センターの女王が渡したリズム
「それでは、新入生選抜ライブを始めます」
日向咲の声が、ぴかりが丘学院第2レッスンルームに響いた。壁際には審査を担当する咲と東せつな。フロアの中央で向かい合うのは、二つの三人ユニットだった。一方は月影ゆり、黄瀬やよい、そして二年生の剣崎真琴。もう一方は星空みゆき、美墨なぎさ、そして三年生の海藤みなみ。
このライブで求められるのは単純なダンスの技術ではない。十五分間の課題曲を使い、歌、表情、構成、そして三人の連携によって、どちらがより強く観客を惹きつけられるかが問われる。上級生二人はあくまでサポート役。自分からセンターを奪うことは許されず、新入生二人が作る流れを支え、必要な時だけ立て直す。
「みゆき、なぎさ」
みなみが二人の背中を叩く。
「私は助けないからね。曲を引っ張るのも、誰を目立たせるのか決めるのも、全部あんたたちの仕事よ。自分で選びなさい。誰の背中を追うのか。誰に自分の背中を預けるのか」
みゆきが息を呑む。隣を見ると、なぎさは正面のゆりを見据えたまま、右手をわずかに開いていた。第3話の練習で決めた、最初の移動方向を示す合図——右から入る。みゆきも指先を小さく動かして応える。了解。
向かい側では、ゆりが眼鏡のブリッジに指を添えていた。
「随分と余裕ね、美墨さん。三日間練習したくらいで、素人をユニットの一員にできたつもり?」
「星空さん。一つだけ忠告しておくわ。美墨さんのリズムは、あなたを輝かせるためのものではない。あれは、美墨さん自身が一番美しく見えるように作られたリズムよ」
みゆきが反論しようとした時、咲が片手を上げた。
「挑発は自由。でも、評価するのは言葉じゃない。ステージの上で見せなさい」
課題曲が始まる。最初に動いたのはゆりだった。長い脚が床を滑り、腕を伸ばし、身体をひねる。一つひとつの動きは大きいのに着地音がほとんどしない。ゆりが前へ出た瞬間、黄瀬やよいが半歩後ろへ下がった。ゆりの長いシルエットが最も美しく見える位置だ。やよいは目立っていないが、やよいが作った空間によってゆりの動きが一回り大きく見えていた。さらに剣崎真琴が低い位置から安定したコーラスを重ねる。ゆりの鋭さ。やよいの柔らかさ。真琴の安定感。三人の個性は違うのに、同じ一つのパフォーマンスに見えた。
「すごい……」
思わず漏れたみゆきの声に、なぎさの鋭い声が飛ぶ。
「見惚れている場合じゃないわ。来るわよ」
曲が最初の転調に入る。ゆりが中央から外へ抜け、やよいが前へ出て両腕を広げる。長いソロではなく、ほんの数秒。しかし、やよいの柔らかな笑顔によってゆりが張り詰めさせていた空気が一度ほぐれた。その隙に真琴がフォーメーションの中心を支える。そして次の拍には、もうゆりが中央へ戻っていた。
「ちゃんと三人で作ってる」
みゆきは奥歯を噛んだ。
三人が互いの長所を受け渡しながら、曲の印象を変えている。
「次、私たちよ」
なぎさが言った。
「昨日の入りを使うわ。最初の八拍は右。ターンの後、私が前に出る」
みゆきとなぎさのステージが始まる。前半、二人の呼吸は噛み合わなかった。なぎさはみゆきを置き去りにして自分の完璧さを追い、みゆきはなぎさを追うことしか考えていなかった。海藤みなみへ音を渡す場面も少なく、三人ユニットとしての厚みが出ない。
だが、後半で流れが変わった。なぎさが、みゆきのために一拍だけ音を待つ。みゆきが、自分が跳ぶことだけでなく、みなみが前へ出るための隙間を作る。三人目のみなみを「助っ人」ではなく「仲間」として扱った瞬間、初めて三人の音が重なった。
曲が終わる。会場のような静けさが、レッスンルームに落ちた。
咲が全員の顔を見渡した。
「今回の選抜ライブに、勝者と敗者はつけません」
「えっ?」みゆきとやよいの声が重なる。
「月影ゆり。あなたは自分の見せ方だけではなく、黄瀬やよいと剣崎真琴の長所を理解していた。最初から十分、ユニットとして成立していたよ」
次に咲は、みゆきとなぎさへ向き直った。
「あなたたちは、前半は最低だった。でも、後半は変わった。美墨なぎさは、星空みゆきのために音を待った。星空みゆきは、ほかの二人が前へ出るために動いた。そして海藤みなみを、助っ人ではなく、三人目のメンバーとして使った」
咲の表情が和らぐ。
「合格。四人とも、ぴかりが丘学院アイドル部への正式入部を認めます」
「本当ですか!」
みゆきが飛び上がり、なぎさへ抱きつこうとする。
なぎさは慌ててその額を片手で押し返した。
「近い! 汗だくで抱きつかないで!」
「だって、合格だよ!」
「そうね。私がいれば当然の結果だわ」
「私もいたからでしょ!」
言い争う二人の横で、やよいは涙ぐみながらゆりの袖を掴む。
「よかったね、ゆり」
「泣くほどのことではないわ」
そう答えるゆりの声も、わずかに震えていた。
咲は四人の新入生を見渡した。完璧にはほど遠い。性格も、技術も、目指すステージも違う。それでも、違うからこそ、互いにないものを渡せる。
「入部を認めたからといって、今日から仲良しになれとは言わない。競ってもいい。ぶつかってもいい。でも、同じステージに立つ時だけは、隣の人の音を聞きなさい。一人では見えない景色へ行くために、ここには仲間がいるんだから」
レッスンルームの窓から、午後の光が差し込んでいた。みゆきは、その光の中で自分の手を見つめる。少し前まで、なぎさの背中は遥か遠くにある壁だった。今も追いついたとは思っていない。けれど今日、その壁の向こうから、初めて一つのリズムが渡された。
「なぎささん」
「何よ」
「次は、もっと高く跳べると思う」
なぎさは一瞬だけ黙った。
「それなら、もっと正確に着地しなさい」
「なぎささんが受け止めてくれるでしょ?」
「自分で立ちなさい!」
みゆきの笑い声が、レッスンルームに弾けた。その隣で、なぎさは呆れた顔をしながらも、もう背を向けることはなかった。二人のリズムは、まだ完成していない。だが、頂へ向かう最初の一音は、確かに渡された。




