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玄関ドアを開ける。靴を脱ぐ。廊下を進みダイニングチェアにバッグを置く。まずは冷蔵庫からジンジャーエールのボトルを出す。汗を掻いた時はこれに尽きる。だが栓を開ける前にやることがある。私はスマートフォンを取り出し、瓶を写真に撮った。それからぷしゅ、と開け、ぐびぐびと一頻り呷る。
ほうー、と大きく息を吐きながらバッグの隣の席に腰掛ける。
再度スマートフォンを持ち上げ、先ずは退社直後に発注したデリバリーの配達状況を確認する。あと五分で到着するらしい。今し方降りたバスの通った道を、バイクの兄さんが追いかけて来ていることを示す画像が現れる。
続いて別のアプリケーションを立ち上げる。体調管理をサポートするものだ。今日歩いた歩数、食事から摂取したカロリー(これの計測のため先ほどのごとく食品の撮影が必要となる)と消費したカロリー、人と会話した時間及び語数、本やTVや動画など見聞した情報の種類と情報元に接した時間、それらのデータを総合し、今の私がどのような状態にあるか──平たくいえば「どんだけ疲れているか」を計算してくれる。
計算はすぐに完了し、アプリから提言が送られて来る。
『今夜は七時間二十六分以上睡眠を取って下さい。お疲れさまでした』
腕時計を見る。八時十分前。
ピンポン、とインターホンのチャイムが鳴った。
受け取った弁当を(撮影後)平らげ、食休みもそこそこにシャワーを浴びる。七時間二十六分以上の睡眠を取るとなると……十時にはベッドに入りたい。
明朝のアラームは七時にセットしてある。十時に瞼を閉じ五分後──いや十分後──最悪三十分後に入眠したとして、七時までの時間は八時間三十分。七時間二十六分以上の睡眠が必要となると──
くっ。
私は歯噛みし、ドライヤーを当てた髪をわしわしと掻いた。急げ。ぎりぎり、間に合うかどうかだ。
何故なら。
たとえ十時ちょうどに眠りに就けたとしても──それ以前だろうともそれ以後だろうとも──必ず途中で目が醒めるからだ。
眠りの途中で。必ず。
時刻でいえば二時から三時の間に。毎日。
目が醒めて少しするとまた眠りに落ちるが、何故かいつまでも目が醒めたままただ寝返りを繰り返す破目になることもある。
下手をすると小一時間、そんな状態になることもある。
結局ベッドに入ったのが十時十六分、瞼を閉じ眠り落ちたのは十一時五分以降だった。この時間の開きは何故かというと、どうしても抗えず誘惑に負けてスマホで動画視聴をしてしまったからだ。
健康推進のために頑張る行動は、いつも精神を落胆させる。自分はつくづく駄目な奴なのだと思い知らされることにより。
翌朝、そんな皮肉を思いつつ玄関を出たところで
「おはようございます」
と声をかけられた。
うちの隣の部屋に住む竹中さんが、彼女宅の玄関前の共有スペースを小帚で掃除してくれていた。
「おはようございます」私も笑顔で挨拶を返し、箒をひっこめてくれた彼女に頭を下げつつその前を通り過ぎた。
竹中さんは私がこのマンションに住み始めた五年前からのお隣さんで、そう親しい訳でもなかったが顔を見れば挨拶ぐらいは交わしていた。
いつも穏やかで、物腰柔らかな女性。私より十歳余り年上に見えた。一人暮らしなのだと、何かの折に教えてくれた事がある。
その竹中さんの暮らしぶりに、私は無論口出しなどしたことはないが、正直なところをいうと、ほんの少しだけ「あれ?」と感じることがあった。
特別迷惑をかけられるようなことではなかったのだが、時折、線香の匂い、チーンと控えめに鳴る鉦の音、そんなものが認識されることがあった。
まあ昔連れ添った旦那さんを亡くされたかで仏壇を拝んでいるのだろうとは思ったのだが、それだけではなくたまに、玄関ドアの外に盛り塩が置かれていたりすることもあったのだ。
盛り塩を置くのは、何のためなのか? 通常の仏事に、それは必要なものなのか?
私には、挨拶ついでにそこまでのことを訊ねてみる勇気がなかった。
さらに。ある晩のことだった。
私はふと目が覚め、スマホを取りオンにし、目をすがめて時刻を見た。
二時十四分。
また丑三つウェイクアップかよ。そう思った。
社会人になってから、何時に就寝しようと必ず、この時刻付近でぱっちり目が醒めるようになってしまった。
その日は夜十一時頃に寝たが、九時に寝たとしても、十時に寝たとしても同じくこの丑三つ時に目が醒めるのだ。早寝をしてもあまり健康にはよくなさそうに思える。早起きにも程がある。
そのまましばらくの間は寝付けないのが常なので、腕を頭の下に組み天井を見上げた。
静かだった。
何の音も、誰の声もしなかった。
ただ暗い部屋の、のっぺりした天井が目の前にあるだけだ。私はじっとそれを見ていた。
その時、隣の部屋──竹中さん宅から、壁越しにぼそぼそと呟くような人の声がした。
え? 顔を壁の方に向けた。
竹中さん本人の声だとすぐにわかってはいた。
何を言っているのか言葉はまったく聞き取れないが、誰かと会話しているような、とぎれとぎれのくぐもった話し声が暗い部屋の壁の向こうから聞こえてきた。
誰かと──しかし竹中さんは一人暮らしのはずだ、本人の話によれば。
まあ、夜中ではあるが、誰かと電話しているのかも知れないし……夜中ではあるが、何か本を朗読しているのかも知れない。
そうだ、きっとそうなのだろう。私は自分にそう思うよう言い聞かせ、布団を頭から被って眠りに就くことにした。
幸い──逆説的ではあるが幸いなことに、その時には、そのくぐもった竹中さんの声が、耳に心地好い子守歌の役割りをしてくれて、すぐに眠ることができたのだった。
そんな感じで、特に迷惑を被る訳でもなく──読経にしろ鉦の音にしろ、夜中の独り言にしろ、騒音と呼べる程のデシベルではないので──特に苦情案件にも当らず、そして特に、挨拶の折にわざわざ「そういえばお宅では……」と触れる程の話題でもないと、私は個人的には思う。
お話し好きの人ならばここぞとばかりその話題を広げ、奥深くまで探求して行くのかも知れないが、私にはそういう事はできそうにない。
その後も竹中さん宅では時折、念仏が聞こえ、鉦の音が鳴り、たまに丑三つ時にぼそぼそと話し声がし、ごくたまに玄関脇に盛り塩が置かれた。そして竹中さん本人は変わらず穏やかで、物腰柔らかく、顔を見れば笑顔で挨拶をしてくれていた。
そのようにして、五年が過ぎたある日のことだった。
いつも通り身支度をして玄関を出たところで、
「あ、おはようございます」
と竹中さんに声をかけられた。
竹中さんはその時、引っ越しの作業をしていた。引っ越し業者らしいユニフォーム姿のスタッフ数名が、家具や荷物を運び出すため玄関から出入りしている。
「どうもお世話になりました」
そう言う竹中さんに、こちらこそ、と返しながら私はエレベータホールに向かった。特にお互い何のお世話をしてもされてもいないが、社交辞令、社会生活上のエチケットというものだ。
まあ。とはいえ。
いやな予感がしていなくもなかった。その時から。




