15.「自転車探索」
ロロポートの南エリア裏口から、私たちは施設内へと入った。
公園エリアや噴水エリア側の正面入口は、すでに固く閉ざされていたため、他の出入り口を探し回った末のことだった。
そしたら、なぜか、南エリアの裏口だけ鍵が開いていたのだ。
「……もしかしたら、中に生存者でもいるのかしら?」
「ゾンビ作品においてショッピングモールって、定番の避難場所ですからね。きっとそれを意識して逃げ込んだ人がいるかもしれません。実際ここなら、何でも揃っていますし」
紗綾さんと順は軽口を交わしながら、さほど緊張を見せることなく施設内へと入っていった。
「施設の電気……生きていますね……」
館内の照明は点灯しており、明るさだけを見れば、まるでいつも通りのショッピングモールだ。
ただ一つ、大きく異なるのは――人の気配がまるでないこと。
「愛華……仮に生存者がいたとしても、油断は禁物だ。物資の奪い合いが当たり前になったこの世界じゃ、見つけ次第――殺しに来る可能性もある」
「感染者がいる場合も引き続き要注意だ。紗綾さんが命令を出す前に襲われたら……それこそ一巻の終わりだ」
順の真面目な忠告が耳に入ってくるが、私はそれどころじゃなかった。
「うわ~~! いろいろありますね、紗綾さん、紘人さん!」
目の前に広がる無人の店舗群に、私のテンションは急上昇。
まず気になる店舗を見て回ろうと、私はあっちこっちをキョロキョロ見渡した。
1階には飲食店、服屋、靴屋などが並ぶ。今はお腹が空いてないから飲食店は後回しにして……やっぱり欲しいのは服!
深水家に滞在するなら、替えの服は多いに越したことはないし――いや、単純にたくさんの服が欲しい。
それに、順の服も私が選んであげたい。
靴も今履いているより、もっと機能的でオシャレなものがあれば手に入れておきたいな。
とはいえ、2階や3階にも店舗はあるし、じっくり見て回りたい……
「……あっ、そうだ!」
私は1階のエリアにあの店舗があることを思い出した。その店舗に向かうため、北エリアの方へと進む。
「愛華、勝手な単独行動は危険だ! ホラー映画でそうやって死ぬキャラ何人も見て来ただろう? おい愛華!」
「ついてきて! 順、紗綾さん、紘人さん!」
順の忠告を聞き流し、私はみんなを引き連れてその店舗へ向かった。
目指すは――北エリアにある自転車専門店〝DAIMA CYCLE〟だ。
その名の通り、自転車を置いている店だ。
「愛華……まさか、何をする気だ?」
順がやれやれと言いたげに尋ねる。
私は得意げに言ってやった。
「自転車でショッピングモールを回るのよ! 感染者に急に襲われたって、これなら逃げ切れるし、何より移動効率が格段に上がるじゃない!」
通常なら、人通りの多いモール内を自転車で走るなんて、当然アウト。だけど今は、誰もいない無人の世界。なら遠慮はいらないよね。
「いや、お前絶対、ただ自転車乗りたいだけだろ!」
順がツッコミを入れる。
「いいじゃない。ショッピングモールを自転車で回るなんて、なんだか素敵じゃない?」
紗綾さんが、私のアイデアに乗ってくれた。
「それにこの施設に感染者がいるかどうか確かめておきたいわ、そこで自転車の機動力は役に立つと思うの」
「あなたも、そう思うでしょ?」
「お゛う゛あ゛え゛」
「ほら、夫も『そうだね』って言っているわ」
紗綾さんが話を振ると、紘人さんがうんうんと頷く。明らかに紗綾さんの能力で動かされているのは分かっているが……まあいい。
「じゃあ、賛成は私、紗綾さん、紘人さん。反対は順だけ。ということで、多数決で〝自転車探索〟決定~~!」
「……いや、別に反対ってわけでもなかったけど」
こうして、私たちは――感染者だらけの世界で、自転車に乗ってショッピングモールを巡るという、前代未聞の探索を始めることになった。
私が悩みに悩んで選んだ自転車は――
カゴ付きのクロスバイクだ。
全体的に淡いピンクのボディカラー。これから服や靴を色々集めるかもしれないし、荷物が載せられるようにカゴ付きのものを選んだ。
次に選んだのは順。私とは対照的に、まるで決めていたかのような早さで即決していた。
順が選んだ自転車は――
ロードバイク。
全体的に淡い水色のボディカラー。カゴはなし。スピードと軽量性を重視したタイプ。感染者に急襲された場合を想定しているかもしれないし、上階へ持ち運ぶことも視野に入れているのかもしれない。実用性を何より重視する順らしい選び方だ。
続いて紗綾さんが選んだ自転車は――
一般的なシティサイクル。いわゆるママチャリと呼ばれる自転車タイプだ。
全体的に紫色で、ザ・大人の女性の紗綾さんにとても似合っていた。
ちなみにシティサイクルを選んだ理由を尋ねると、紗綾さんは笑ってこう答えた。
「慣れ親しんだもののほうが、結果的に使いやすいかな――って」
そして最後に紘人さん。いや、正確には、紗綾さんに選ばされたのだが――
紘人さんが選んだのは、なんと自転車ではなくキックボードだった。
全体的に黒色で、ザ・大人の男性の紘人さんに不思議とよく似合っている。
ちなみに紘人さんだけ自転車を選ばなかった理由を尋ねると、紗綾さんはこう答えた。
「自転車だとバランスを取るのも操作も複雑で、夫にはちょっと難しいの。キックボードなら、速さを求めなければ、私の命令だけでも十分操作できるから」らしい。
ちなみに、この店には本来電動自転車も置かれていたはずだったが――生存者が逃走用に奪っていったのか、一台も残っていなかった。
「よし、行きましょう! 順! 紗綾さん! 紘人さん!」
ついに、私たちはショッピングモールの1階を自転車で一回りすることにした。
感染者や生存者が潜んでいる可能性もある。まずは様子を見て回ろうという判断だった。
「いやぁ~~誰もいないショッピングモールを自転車で移動できるなんて、気持ちいい~~♡」
私は思わず声を上げてしまった。
「この感覚……例えるなら、休日の誰もいない学校を、裸で走り回っているような……そんな禁忌的で背徳的な気持ち♡♡」
「えっ!? 愛華、お前、学校でそんなことしたことあるの?」
ついポロっと出た私の感想に、順がツッコミを入れてくる。
私は聞こえなかったフリをして、話題を紗綾さんに振る。
「感染者、いませんよね? 1階を一周しても、まったく襲ってくる気配がありません」
「そうね……少なくとも1階にはいないかもしれない。でも、引き続き油断は禁物よ」
私たちは1階の安全を確認したあと、モール内のさまざまな店を回ることにした。
順は相変わらず服に興味がないらしく、私が代わりに彼に似合いそうな服をいくつも選んであげた。靴屋では、私はおしゃれと機能性の両立を目指して選ぶのに対し、順はやっぱり見た目よりも実用性一点に絞って選んでいた。
そんなふうに買い物を楽しんでいた私たちだったが――
気づけば、紗綾さんと紘人さんがいなくなっていた。
一瞬、胸に不安がよぎる。
「……愛華さん、順くん、ごめんね。ちょっと、探し物で夫と席を外していたわ」
「あ゛あ゛い゛あ゛……」
すぐに戻ってきた二人を見て、私たちはホッと胸を撫で下ろす。
だが、戻ってきた紗綾さんと紘人さんの〝ある変化〟に気づいた。
「あれ? 紗綾さんと紘人さん……その目……」
紗綾さんはミッドナイトブルーに染まった右目を、黒い眼帯で隠していた。
一方、紘人さんは、ミッドナイトブルーに染まった両目を覆う黒いサングラスをかけていた。
――まるで人間に擬態しているかのようだった。
そしてその印象は、紗綾さんの言葉によって裏付けられる。
「このロロポートには、生存者がいるかもしれないでしょう? なら、私たちが感染者と誤解されないように……いえ、誤解じゃないけど、無駄な戦いを避けるために、目を隠しているの。私も夫も、いきなり殺されたら困るから」
――ガタタタン!
「「「「!」」」」
そのとき、2階から何かが落ちるような音が響いた。
何の音……?
自然に落ちた? それとも――誰かが、意図的に?
私はとっさに、手のひらを口に添えてメガホンのようにし、大声を出そうとした。
その前に、紗綾さんと順に視線を送ってアイコンタクトを取る。
「叫んでいい?」という私の問いかけに、二人は無言で頷いた。
よし……!
「あのう! 誰かいますかぁあああああああああああああ!!」
モール全体に響き渡るような大声を放つ。
……返事はない。
感染者だったら、今の大声に反応して襲ってきてもおかしくない。
けれど、そういった気配は一切なかった。
ということは――今の音の主は、生存者の可能性が高い……?
「どうする? 逃げる?」
私は不安を隠しきれず、順と紗綾さんに相談する。
「逃げてもいいんじゃないか? 服も靴も手に入れたし、ここにいても意味はない」
順が提案する。私も、正直その意見に頷きたかった。
けれど――
「いえ、行ってみましょう」
意外にも、紗綾さんは前向きに言った。
「もし上にいるのが生存者で、私たちに敵意があるなら、とっくに襲ってきているはず。今のところその気配はないわ」
「それに、生存者なら助け合えるかもしれない。食料や武器が手に入る可能性だってある」
確かに、その通りだ。頭では理解できる。
でも、怖い。
感染者であれ、生存者であれ――相手が何者であっても、向かっていくのはあまりにも危険すぎる気がした。
否定しようとしたそのとき――
「ごめんなさい……でも、もし上にいるのが、あなたたちのような子供だったらと思うと、放っておけないの。不安なら、私一人で行くわ。あなたたちはここに残っていて」
なんと、紗綾さんは一人で行くと言い出した。
そんなふうに言われたら、もう……断るのは難しい。
それに、正直なところ――紗綾さんのいない状態で、ここに取り残される方が、ずっと怖かった。
「わかりました……私もついていきます」
「愛華!?」
順が驚いた声を上げる。
「紗綾さんの言う通り、もしかしたら助けを待っている人がいるかもしれない。それを見捨てたくない」
「……っ!」
しばし沈黙した順だったが――
「わかったよ! 僕も向かうよ! 紗綾さんと愛華だけじゃ不安だからね!!」
「お゛う゛あ゛え゛」
順も紘人さんも加わることになった。
「ありがとう、愛華さん。順くん……でも、心配しないで。あなたたちのことは、必ず私が守るわ」
紗綾さんは、真っすぐな瞳で私たちを見つめながら、はっきりとそう言った。
その言葉に背中を押されるように、私たちは1階の探索を終え、音の正体を確かめるため、静まり返った2階へと足を踏み出した。
2階には何がいるのか……




