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センターの女王のパス

ぴかりが丘学院、第2レッスンルーム。本来は放課後の自主練に使われるはずのその場所に、異様な緊張感が漂っていた。審判席には部長の日向咲と副部長の東せつな。そして、対峙するのは二つの新入生ユニットだ。


「さあ、始めようか。ルールは簡単。15分間のパフォーマンス。観客(私たち)をより惹きつけ、高いポテンシャルを見せた方に軍配を上げる。……いいわね?」


咲の合図に、月影ゆりは不敵な笑みを浮かべ、眼鏡のブリッジを押し上げた。「問題ないわ。そもそも、まともな勝負になるとは思っていないけれど。ねえ、やよい?」


「え、あ、うん……が、頑張るよぉ」


おどおどしながらも、黄瀬やよいはゆりの背後にぴたりとつく。彼女たちのユニットには、助っ人として2年生の剣崎真琴(縁下)が加わっていた。対するみゆきたちの助っ人は、キレのあるダンスで知られる3年生、海藤みなみだ。


「よし、みゆき、なぎさ! 気合入れなさいよ! あんたたちのポテンシャル、私が見せつけてやるから!」


みなみが激しく床を叩いて鼓舞する。だが、なぎさの表情は硬い。彼女の視線は、向かい側のゆりに固定されていた。


音楽が鳴り響く。先制攻撃を仕掛けたのは、月影ゆりだった。 ゆりのダンスは、無駄が一切ない。長い手足を生かした優雅で冷徹なステップ。さらに、彼女は執拗になぎさを揺さぶる言葉を投げかける。


「どうしたの、女王様。あなたのその速すぎるリズム、隣の素人さんは全くついていけていないわよ? ほら、また彼女のステップが乱れた。そんなに自分勝手に踊って、楽しい?」


「っ……!」


なぎさの焦りが、みゆきへのパス(フォーメーションの指示)を狂わせる。みゆきはなぎさの超高速ステップに食らいつこうと必死だが、タイミングがコンマ数秒ずつズレていく。アイドルユニットにおいて、センターのリズムに合わせられないメンバーは致命的だ。


「なぎささん、もっと……もっと私を見て!」


「うるさい! 私は私のベストを尽くしているわ。あんたが合わせなさいよ!」


二人の不協和音を、ゆりは逃さない。ゆりは自身のパフォーマンスを維持したまま、的確になぎさの精神的な隙を突いてくる。


「中学時代、あなたのせいでチームがバラバラになったって聞いたわ。最後には、誰もあなたのリズムに乗らなくなったんですって? ここでも同じことを繰り返すつもり? 誰もいない独りぼっちのセンター。それがあなたの『頂の景色』なのね」


その言葉は、なぎさが最も触れられたくない傷口を抉った。なぎさの動きが、一瞬止まる。その隙を突いて、ゆりが完璧なソロパートを決めてみせた。


「……あーあ。つまんない。王様がこれじゃ、期待外れもいいところだわ」


ゆりの嘲笑。絶望的な空気。だが、その静寂を破ったのは、激しく床を蹴る音だった。


「……まだ! まだ終わってない!」


星空みゆきが、汗だくの顔を上げて叫んだ。彼女の瞳は、まだ死んでいなかった。


「なぎささん! 過去のことなんて知らない! 私が今、ここにいる! あなたがどんなに速くても、どんなに無茶なリズムでも、私が全部、拾ってみせるから!」


なぎさは目を見開いた。自分を否定せず、自分の「全力」を前提として、それを受け止めると言い切る少女。みゆきはそのまま、驚異的な加速でステージを駆け抜け、誰よりも高く跳躍した。


「私を信じて、一番いいリズムを投げて(パスして)!」


その真っ直ぐな言葉が、なぎさの中の「壁」を壊した。


(……ああ、そうか。私は、拒絶されるのが怖くて、最初から諦めていたのね)


なぎさの瞳に、かつての闘志とは違う、新しい光が宿る。彼女は深く息を吐き、これまでの自分勝手なリードを捨てた。いや、捨てたのではない。みゆきの「最高到達点」だけを見据えた、極限のパスへと昇華させたのだ。


「……みゆき。いい、一瞬も目を離さないで」


なぎさが指先を鳴らす。次の瞬間、なぎさのステップがこれまで以上の速度で刻まれた。だが、それはみゆきを置き去りにするものではない。みゆきが「跳ぶ」ための、完璧な助走のリズム。


音楽のハイライト。なぎさがみゆきをセンターへと押し出すように、激しく、かつ精密なコンビネーションを仕掛ける。


「今よ、跳びなさい!」


なぎさの合図と同時に、みゆきが宙を舞った。それは、ゆりの冷静な計算を遥かに上回る、圧倒的な滞空時間。照明の光を全身に浴びて、みゆきは空中で完璧なポーズを決めた。


「なっ……!?」


ゆりの顔から余裕が消える。着地したみゆきの隣に、なぎさが並び立つ。二人の呼吸が、初めて一つのリズムとして重なった。


「……信じられない。あのデタラメな素人に、美墨なぎさが……あんな『優しい』リズムを出すなんて」


せつなが驚きに目を見開く中、咲は満足げに深く頷いた。


「これだよ。一人の天才じゃ届かない場所に、二人なら行ける。……『変人コンビ』の誕生だね」


パフォーマンスが終わった後、レッスンルームには静寂が、そしてその後、みなみの野太い歓声が響き渡った。


みゆきとなぎさは、肩で息をしながら、初めてお互いの目を見て笑った。


「……なぎささん、今の、すごかった!」


「……次はもっと速くするわよ。覚悟しなさい、みゆき」


まだ始まったばかり。けれど、二人の少女は、確かに「頂の景色」への第一歩を踏み出した。

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