沙織に近づく男
「ふん……こんな事になったのも、みんな優君のせいよ。私にさんざん嫌な思いを
させて……私が一人でどれだけ苦しんだと思ってるのよ」
「そんなん知らねーよっ! こっちは漫才で忙しかったんだ」
「あんたみたいな自分の成功ばかり追い求めて、邪魔になった人間は平気で捨てる
ような冷たい人、成功したってひどい目にあうからね」
「もう、あってる」
「そうだったね」
沙織は邪悪な笑みを浮かべた。
「今やあなたは私の愛無しには生きていけない体なのよ。独りで寂しさや悔しさを
噛みしめていた日々は終わったの。あの心を焼かれるような苦しみ……どうにもな
らない想いは、今あなたへの愛に変わってあなたの心臓を動かしている」
「何が愛だ。ただの自己満足だ! お陰で俺はどれだけ不幸になったか」
沙織は唇を震わせて非難する優介も眼中になく、一人芝居をしている女優のよう
に続けた。
「私の愛……優君のためなら死んでもいいとまで思っていた私の深い愛は、報われ
たのよ」
手を組み天を見上げた沙織の後頭部にサッカーボールが当たった。
「いった~!」
頭に手を当て、うずくまる沙織。
「すいません!」
サッカー部のイケメンが駆け寄り、沙織の背中に手を置いた。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫なわけ」
顔を上げた沙織は、イケメンと目が合うと口を開けて見とれた。
「大丈夫……です」
「マジごめん。痛かっただろ」
イケメンが優しく沙織の頭をなでると、
「痛かったけど、大丈夫です」
沙織は頬を染めてつぶやいた。
美しい青春映画のワンシーンのようだったが、それは優介のひとことで破られた。
「てめえ、ボール持ってさっさと行け!」
ゾンビのように(実際ゾンビだったが)両手を前に出し、ぎこちない足取りでイ
ケメンに近づいていった。
「す、すいませんでした!」
イケメンはびっくりしてボールを抱えると、走り去った。
「二度と沙織に近づくな!」
優介は怒鳴りつけると、荒い息をした。沙織から送られている愛が他の男に行っ
てしまったら、自分の心臓は止まるのだ。
「やーねえ、優君たら嫉妬して」
優介はがっくりと肩を落として唇をかんだ。
(嫉妬しているわけじゃねえ)
自分が死なないために、これから沙織に近づく男達をいちいち追い払いながら生
きねばならないのだろうか。
「さあ、教室に戻りましょ」
優介は差し出された手を振り払い、校舎に向かって歩き出した。




