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閃光の双眸、あるいは極限の共鳴

ホールの空気は熱を帯び、観客の絶叫はもはや輪郭を失った地鳴りとなってステージを揺らしていた。美墨なぎさの視界は、極限の集中によって中心だけが異常に澄み渡り、周囲の光景がスローモーションのように流れ去っていく。指先は鍵盤の冷たさを感じず、ただ脳内に直接流れ込んでくる「音の濁流」を、冷徹なまでの速度で再構築し続けていた。


「——まだよ、まだ終わらせない!」


なぎさは心の中で吼えた。対峙する日向大和のリードは、ここに来てさらにその鋭さを増している。大和は自身の喉が焼けることも厭わず、メンバー五人のポテンシャルを限界を超えて引き出し、ぴかりが丘学院が放つ「分裂したノイズ」の隙間を、圧倒的な音の密度で埋めに来ていた。


なぎさが半拍ずらしたビートを叩き込めば、大和は即座にそのズレをコーラスの厚みで吸収する。なぎさがみゆきに不可能な高音を要求すれば、大和はそれ以上の音圧で会場の空気を震わせ、観客の鼓動を強引に自分たちのリズムへと引き戻す。


「……なぎさ、左のスピーカーが飛んだわ。でも構わない、そのまま突き抜けなさい!」


月影ゆりの声が、喧騒を切り裂いて届く。その声には、かつて彼女が纏っていた「孤高」という名の氷は微塵もなかった。彼女もまた、なぎさが作り出す嵐の中で、一羽の烏として泥臭く羽ばたいていた。


なぎさは、隣で踊り狂う星空みゆきを見た。みゆきはもはや汗だくで、呼吸さえも苦しげだったが、その瞳にはかつてないほどの「悦び」が宿っている。なぎさの放つ、理不尽で、残酷で、けれどこれ以上なく自由な旋律。みゆきはそれを全身で浴び、自らの生命力を燃料にして、黄金の光を放つ王者に食らいついていた。


「——なぎささん、私を……私をもっと使ってください!」


みゆきの瞳がなぎさを射抜く。その瞬間、なぎさの脳内で、これまでの設計図のすべてが書き換わった。大和に勝つための「正解」を探すのはもうやめた。今、この瞬間にみゆきが、そして仲間たちが最も「輝ける間違い」を提示する。


なぎさは、楽曲のサビに入る直前、あえてすべての伴奏を止めた。


完全なる静寂。 数万人の観客が、一瞬だけ息を止めた。


その「空白」に、なぎさは自らの喉を限界まで絞った、掠れるような、けれど誰よりも通る一音を置いた。それは大和のような完璧な音程ではない。けれど、そこには美墨なぎさという少女の、これまでのすべての挫折と執念が凝縮されていた。


その一音を「合図」に、六人が同時に、バラバラの旋律で絶唱した。


「——おおおおおおおっ!!!」


それはもはや合唱ではなかった。六つの剥き出しの個性が、互いの領域を侵食し、削り合いながら、一つの巨大な「塊」となって客席へとなだれ込む。大和が築き上げた王道のコーラスが、その物理的な熱量に押され、初めて目に見える形で後退した。


大和は目を見開いた。


「……信じられない。あの子、自分の作った『秩序』を、自らの手で粉々に砕いたというのか」


大和の頬を、一筋の汗が伝う。彼女が最も信頼してきた「論理」や「調和」という盾が、なぎさたちが放つ、あまりにも純粋な「暴力的なまでの生」の前に、その意味を失いつつあった。大和は、自身のユニットのメンバーが、ぴかりが丘の放つ熱気に圧され、僅かに腰を引いたのを感じ取った。


「——逃げるな! 私を見なさい!」


大和が叫ぶ。彼女はマイクを握りしめ、自分たちの最大の武器である「黄金の残響」を、かつてない強さで解き放った。それは、崩れかけた王国の城壁を、自らの命を削って補強するような、凄絶なまでの王者の意地。


支持率のメーターは、目まぐるしく左右に振れ続け、ついに計測不能を示すエラーを吐き出した。


その混乱の真っ只中で、なぎさは不思議な感覚に包まれていた。 目の前の大和。自分を導き、自分を絶望させ、そして今、対等な位置で命を奪い合っているライバル。 なぎさは、大和が次に放つ「最高の一音」を、まるですでに知っているかのように予感した。


「……来る」


大和が右手を高く掲げた。それは、調辺アコに最大のシャウトを促し、自身がその裏側で究極のハイトーンを響かせる、青葉城西ユニット最強の「奥の手」。


なぎさは、迷わなかった。


彼女はみゆきの背中を追うのを止め、あえて一歩退いて、ユニットの最後方へと下がった。そして、秋元こまちの繊細な旋律と、月影ゆりの重厚な低音を、自身の両手で強引に引き寄せ、一つの「焦点」へと束ねた。


大和が放った、天をも穿つ黄金の旋律。 それに対し、なぎさは六人のすべてのエネルギーを一点に凝縮した、漆黒の「音のくさび」を撃ち込んだ。


音がぶつかり合い、ホールの壁が物理的に軋むような音を立てる。 光と闇が混ざり合い、境界線が消失する。


その瞬間の静寂の中で、なぎさと大和の視線が、再び真っ向からぶつかった。 二人の天才の瞳に宿っていたのは、もはや敵意ではない。 自分のすべてをぶつけられる相手に出会えたことへの、極限の「感謝」だった。


第106話、閃光の双眸。 どちらが勝者で、どちらが敗者か。そんな問いは、もはや意味をなさなかった。 烏たちは今、王者の懐深くへと食い込み、その喉元に、最後にして最強の「一音」を突き立てようとしていた。


なぎさは、自身の意識が遠のくのを感じながらも、不敵に笑った。 「——さあ、大和さん。これが……私たちのすべてよ」


漆黒の翼が、黄金の玉座を完全に覆い隠す。 再戦の終わりを告げる雷鳴が、今、ホールの空気を真っ二つに引き裂いた。

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