表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

叶わぬ言葉

(お題使用)

SIDE : 不良くん


『……っあ……』

『……どうしたの? ほらもっと腰落として』

『ひゃあ……っ! や、もう……っ』

『もうなに』

『ああ、い……っ』

『足りない?』

『……もっ、じゅ……ぶんっ』

『駄目だよ。僕はまだ全然足りない』

『あ! ……ああ、だ……めっ!』



「ま、ま……真昼間からなに読んでんだああああっ!」

 突然怒号が響き渡る。発信源は哀しいかなオレだ。

 目の前の女は酷く驚いた顔をしているが、オレの顔を見るなりいやらしそうな笑顔を浮かべた。オレはそれに反論もできず、ただただ金魚のようにぱくぱく開閉を繰り返すだけ。

「なに怒ってるのよ? そっちが言ったんでしょ、どんなものか読んでみたいって」

「読んでって――……、一言一句声に出して読めとはオレは一言も言ってねえ!」

「あれ、そうだっけ? なあんだ、ついにそっちに目覚めたかと思ったのに」

「『そっち』ってなんだぼけ女」

 怒りをあらわにしているのにこの女……オレと同じクラスの委員長はそんなこといっさい気にせず手に持っている本の続きに視線を落とした。

 くそう……。思わず溜息が漏れる。

 あの日、オレと委員長の間で交わされた秘密。オレはクラスでも仲のよかった男友達が寝ているそのとき無意識にキスしようとした現場を、よりにもよって委員長に見られた。

 自分でも何故男のオレが男である友達にキスしようとしたのかは分からない。

 だけど委員長はオレがあいつのことを好きで、だから勝手に身体が動いた。それは自然なことであってなにもおかしいことではない、と強く説得してきた。

 未だにオレはあいつのことを好きだったかは分からない。もしそうだったとしても彼女の居るあいつに自分の気持ちを口にすることはこの先一生ないし、そんなつもりも端からない。さすがに彼女ができたと知ったときは訳が分からぬまま涙なんてもんが出ちまったのは消せない恥として記憶の底に仕舞い込んだが、これからも友達として付き合っていきたい。オレはそう思ってる。

 そもそも普通男が男を好きだなんて知ったら誰でも引くもんだと思ってた。だからずっとオレはホモじゃねえと言い張ってるし、今だってそう信じてる。


 オレは、断じて! ホ、モ、じゃ、ね、え!!


 だけど、この女。

 オレがかったるい授業をさぼるときに使う立ち入り禁止の屋上で、なにやら文庫本片手ににやにや楽しそうに笑ってるこの女は、オレがホモだと完全に決めつけてて(というか多分そうだと思ってる)、尚且つオレのことを『小説の中でのタイプだ』と言い、クラスでは不良と恐れられてるオレに怖がりもせず近づいてくる特殊なタイプの人間だ。

 で、なんで今日は二人して授業さぼってるかというと。

 教師に調子が悪いと訴え(もちろんただの仮病らしい)三時間目の授業を抜け出した委員長が、保健室で睡眠不足のため寝ていたオレを叩き起こしたかと思えば、そのままこの屋上へ連れてこられたのだ。

 寝不足でさらに機嫌の悪いオレとは逆に、委員長は酷く機嫌がよかった。そしてその手には一冊の本。

「これね、今日発売の新シリーズなの! さっき抜け出して買ってきちゃった」

 クラスでも真面目だと噂されてる委員長のこんな本性を知ってるのはきっとオレくらいだろう。そして手に持ってるそれは、歴史小説でも少女向けの恋愛小説でもなく……。

「かなり人気が高いシリーズだから、朝一番じゃないと売り切れちゃうのよこのBL小説」

 がくっと肩を落とした。

 そう、この委員長の愛読書は男同士の恋愛を描いたBL小説だ。それを知ったのはオレが男友達にキスしようとした現場を見られたあとだが。

 まさか堅物だと思っていた委員長の趣味がこれだとは、あんなことがなけりゃきっと知らなかった。いや、こんな風に二人で話すこともなかったはずだ。

「……で、それがどうしたんだよ」

 新刊が出て買ってきたなら勝手に読めばいいだろ? なんでわざわざオレに報告するんだ。それも今さっきまで気持ちよく寝てた(さぼってた)のに。

 今にも怒りのボルテージが最高潮に達しようとしたその瞬間、目の前の女は信じられないことを口にした。

「この本、あなたに貸してあげようと思って」

 ……は……? なに言ってんだこいつ。

「前言ってたでしょ? 読んでみたいって」

「読んでみたいなんて言ってねえ」

「あれ、でもどんなものか興味あるとか言ってたじゃん。忘れたの?」

 そんなこと言ったか? 言ったのかオレ?

 うーんと頭の中を巡らせてみる。……あ、そういえば……確かあれは少し前、あまりにも楽しそうに読んでるからどんな内容か少しだけ気になり(あんなに熱中されたらいやでも視界に入るしな)、確かそのときに話の流れでなんで委員長がBLに嵌まったかを訊いたことがあったような。それで興味があるなら貸すけど? と言われたのだ。

 そのときは面倒くせえと適当に相槌を打っていたが、まさか本当に貸してくれるとは……。

 さすがにそれを手にとっても中を開く勇気はなかった。だから委員長に『自分じゃ読めねえ』と告げたら、あろうことか声に出して読みやがったよこいつ。

 しかも、そんな……っておい! すげえハードだな内容が!

 だから堪らず大声を出してしまったのだ。だってあれだろ? 委員長がなんでもない風に口にしている言葉はつまりその……やってる最中で、しかも男同士って……。こんなにえろいのかよBLって。侮りがたしBL。

「まだまだこれなんてそんなにハードじゃないよ。もっとすごいのあるから」

「すごいのって」

「んー……。口に出して言えないくらい?」

 どんなだ。

 きっとオレは、今まで生きてきた中で一番間抜けな顔をしているんだろう。そんな世界があるなんて知らなかったのもそうだし、委員長みたいな普通の女が裏でこんな内容の本を平気で読んでいることも信じられない。

 尚且つ、オレの頭がそれについていけないことが辛かった。

「……あなたってさぁ、結構純情くん?」

 顔を両手で覆ってると、下から覗き込むように委員長がオレの顔をうかがう。

 あーくそ、なんでそんなに楽しそうなんだ! なんだ、オレをからかうのがそんなに楽しいのか!?

 くそったれ!

「なんでだよ!」

「だってそんなに真っ赤になってるし」

「うるせえ。これはここが寒いからだ!」

「……今日は稀にみる暖かさだって天気予報だったけど……」

 ぐっと息が詰まる。

 くっそー、これじゃあ委員長の言ってることが正しいと言ってるようなものじゃねえか。

 だけど反論できないのが悔しい。オレがこんなに動揺してるのに、委員長はまったくそんな素振りを見せない。まあ、愛読書だから仕方ないのだが。

「……なんで今日発売のその本、オレに見せようとしたわけ?」

 話題を変えたいのに、それすらもできない。

「へ?」

「わざわざ今日発売のやつじゃなくても、他のでもいいんじゃねえの?」

 つーか、なんでこんなこと訊いてんだオレ。

 それなのに、委員長はオレの質問が意外だったのか少し考えるような素振りを見せた。

「……やっぱあれかなぁ……」

「……あれ?」

 繰り返してそう訊くと、顔を上げた委員長は怖いくらいの笑顔で。

 このときオレの頭の中で警報が鳴った。危険だ、この女のこの笑顔は危険だ、と。

「ちょ、やっぱ言わなくていい――」

「この本の『受け』がね、あなたにそっくりだからよ」

 さらりと口にした言葉は、オレを閉口させるのに最大の効力を発した。

 う、受け……? っておいおいおいおいおーい!

「だから、是非読んでもらいたかったの」

「オレに読ませてどど、どうするつもりだったんだ!」

 つい噛んでしまったがそんなこと構ってられるか!

「えー決まってんじゃん」

 と、にんまり口元に浮かべた笑みは小悪魔……いや違う、小悪魔なんてかわいいものじゃない。あれは悪魔だ。よからぬことを企む悪辣さを滲ませた悪そのものだ。

「実際にこの主人公みたいになって欲しくて」

 ……ああ神様。オレ、悪いことした? や、確かに授業もさぼってるし勉強してねえし煙草も隠れてたまに吸ってるし喧嘩だってするけど。

 こんな悪魔のような女に捕まるなんて。

 がくんと膝が折れてオレはその場へへにゃりへにゃりと座り込んでしまった。

「BLってね、イラスト重視なところがあるから美形や美少年が多いのよ。といっても最近は平凡受けやガチムチ受けとかもあったりするけど。ま、それは今は関係ないね。でね、このシリーズの主人公、ずっと誰かに似てるなあって思ってて、やっと分かったの。あなたにそっくりなのよ」

 ……嬉しくねえし。

「しかもね、驚かないでね。なんと名前が『ヨリト』くんって言うのよ!」

 ……ヨリト……? ヨリトって――!

「オレと同じ名前じゃねえか!」

「そう! すごい偶然よねーっ!」

 ああ神様、これは偶然ですか? つーか偶然じゃねえよなおい! こえーって!

「ってことで。お願いがあるんだけどー」

 にこにこにこにこ。仮面の笑顔。

「その顔やめろ。怖いから」

「さっきの当てレコ、やってくれない?」

「はあ!?」

 誰がやるか誰が! つーか金輪際、こいつに関わらねえ! オレにとっていいことなんて絶対ないからな! 今すぐ縁を切ってやる!

 そう強く誓ったのに、男友達にキスしようとしていた場面を本人にばらすと脅され(これさぁ、酷くね? 酷いよなぁすっげえ酷いって)オレは逆らえず、オレにそっくりだという受け主人公の役をやらされた。

 半分諦めながら声に出すオレを眺めて委員長はご満悦。オレは早く帰りたい一心だったがそんな我儘聞いてもらえるはずもなく。

 その後、延々と吹き替えをやらされて。

 立ち入り禁止の屋上から男の濡れ声が聞こえると噂され始めたのは、その日からだった。


 最悪。誰か、もとの日常を返してください。

 まあ、委員長が傍に居る限り無理だけど。がく。




=終わり=




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ