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ゾンビの恋人  作者: 鳥原 麻生
18/61

死体のような落ち着き

 自室のベッドで目を覚ました優介は、意識が本人には書けない漢字である朦朧と

していた。

 どうやって帰ったかも記憶が定かではない。しかし、落ち着いて思い出すと、次

第に厚化粧の女の子、喫茶店で食べたオムライス、地下室での映像が浮かんできた。


そして、魔女と沙織の言葉――自分はいったん死に、今は沙織の想いで生きている

ゾンビであることを思い出し、おかしな悪夢を見たものだと苦笑した。


「てか、夢じゃない、現実だ! なぜなら」

 右手の甲にオムライスのケチャップが付いている。手で口の周りを拭いたのだろ

う。

(俺はゾンビ――生ける屍なのか)

 優介は脈をとってみた。

 明らかに今までより弱々しい。今にも消えそうな脈動だ。なにしろ自分の心臓は

沙織の想い――彼女はそれを「愛」と呼ぶのだろうが――で動いているのだ。


「沙織の想いで動いている――ってことは、沙織の想いが来なくなったら」

 死ぬということだ。

 普通こうした衝撃を受けた場合、心臓が高鳴るものだが、優介は平然としていた。


 もしかして、これが以前憧れていた、死体のような落ち着きではないのか。

 楽なような気がしないでもない。

 楽は楽だが、元気が無い。とても男子高生とは思えない寝たきり老人のような落

ち着きだ。

 優介は佳治に早朝練習を休ませてくれと連絡した後、だるそうにベッドから抜け

出し、洗面所に向かった。


 鏡を見ると、やはり血の気が無い。こんなに青白いと、病気ではないかと疑われ

るに違いない。「病気なの?」って聞かれたら、「いや、心配しないで。ゾンビは

病気にかからないから大丈夫」――なんて答えるのか。


 だるそうに洗面を済ませ、自分の部屋で着替えると、恐る恐るリビングに入った。

 思った通り、母親が眉を寄せて自分を見る。

「別に具合悪くないから」

 相手の機先を制し、優介は満面に笑みを浮かべた。

「でも、顔色がすっごく悪いわよ」

 優介はうなずくと、「なにしろ死んでるんで」という言葉を飲み込んだ。


 人生に疲れたオッサンのような雰囲気でテーブルの前にドサリと腰を下ろすと、

父親も眉を寄せた。コーヒーカップを下ろし、

「どしたの」

 威厳の無い聞き方をした。


「いや、別に。あまり寝てないんで、ちょっと疲れているだけ」

「お前、漫才師目指しているんだって? お笑いは元気が無いと駄目だぞ」

「うん。分かってる」

 優介は紫色の唇で微笑む。


「その言い方が駄目なんだ。こうだ。分かってま――っす! オッケーで――っ

す!」

 フォークを頭頂に刺し、寄り目で言った。


 父親としてお笑いを目指す息子を一生懸命サポートしているつもりなのだろう。

抜け上がった額に黒縁の眼鏡を掛け、真面目でほとんど冗談も言わない父なのだが。


 優介は恥を捨てて自分にアドバイスしてくれる親の深い愛情に感動し、目頭が熱

くなった。しかし、母親は憮然とした表情でひとこと言った。

「アホくさ」


 父親は肩をすくめ、

「お笑いとはアホ臭いことをアホ臭いと思わずにやらねばならない、大変な仕事な

んだ。たとえば親が倒れたとしても、笑顔で舞台を務めねばならない時もあるだろ

う。俺が死ぬ時にも会えないかもしれん。そういう覚悟が無いと」


「お父さんの死に目なんて、どうでもいいわよねえ」

「お前」

「お父さんの言うことは正しい。良いアドバイスをありがとう」


「いや、いろいろつらい事はあるだろうが、応援しているから頑張れよ」

「うん……」

「お前、大学には行かないのか」

「うん。高校を卒業したら、バイトしながら芸人を目指す」

「そうか」

 父親は心なしかホッとした表情だ。マンションの支払いで家計が切迫しているか

らだろう。


「コンビ名はなんていうんだ?」

「インサイド」

 優介はまずそうにトーストをかじりながら答えた。


「ほう、しゃれた名前だな。お母さん、壁紙を張り替えたほうがいいんじゃないか」

「なんで」

「優介なら絶対売れる。将来有名になったら、インサイドの両親ってことで取材に

来るだろ」

 取材に来る――どこかで聞いた言葉だ。


(そうだ、沙織が化けた真里が俺をだました言葉だ)

〈ううん、あなた達、絶対売れると思うの。そしたら将来インサイドが寄った店っ

てことで取材してもらえるかも〉


 あのセリフで、自分はいい気になってしまった。そして店に連れ込まれ――。

 優介は歯型の付いたトーストを皿に置くと、席を立った。

「どうしたの。もう食べないの」

「食欲が無い」

 ゾンビの優介は、ゾンビのような無表情な顔で家を出ていった。


「変ねえ。あのがっついた優介が、朝食を食べないなんて」

「やっぱり具合が悪いんじゃないか」

「そうねえ……休ませれば良かったかも」

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