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十話 虹妖蝶の真実

ベール森林最奥、花畑広場――


ノア社長の指示の下、俺とクロ先輩、レイラさんの三人は花畑広場の隅で避難していた。


「ノア社長……本当にお一人で大丈夫なんでしょうか?」

「心配ねぇよ。そのうち、ケロッとした顔で戻ってくるだろうさ」


不安げに呟く俺とは対照的に、隣で佇むクロ先輩が冷静にそう言った。その声色には確信めいた何かを感じられた。しばらくすると、ノア社長が向かった方向から身の毛がよだつ程の膨大で禍々しい魔力の気配を感じた。俺は思わず身震いする。


「な、なんですかこの禍々しい魔力の気配……! これは一体……!」

「……あー、これはノアの魔力だ。不安がらなくていい」

「そうですよ、アラン君。この魔力は社長のものですから心配しなくても大丈夫です」

「そ、そうなんですか……」


クロ先輩もレイラさんもこの異常とも言える魔力の気配を特に気にすることなく落ち着いた様子で静観している。どうやら二人にとってはこの魔力の気配は慣れ親しんだものらしい。それからすぐ、ブリガネガルの絶叫と共に"ドォオオオオンン!!!"と激しい爆発音がこちらにも響き、森の奥が眩い魔力の光に包まれた。


「なっ! 一体何が……!」

「おいおい、アイツまた派手にやりやがったな……。これじゃあ、あの一帯の森すべて消し飛んだんじゃねぇか?」

「そうですね……。まぁ、社長の魔法ですからね。仕方ないわ」


事も無げにそう答える二人を見て俺は開いた口が塞がらなかった。

……これが、ノア社長の力?  想像以上にヤバすぎる力じゃないか……。

数秒後、戦いが終わったのか花畑の周辺が静寂に包まれる。そして、しばらくして花畑の奥からノア社長が現れ、こちらに歩いてきた。


「やぁ、みんなお待たせ。ブリガネガルは無事討伐できたよ」


まるでなんともなかったかのようにケロッとした表情で俺たちに手を振る。ノア社長の姿は、戦った後だというのに衣服に汚れが無く、怪我を負っている様子もなかった。まさか、ブリガネガル相手に無傷なのか……!? あまりの出来事に言葉を失う俺にさらに追い打ちをかける事態を目撃する。


「ノ、ノア社長……。その手に持って引き摺っているのは……」

「ん? これかい。これは見ての通り、ブリガネガルの遺体だよ」


そう言って引き摺っていたブリガネガルの遺体を俺たちの前に放り投げる。全長15メートルもある巨体を軽々と引き摺り、放り投げることにも驚いたが、それよりもノア社長が俺たちに見せた遺体の状態に驚愕した。遺体は胴体が抉られていて中身が丸見えになっており、頭部に至っては跡形もなく吹き飛んでいた。特に後脚は骨が歪な方向に曲がっていて痛々しかった。

あまりのグロテスクさに吐き気を催す俺とは反対に、クロ先輩は遺体を見ながら感心したような声を上げる。


「相変わらずとんでもねぇ威力だな、ノアの魔法は。あのバケモノをこんな風にできるヤツなんてそうはいねぇよ」

「いやぁ、そんなに褒められると照れるなぁー。ハハハ」


クロ先輩の言葉を聞いて嬉しそうに笑うノア社長だったが、俺は目の前にある凄惨な光景が信じられなかった。あれだけの巨体を誇る魔物を相手に傷一つ負うことなく、しかも一瞬で倒し切ってしまうほどの圧倒的な力。これをもし人間に向けられたらと考えるとゾッとする。

……この人は絶対に怒らせないようにしよう。俺は密かに心に誓った。


「で、コイツをどうするんだ? 素材を剥ぎ取って冒険者ギルドにでも売り払うのか?」


クロ先輩の問い掛けに対して、ノア社長は何か策があるかのような表情で答える。


「せっかく倒したのだし、もちろん素材はもらっていくよ。ただ、剥ぎ取る前にちょっと試してみたいことがあってね。レイラ、君の持ってる虫捕り網と虫捕りカゴを貸してくれるかい?」

「え? わかったわ。どうぞ……」


そう言うと、レイラさんは手に持っていた虫捕り網と肩に掛けていた虫捕りカゴをノア社長に手渡した。


「ありがとう、レイラ。ところで、クロたちは虹妖蝶を見つけることはできたのかい?」

「えっ? あー……見つけたのは見つけたんだが……。それがよ……」


歯切れの悪いクロ先輩の様子を見て、ノア社長は不思議そうに首を傾げる。


「どうしたんだい、クロ。何か問題でもあったのかい?」

「いや、まぁ……なんだ。虹妖蝶ならあのざまだ」


そう言ってクロ先輩はある方向を指差す。

指差した先には俺たちが持っていた虫捕り網の残骸があり、粉々になっている。近くには捕まえた虹妖蝶の残骸死体もあり、原形を留めていなかった。それを見たノア社長は合点がいったようで、「あー……」と声を漏らしながら苦笑いする。


「なるほど、捕まえることには成功したが、ブリガネガルに襲われてああなったと」

「あぁ、すまねぇ……。俺たちがしくじった所為で依頼が台無しになっちまった。謝る」

「すみません、ノア社長……」


クロ先輩と俺は申し訳なさそうに頭を下げる。俺があの時虫捕り網を離さずに回避できていれば、無事に虹妖蝶を捕獲できていたのかもしれないのに……。

しかし、ノア社長は特に気にした様子はなく、笑顔を浮かべる。


「いやいや、いいんだよ。虹妖蝶よりも君たちが無事だったことの方が重要だからね。それにブリガネガルに襲われたのであれば仕方ないさ」

「ノア社長……」

「まぁ、過ぎたことを悔やんでも仕方がないさ。それに虹妖蝶なら、もう一度捕まえる方法がないわけじゃない」

「本当か!? でも、世界で数匹しか確認されていない幻の蝶なんだろ? この近くにもう一匹いるっていうのか?」


クロ先輩の疑問にノア社長は不敵な笑みを浮かべた。


「今はいないさ。でもね、()()()()()()()()()()()なら。実は知っているのだよ」

「なんだって!?」

「そ、それは本当ですか! ノア社長」


俺とクロ先輩が驚きのあまり大声をだして聞き返すと、ノア社長は笑顔で頷いた。


「ああ、本当さ。今からその方法を試してみようと思う。よく見ていてくれ」


ノア社長はそう言うと、レイラさんから受け取った虫捕りカゴから一匹の蝶を取り出す。

その蝶の姿に俺は見覚えがあった。


「……紅血蝶? ノア社長、そんな蝶を取り出して何をするつもりですか?」

「ん? それはね。こうするのさ」


ノア社長はそう言いながら取り出した紅血蝶を空に解き放つ。紅血蝶はひらひらと空を舞うように飛ぶと、ブリガネガルの遺体の方へ向かっていった。そして、ブリガネガルの胴体に舞い降りると静かにとまり、ブリガネガルの血を吸い始めた。

その様子を俺たちは静かに見守る。


「……ノア社長。これは一体……?」

「――!! おい、新人! よく見てみろ! 紅血蝶の翅が――!」


俺の質問に被せるようにクロ先輩が突然大きな声を出す。言われた通りに紅血蝶の翅を見てみると、さっきまで鮮やかな赤色だったはずの紅血蝶の翅が徐々に色を変えていき、やがて輝くような虹色へと変色していった。その光景を見て、俺は言葉を失った。隣にいるクロ先輩も目を見開いて驚いているようだった。


「すげぇ……! あの"紅血蝶"が、"虹妖蝶"に変化しやがった!」

「まあ、なんて美しい翅をした蝶なの……。あれが虹妖蝶なのね」

「ノ、ノア社長!? これは一体どういうことですか!?」


目の前で起こった出来事が信じられず、俺とクロ先輩とレイラさんの三人は思わず驚きの声をあげる。

そんな俺たちとは対照的に落ち着いた様子のノア社長は説明を始めた。


「これは私の知り合いから得た情報なんだけど、どうやら虹妖蝶と紅血蝶はもともと同じ種類の蝶らしいんだ。違いは摂取した血の魔力量で変わるらしくてね。紅血蝶の場合は、保有する魔力量が少ない人や動物なんかの血を吸血すると翅が赤く染まるのだけど、虹妖蝶の場合は違う。虹妖蝶は特危個体の魔物のような強い魔力の持ち主の血を吸血すると、その魔力ごと翅に吸収して美しい虹色に変化するみたいなんだ。だから、試しに紅血蝶にブリガネガルの血を吸わせてみたのさ」


淡々と語るノア社長の話を聞いて、俺はあることに気づいた。


「もしかして……それでさっきブリガネガルの遺体を持ってきたんですか?」


俺の問い掛けに対して、ノア社長はニヤリと笑いながら答える。


「その通りさ。いやー、うまくいってよかったよ。本当♪」

「……ノア。てめぇ、そんな方法知ってんなら最初から教えやがれってんだ! 返せよ! 俺の謝罪!」

「いやいや、言っとくけど私もこの方法は半信半疑だったからね。成功するか不安だったから黙っていたんだよ。それに結果オーライじゃないか。こうして無事に成功したわけだし」


悪びれる様子もなく笑うノア社長に向かって、クロ先輩は不満そうに顔をしかめる。しかし、すぐに諦めたのかため息をついた。


「はぁ……まったく。でも、虹妖蝶はこれで何とかなったわけだが……。しかし、どうするよ。アイツ捕まえようにも尋常じゃねぇスピードで飛び回りやがるぞ。何とかアイツが羽ばたく前に捕まえねぇと……」

「その点は大丈夫さ、クロ。私に任せてくれ」


ノア社長は自信満々な様子でそう言うと、手に持った虫捕り網を握りしめ、ゆっくりとした足取りでブリガネガルの遺体の上でとまっている虹妖蝶に近づく。俺たちはノア社長の様子を固唾を呑んで見守っていると、ノア社長が近づいてきたことに感づいたのか、虹妖蝶は慌ただしく翅をばたつかせて飛び立とうとする。俺は慌てて声を出す。


「まずい! 逃げ――」

「ほいっ」


俺が言い終わる前に、ノア社長は持っていた虫捕り網で虹妖蝶を捕獲していた。そして、そのまま手馴れた手つきで素早く虫捕りカゴに虹妖蝶を入れたのだった。

その様子を見ていた俺とクロ先輩とレイラさんは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。数秒間の沈黙の後、最初に口を開いたのはクロ先輩だった。


「なぁ……お前ら……。今の動き……見えたか?」

「……いいえ、全く見えなかったわ」

「俺もです。気付いたらもう捕まえていましたね……」


俺たち三人は、あまりにも一瞬の出来事に、ただ驚くことしか出来なかった。


「よし、これで虹妖蝶の捕獲の依頼は達成だね。さて、それじゃあブリガネガルの素材でも剥ぎ取って帰ろうか。みんなお疲れ様!」

「あ、はい……。お疲れさまでした……」

「お、おう……お疲れさん……」

「えぇ……お疲れ様です……」


ニコニコと笑うノア社長に対して、俺たちは気の抜けた返事を返すしかできなかった。

その後、俺たちはノア社長の指示通りにブリガネガルの体毛や爪などを剥ぎ取り、ベール森林をあとにするのだった。

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