セツゲンの天変地異
ここはカナダのコロンビア大氷原。
限りない雪に覆われる中、全てを見下すかのような山々が囲んでおり、マイナス10℃以下の突風が辺りを彷徨い続ける。
世界遺産にも登録された神秘に見守られながら、二人は闘う。
「寒いな」
ルウェットが極寒の地においても変わらず、白シャツに薄い空色のコート、ズボンまでも薄手で戦闘に臨もうとしていた。
(......死ぬ気かしら)
エスはその姿に驚きもせず、ただ、冷淡に状況を見据えるだけだった。
「あかた、得手は槍だったのね。意外だわ」
「意外? 知ったような口振りだな」
「会ったことあるわよ。一回だけね。合同訓練の時に」
「なるほどな、同類ってわけだ。こりゃ、厄介なことになりそうだ」
ルウェットがパルチザンを腕ごと横へ振り下ろす。
「奇遇ね。私も同じこと考えてたわ」
エスは相手のより長い槍を前を突き出した。
カナダ・デンマークの審判ともに国旗の色に基づいて赤のダウンを着ていて、カナダの審判が二人の前に入った。
「えっ......と。『カナダ最強』エス・F・テータ......さんと『デンマーク最強』ルウェット・ハサウェ......さんの試合を始めたいと思います。では......始めっ」
弱々しい声と態度であったが、試合の鐘には充分だ。
その一殺那、
ルウェットが弾丸のような速度で加速し、刃を一気に横へ走らせた。
(なっ、消えっ......)
咄嗟に半歩引くも、エスから血塗れの羽が吹き出て来る。
「男女平等に行くぜぇ」
ルウェットの顔には溢れんばかりのにやけ面があった。
「流石ね、ルウェット・ハサウェ!」
(これなら......私も本気になれそうだわ)
続いて攻撃が来るよりも前に体を後ろに下げて、槍を地面に突き刺す。
そして、流れるように槍を軸にし、体ごとルウェットに右で蹴り込んだ。
「ぬりぃな」
衝撃によりルウェットは仰け反るが、倒れはしない。
「タフガイね......」
その僅かな時間を有効に使い、エスがやりを抜かずして、横へ距離を取る。
「はっ、そんなんじゃ俺から逃げらんねぇよ」
同じく、ルウェットが馬力を越える脚力で横へステップを斬ると、槍を勢いよく振り下ろした。
(受けは通じないわね。でも、耐えれないとは思わない)
エスは懐から軍用ナイフを抜き出して、防ぐ構えを取ると、その槍撃を合わせるように銀面で受け流した。
標的を見失ったパルチザンは地面を叩き割ろうとして、地に埋まる。
「上手っ」
瞬時に槍を離したルウェットは思わず感嘆の意を表すが、その隙は致命的だ。
エスが彼の懐に入ると、ナイフで右胸を穿いた。
その時、お返しと言わんばかりにルウェットから右拳が振り抜かれる。
それを潜り抜け、エスは再び、刺突を仕掛ける。
「させるかよ」
ルウェットが左足を飛ばして、エスの右脚を崩す。
「チッ」
エスは追撃が来ぬよう雪の上を転がって、距離を作った。
大きな氷の段の近くでエスが立ち上がる。
「寂しいなぁ? 行ってもいいかい?」
「プレイボーイはお断りよ」
「つれないねぇ......俺は誠実を謳ってるつもりなんだけど」
ルウェットはいつものように調子の良いことを言った。
「あなた、なぜ軍を抜けたの?」
それでも、エスの目は冷徹にこちらを見つめている。
「抜けた......? ああ、そうか。上の方々がご丁寧にやって下さったのか......エス、俺は追放されたんだぜ」
「追放? 損でしかないじゃない」
「国益じゃなく、奴らは自分の利益しか目にないんだよ。自分の害になるなら、国の損になっても構わないとね」
「とはいえ、皮肉ね。軍を追放された者がここという最前線で闘っているのだから」
「いや、誰もが最前線で闘ってるさ」
物資不足で困窮した人たち、社会の助けになろうと奮闘する者たち、上の連中だって、そうだ。
この世界で存在する以上、どんな形でも闘いは必至。
ルウェットからすれば、現在が一番、そう思えるだけだ。
(やはり、惜しまれる。この力が世界のために使われていたのなら......)
「待ってくれたおかげでさっきの傷は回復したよ」
エスがナイフを両手に持ちながら、妖艶に笑って煽る。
「じゃあ、行きますか......」
突き刺さっている槍を拾い上げ、低い姿勢になると、閉じた力を開放して前へブーストを掛ける。
さながら、スーパーカーだ。
そして、到着寸前のルウェットが槍を振りかぶる。
だが、エスはその攻撃を中断するように弓を構え始めた。
ルウェットは槍を下ろし、横へ回避するも、正確な矢が傷のある右胸に刺さってしまう。
「槍にナイフ、次は弓と来た。びっくり人間かよ!」
「かもね。他にも......こんなのがあるわ!」
エスがベルトに付けた鞘から銀一色の長剣を取り、ルウェットへ斬りかかる。
その斬撃を軽く左横腹に貰うが、ルウェットはこれ以上はまずいと判断して後ろに下がった。
「武器の使い方が上手い」
(ミスター轟道は十文字槍ならば、誰にも負けまいが、他の武器ならば......余力を付けてエスが勝つ)
それほど、エスの武器術は人知を越えている。
その理由は......
エス・F・テータ、カナダのジャスパー生まれ。
四〇〇〇人程度しかいない小さな町であったが、彼女にとってはそこが幸せだった。
家族はいつも長く出掛けるため、子供の頃からエスは寂しさでいっぱいだったが、それでも家族といる時間は楽しくて、体が凍てつきそうになっても、人々のほんわりとした温かみで心はぽっかぽかのままだった。
戦火に包まれるまでは。
アメリカのテロ戦争が引き金で発生した全世界の反乱分子、それが六八国に戦争を勃発させた。
カナダも例外ではなかった。
エスは一八の頃に目の前で家族が燃やされる様を見て、その時にいた彼女までも失うことになる。
そして、恨みを晴らすため、エスは軍隊へと入った。
ただ、周りは男ばかりでフィジカル面において勝てようはずもない。
だから、考えた、必死になって。
肉体で勝てないなら、精神? いや、それだけでは脆すぎる......ならば......武器を人一倍使いこなせればいい。
武器という長所を取り付けたエスは軍でぐんぐん成長していき、いつしか、実働部隊で任務をするまでに至る。
大雪原の激戦区に送り込まれた際は終わるのは五年ほどかかるとなっていたが、エスが強過ぎるあまり、二年にまで縮んでしまった。
圧倒的な武器術と相手の武器を奪うスタイルを両立するがために敵軍は『エスが来たら、撤退』と命令づけるしかなかったのだ。
そして、その戦果から彼女は戦場で『雹鬼』と呼ばれるようになる......
「体の震えが止まんねぇ」
ルウェットは大氷原の洗礼を受けていた。
マイナス一〇℃以下だ、数分すれば、血行が悪くなって、動きに支障を来たす。
「曲芸かしら」
そんなことを気にも止めず、エスがナイフで彼の右胸を斜め十字に斬り裂いた。
「そんな悪い君には、おいた、かなぁ!」
ルウェットは反撃として槍で一突きする。
すると、エスの左横腹を少しだけ掠めた。
「案外、つまらないことをするな」
エスはまたもナイフを滑らせ、彼の右胸......否、逆袈裟に斬り上げようとする。
(フェイント......!? いや、違うか。同じ行動を積み上げてフェイントに仕立て上げたのか!?)
そのまま、油断したルウェットはバッサリと斬られてしまった。
「でもな、俺だって、なにも考えねぇわけじゃねぇんだ」
(頭で勝てねぇなら......パワーとスピードでごり押す!)
ルウェットが右手で槍を縦横無尽に振り回しながら、奥の手であるダガーを左手で繊細に斬り回した。
エスはその槍撃をナイフで受け流しながら、斬撃までも防ぎにかかる。
そして、余った右にナイフを一本添え、二刀流の完成だ。
(壁を越えたと思えば、また壁かよ......)
ルウェットはこの寒々とした場所で自分が斬り刻まれるのを見るしかなかった......




