天使の説教
翌朝、優介が教室に入ると、佳治が駆け寄ってきた。
「おい、考え直せよ、公務員なんか! お前に向いてねえって」
優介は青白い顔でうなずく。
「もちろん、向いてない。でも沙織の希望なんだ」
「そこまで惚れたか」
優介は青白い顔で首を振る。
「全然」
「それじゃ、なんで」
「それは――タコに聞け」
「聞いたけど、何も知らねってよ」
「ふん……そうか。だいたい本当のことを言っても、誰も信じないだろう。俺だっ
て、いまだに信じられないんだから」
「俺は信じるから教えろ!」
「しつこいね、やめなよ」
佳治がギョッとして振り向くと、沙織が目を据えて立っていた。
「おい、お前は一体優介に何をしたんだ」
「何も。それより、今度一緒に映画行かない?」
「なに、俺と?」
また例の遊びが始まった、と優介はうんざりした。こうして沙織は自分を不安が
らせることで、自分の力を確認しているのだ。そして、親友とさえ仲違いさせ、自
分を独占するのが究極の目的であり、愛の成就なのだろう。
優介は心身ともにタコの足に巻きつかれた貝のような状態だった。
「やめなよ、好きでもない子にそういうこと言うの。優介君を苦しめて、楽しいわ
け?」
今度は沙織がギョッとして振り向くと、留奈が立っていた。
「な、なによ、あんたには関係ないでしょっ」
優介には悪魔が天使にいさめられている図に見えた。
「本当は沙織なんか大嫌いなんだ! こんなやつ誰と付き合ったってかまわねーん
だ! 俺が好きなのは留奈、君だけだ―――っ」
優介は心の中で叫んだ。しかし、顔は無表情なままだった。
「とにかく悪趣味だよ。Sなの? 付き合ってるなら相手を大事にしないと、幸せ
になれないと思う」
留奈の言葉はまさに天使の説教だ、と優介は感動した。
「ほっといてよ。私は今、サイコーに幸せなんだから」
この悪魔には天使の説教もローマ法王の祈りも、何の効き目も無いようだった。
留奈は優介の肩に手を置くと、
「優介君もあまり沙織につきまとうと、迷惑だと思うよ」
「はい、そうですね」
「女の子って、あまりしつこくされると気持ちが離れるものなの」
「はい、分かりました」
夫婦の仲がうまくいくように忠告する仲人のような言葉ではないか。優介は留奈
の心の広さに再び感動した。そして、ある重大なことに気付いた。
肩に手を置かれ、至近距離で話しかけられたにもかかわらず、全く鼓動が速まら
ないのだ。彼女の美しい顔が目の前にあるのに――だ。
きっと心臓の鼓動が弱くなったせいだろう。
ゾンビになって良かった。
とまでは思わなかったが、健康体だった頃の異常なまでの上がり症は、直ったの
だ。
そうだ、今こそ留奈に告白できるのではないか。
(って、できるわけない。そんなこと沙織にバレたら、念を外されて俺の心臓は止
まってしまう)
皮肉な運命の展開に、優介は奈落の底に突き落とされたような気分だった。




