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十一話 歓迎会の夜

 オストリア王国東城門前、大通り――


 俺たちがオストリア王国に戻ってきた頃には、太陽の日は沈み、東城門前の大通りは夜の賑わいを見せ始めていた。この通りは冒険者が多いため、夜でも人通りが多く、店や屋台が並んでおり、昼とはまた違った雰囲気を醸し出している。

 そんな大通りにある冒険者向けの飲食店に俺たちはいた。


「今日はみんなお疲れ様! 無事に依頼達成できたこと、そして新たな仲間アラン君の歓迎を祝して乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」


 ノア社長の音頭に合わせて、俺たちはジョッキを掲げて乾杯をした。俺たちのテーブルには三人分のエールと、豪勢な料理が所狭しと並んでいる。ちなみに、クロ先輩はエールではなくミルクジュースだ。

 俺はエールをグビッと勢いよく飲む。騎士団勤めの時もそうだったが、やはり仕事終わりの一杯は格別だ。


「くぅ~! やっぱり仕事の後のエールは最高だね! 身体に染み渡るよ!」

「社長? 今日はアラン君の歓迎会なのですから、あまり飲みすぎないでくださいね?」

「ハハハ! わかっているさ、レイラ。今日の主役は彼だからね」


 ノア社長はそう言って俺にウインクをする。その仕草はとても可愛らしく、思わずドキッとしてしまう。


「さあ、アラン君。遠慮しないで食べてくれ。今日は私の奢りだ」

「え!?  い、いいんですか!?」

「もちろんだとも。君の活躍はクロから聞いているよ。凄かったそうじゃないか。これは私からのご褒美さ」

「あ、ありがとうございます。しかし、どちらかといえばクロ先輩に助けられてばかりでしたけどね……」


 俺の隣でガツガツと料理を頬張っているクロ先輩を見ながら言う。

 彼女はすでに十皿以上食べているというのに、食べる勢いは全く衰えていない。いったいあの小さな身体のどこにそんな量が入るのだろうか……。

 すると、俺とノア社長の話を聞いてたクロ先輩が食べ物を飲み込んでから、口を開いた。


「そんなことねぇよ。お前がいなかったらオレはあそこで死んでたかもしれねぇんだ。だから、お前はもっと胸張っていいんだよ」

「そ、そうですかね……?」

「ああ、そうだぜ。それに虹妖蝶の捕獲だって、オレじゃあ多分捕まえることはできなかっただろうしな。まあ、それでも納得できねぇってんなら、これからもオレ様のために馬車馬のように働くんだな」


 そう言ってクロ先輩はニシシと笑う。そんな彼女の言葉を聞いて、俺は少し救われた気持ちになった。


「そうですね、わかりました。これからは先輩の足手まといにならないように、俺も頑張っていきます!」

「おう! その意気だぜ!」


 俺が元気よく返事をすると、クロ先輩は満足げに頷いた。

 そこでふとベール森林の出来事でずっと心に引っかかっていたことをノア社長に聞いてみることにした。


「そういえば、ノア社長。ベール森林で言っていた虹妖蝶の話で少し気になったことがあるんですけど……」

「ん? なんだい?」

「ノア社長はあの時こう言ってましたよね。『虹妖蝶と紅血蝶は同じ種類の蝶で、特危個体の魔物のような強い魔力の持ち主の血を吸血すると紅血蝶が虹妖蝶に変化する』って」

「……確かにそう言ったね」

「それってつまり、強い魔力の持ち主の血さえあれば何体でも紅血蝶を虹妖蝶に変えることができますよね。ノア社長はなぜ紅血蝶を一匹だけ用意して、ブリガネガルの血を吸わせたのですか? 一匹だけじゃなくてもう少し多くの紅血蝶を用意して吸わせたら、もっと多くの虹妖蝶が手に入ったのでは?」

「そういえば、そうじぇねぁか。なんで一匹だけ紅血蝶に血を吸わせたんだ? 幻の蝶って言うなら、もっとたくさん生み出して乱獲すりゃあいいものを」


 俺の質問にクロ先輩も便乗して尋ねる。すると、ノア社長はフッと笑った後、神妙な顔つきになって答えた。


「そうだね、確かに君たちの言う通りだよ。でもね、それはできないんだ」

「どうしてですか?」

「なぜなら、紅血蝶を複数用意したとしても虹妖蝶に変化するのは、初めに血を吸った一匹だけなんだよ。最初の一匹が血に含まれる強力な魔力を全部一気に吸ってしまうらしいのさ。だから、同時に複数に吸血させても一匹だけしか虹妖蝶になれず、他は赤い翅のままとなる」

「なるほど……そういうことだったんですね」


 俺は納得したように頷く。確かにその話なら虹妖蝶の数が少ない理由にも納得がいく。たしか、クロ先輩の話では紅血蝶は死体の血だけ吸血する性質があると言っていたはず。特危個体のような強い魔力の持ち主がそう簡単に死亡するわけではないので、虹妖蝶の数が少ないのもそういうことだろう。

 ノア社長はさらに話を続けた。


「それに、これは情報提供者からの要望でね。この虹妖蝶を生み出す方法の情報はごく僅かな人しか知りえない極秘情報なんだ。うかつにこの情報が広まると虹妖蝶の希少性も失われ、最悪の場合乱獲が始まって絶滅してしまうかもしれないからね。だから、君たちもこの情報は秘密にしておいてほしい」

「たしかに、そうですね……。わかりました」


 ノア社長の言う通り、この情報が公になれば大変なことになるだろう。なにせ、この"虹妖蝶の捕獲"の成功報酬だけでも七千万ギラを出す人がいるほどなのだ。そんな幻の蝶を生み出す方法が広がれば、金に目が眩んだ冒険者たちが無理に特危個体に挑み、被害が拡大する可能性がある。確かにこの情報は秘密にしておいた方がいいだろう。俺はノア社長の言葉に素直に頷いた。


「ありがとう、アラン君。あ、ちなみに君たちが見つけたという虹妖蝶は天然のものだと思うよ。おそらく、他所の場所から飛んできた個体だろう」

「そうなんですか? てことは、ベール森林でつい最近目撃情報があったという話は本当だったわけですね……」

「ああ、そのようだね。まあ、とにかく今は無事依頼を達成できたことを喜ぼうじゃないか!」


 そう言うと、ノア社長はジョッキを掲げて乾杯をした。俺たちもそれに倣って乾杯をする。

 だが、クロ先輩だけは乾杯に応じず、俺とノア社長のやり取りを聞いていて何か疑問に思ったことがあったようで、それを口にした。


「……なあ、ノア。一つ聞いてもいいか?」

「ん? クロも何か気になることがあるのかい?」

「ノア……お前、"虹妖蝶を生み出す方法"を知ってて、この依頼を受けたんだよなぁ……」

「……? そうだね。その情報を入手してたからこの依頼を受けたわけだけど……」


 ノア社長の返答に、クロ先輩はますます怪訝そうな顔をする。そして、しばらく考えた後、口を開いた。


「虹妖蝶を生み出すには、強い魔力の持ち主が必要……。つまり、お前……あの森に()()()()()()()()()()()()()()を知ってたんじゃないか?」

「(ギクッ!)……っ!!?」

「「えっ……! あっ……!!」」


 その言葉を聞いた瞬間、俺とレイラさんはハッとした。問われたノア社長は目線を泳がしている。

 確かにそうだ。虹妖蝶を生み出すには、強い魔力の持ち主が必要だ。つまり、その"強い魔力の持ち主の存在"と"虹妖蝶を生み出す方法”を事前に知っていなければ、"世界で数体しか存在が確認されてない幻の蝶"の捕獲みたいな不確定要素の多い依頼なんて普通受けないはずだ。それなのに、なぜノア社長はこの依頼を受けた。ということはだ……。


「ノア! てめぇ!! ベール森林にブリガネガルがいることを知ってたんなら、なぜオレたちに事前に伝えなかった! そのせいでオレと新人は死にかけたんだぞ! しかも、下手したら死んでたかもしれねぇじゃねぇか! なんでお前はいつもそうやって大事なことを黙ってるんだ!」


 クロ先輩は激怒して椅子から立ち上がり、ノア社長の胸ぐらを掴む。すると、ノア社長は慌てて弁解した。


「い、いやね……。冒険者ギルドから行方不明者の捜索の依頼が来ててね。どうやら、ベール森林の西側でブリガネガルを目撃したっていう情報があったから、私とレイラが探した西側の森にいると思ったんだ。君たちが東側の森を捜索しているうちに、私がブリガネガルを見つけてサクッと討伐して虹妖蝶を生み出して捕獲するプランだったんだけど。まさか、東側の森に移動しているとは思わなくてね……。ごめん! だから許して!」

「何が『だから許して』だ! 事前に知ってりゃあ、それなりの対策や準備はしてたのによ!  一発殴らせろ! このバカ!」


 そう言って、拳を振り上げるクロ先輩。そのクロ先輩をレイラさんは慌てて止めに入る。


「ちょ、ちょっと、クロちゃん! 落ち着いてください! もう過ぎたことですし、それに社長もわざと黙っていたわけではないんですから! ね? 社長?」

「そ、そうなんだよ! 本当にうっかり説明し忘れてたんだよ! ほら、私って忘れっぽい性格だからさ! あははは……」

「うるせぇよ! 笑って誤魔化すな! バカ!」


 必死に弁明しようとするノア社長だったが、それが逆に火に油を注ぐ結果となったらしく、クロ先輩の怒りがさらにヒートアップしていく。

 その様子を眺めていた俺は少し笑ってしまった。


「あはは……」

「おい、新人! なに笑ってやがる!」


 俺の笑い声が聞こえたのか、クロ先輩がギロリとこちらを睨む。俺は笑いながら答えた。


「いえ、すみません……。でも、なんかこういうのいいなって思ってしまって」

「はあ……?」


 俺の言葉に訳がわからないといった様子でクロ先輩は首を傾げる。急に王宮騎士を辞めさせられて、よくわからない会社に転職させられて、就任初日だっていうのにこんな過激な一日を過ごして、正直不安だらけだった。だけど、この光景を見ているとなんだか安心できる。なんというか、今日一日でこの人たちの仲間になれたんだと実感できて嬉しいのだ。

 俺がそんなことを思っていると、今度はレイラさんが口を開いた。


「そうですね。たしかにアラン君の言う通りです。私も今こうして皆さんと騒いでいると楽しいなって思います。これからも一緒に働く仲間として、お互い支え合って頑張っていきましょうね!」


 笑顔でそう言うレイラさんに、俺たちは頷いた。それを見たノア社長はホッと胸を撫で下ろす。


「よかったぁ~……。なんとか許してくれたみたいだね……」

「まだ許しちゃいねぇよ! あとで覚えておけよ!」

「えぇぇぇ~!? そんな~!」


 そんなやりとりを見ていたら、俺も自然と笑みが溢れてきた。そして、心の中で呟く。


(絶対に、この人たちとなら上手くやっていける。だって、こんなにも楽しく騒げるんだから)


 俺はそう思いながら、ジョッキに入ったビールを一気に飲み干す。

 こうして、俺のクエスト代行サービス社での騒がしい初勤務は幕を閉じたのだった。




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