトルでネタバレ済みでした

 

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