スピードスター
(俺を思い出せ)
『怪物殺し』ルウェット・ハサウェ......それが彼だ。
「相手がよぉ、自分より強ぇなら......尚更、燃えんだよ!」
たちまち、ルウェットが筋肉を隆起させる。
そして、左肩を突き出して、前に突撃した。
「なっ」
想定外の事態だったが、すぐにエスは右のナイフを突き技に斬り替える。
そうすれば、必然的に左肩と突きが噛み合うことになる!
血しぶきを上げるも、凶刃は根元まで刺さり斬るに至らない。
それに活路を見出したルウェットが余りある力の右腕で腹全体にラリアットを繰り出した。
先の姿勢で左腕の防御が辛うじて入るが、転がり末に雪に埋もれた。
しかし、すぐに立ち上がるも、鼻からは血が蛇口を捻った水道のように飛び出てくる。
「あんた、俺が武器だけしか使わないって思い込んだろ? 俺ぁ、縛られるのが嫌いなんでね、フリースタイルだぜ」
「ええ、そうね。ただ、それ以上に筋肉量が予想外だったわ」
「着痩せタイプなんだよ......っ!」
瞬間、ルウェットはダガーを投げつけざまにエスへ突進する。
(二段階攻撃ってわけね......でも、私の方が上手かしら)
すると、エスからは両手の軍用ナイフが二本飛んできた。
「ねちっけぇなぁ!」
ルウェットはそれらを槍でフルスイングして、防ぐ。
流石、『最強』と言うべきか、一瞬の間を使って、もう彼女が眼前にまで迫っていた。
右には長剣が握られている。
(間に合わねぇ......なら、間に合うようにすれば良い!)
ルウェットが振った方向である左に体を三六〇度回転かつ跳びながら、エスの長剣の攻撃をパルチザンで弾いた。
(回転運動......っ!? 一筋縄じゃ行かないわね)
エスは長剣を真下へ捨て、新たなナイフを両方に装着させる。
「そうだな......ちょっと、落とし物を取りに行こうか」
ルウェットが体全体を前方へ。
一気に加速させる。
その速度は先ほどの速度を越えるものだった。
穂先は後ろから右へ弧を描く。
それを右腕のみでやってのけている。
エスは冷静に新たに左手で武器を取り出す。
黒い短めのバットのようなもの。
ブラックジャックである。
(速ければ、それだけ隙があるということ)
斬撃の軌道上から逃れるように左へ歩を進める。
そして、そのブラックジャックをルウェットの行く方向に置く。
すると、その速度故に右手の指が衝撃でへし曲がる。
当然、パルチザンが落ちる。
「ありゃ、やられちった」
ルウェットは相棒を拾うでもなく、真っ直ぐ駆け進むのみである。
(なにがあっても、迎え撃つだけ)
しかし、エスが彼へ振り返った時。
ルウェットはこちらへ突撃しに来ていた。
瞬時にエスが持っている武器を両方隠し、パルチザンを握る。
眼前。
ルウェットの左拳が放たれる。
狙いは右の横腹。
(衝撃はダウンが吸ってくれる。なら、カウンターを!)
エスはパルチザンを両手で振りかぶる。
だが。
バシュン!
なぜか、エスの服は裂かれ、そこから赤い液体が流れ落ちる。
「なっ!」
エスは驚愕しつつも、槍を勢い良く。
振り下ろす。
後退しようとする彼の顔を割らんとする時。
パルチザンが止まった。
そのタネは念力などという摩訶不思議なものではない。
ルウェットがダガーを挟み込んで防いでいたのだ。
(あの走りはダガーを拾うため!?)
エスは攻めから護りに移行する。
「そんな防御で大丈夫かぁ?」
ルウェットが途端にダガーを落として、防御を打ち砕こうとする。
「くっ......!」
雑把な防御に加え、急な一撃。
エスはそれでも崩れない。
ルウェットが左の前蹴りを繰り出す。
両手の塞がった状態。
エスはただ虚しく吹き飛ぶ。
槍は手放さない。
鼻から出た凍りきっていない血が雪を赤に染める。
エスがおもむろに体勢を立て直す。
「その槍、返してくんねぇかな」
ルウェットは飄々とした態度のまま、相手を舐め回すように見て、ニヤついた。
「その態度、いつまで持つのかな?」
(調子が狂うわね......)
審判二人がその状況を眺める中、デンマークの審判の眉が上がる。
(ルウェットさん、前よりも生き生きしてる......! これなら......!)
(自信があるのかな......でも、こっちだって、まだ斬り札がある......はず......この気候なら......!)
カナダの審判はダウンのフードを深く被る。
その頃、『最強』二人は向き合っていた。
エスがパルチザンを突きの構えで持ち、突撃する。
反応し、ルウェットは食い気味に前へ出る。
衝突。
がしかし。
ダガーを槍の柄に押しつけて、起こりを抑える。
(初速を止めるか......まぁ、あの速度だ。当然、範疇内)
先程のお返しと言わんばかりにエスの右脚が跳ね上がる。
ルウェットは咄嗟に右腕を挟み込む。
衝撃が和らぐ。
こうなれば、ルウェットの意識は彼女の脚に集中する。
そこを狙い、エスはパルチザンを引いて、高速の突きにかかる。
しかし、ルウェットが右足を地面にぶつけ、物凄い勢いで後退する。
槍の穂先は胸を掠めた。
「俺の武器は、俺が一番分かってんだよ! 威力も射程もなにもかも!」
ルウェットは負傷覚悟で刃部を掴むと、思いきりに引っ張る。
当然、エスの体は言うことを聞かない。
ようやく、手を離す。
が、三テンポ遅れた。
「ぐぅっ!」
刹那、彼の光速の脚と人ならぬ力。
それの乗った短き鋒が右肩を貪った。
(右腕の出力は半減か......でも、隙だらけ)
近距離から鳩尾へ。
エスが左から煌めくナイフを投げつける。
それと同時。
もう一本、右に小刀を持ち、相手が突きに使っている左手に斬りかかった。
彼は投擲物を左へ避ける。
しかし、その短剣には対応できなかった。
「おっと?」
すると、その手から親指を除いた四本の指の感覚が消える。
なにかが地面に落ちた音がした。
判断衰えることなく、ルウェットは瞬時に重心を右へ置き、右拳で相手を殴りつける。
その威力でエスは吹き飛ぶ。
ただ、意識までは飛ばなかった。
エスはこの状況で眼孔を狭める。
(この風......来る!)
そして、なにかを察知した。
「このままだったら、私は負けていたでしょうね。でも、ようやく来たわ。私の奥の手」
「奥の手?」
ルウェットは両手に息を吹きかけている。
突如、風が強くなる。
風向きはルウェットを掠めた。
まるでエスを守らんとするようである。
(なっ、雪が!)
辺りが一面銀世界......なんてどころではない、一空間が丸ごと白に染まったのだ。
「ホワイトアウト」
その言葉とともにエスの影は跡形もなく、消失した。




