コクシ無双
「引き出しを開けようか」
轟道は十文字槍を一気に前へ突き出す。
「構えか......面白い!」
リテロは持っているメス六本を全て投げて、接近する。
しかし、轟道はその全てを掠るようにして躱す。
(おっと、これは想定外!)
リテロは止まろうとする......それでも、腕を振った轟道の刃がその肉を喰らう。
だが、斬られざまにメスが投げつけられていた。
(これはまずい!)
轟道は反応するも、右目の上を斬られ、血に塗れた視界が闇と化す。
それと同時にリテロが地面を滑り、足蹴を繰り出した。
轟道は本能で槍を振り下ろす。
「うぉおぉぉぉ!」
すんでのところでリテロがメスとハンマーを交差し、間に挟む。
それで槍の勢いが止まる、なんとか難を逃れたリテロは後ろに下がろうとした......
その時、急に十文字槍が起き上がり、下から上へリテロを浅く斬ったのだ。
(見えなかった......!)
リテロは困惑を露わにしていた。
(今の力ならあと一回が限度か......!)
轟道は電流が走るかの如き痛みを感じる。
これはルウェットとの闘いで使った燕返し......ただ、轟道は見た通り高齢、まだ物には出来てないようだ。
「凄いなぁ......君は私の知識を全て凌駕してくる!」
武には医学を越える力がある。
「お前だとて、武には無いものを得ているではないか。その改造し尽くされた肉体......惚れ惚れするよ」
一方、医学にも武を越える力が秘められている。
「流石に気付いていたか......この脳にはね、私が死を感じた際に回避するように命令するチップを埋めてあるし、他の部位は最大限稼働出来るようにシステムを組んだ。だから、簡単に死ねないね」
轟道が殺す気で闘っていたのはこのためだ。
「やはり、ゾンビだったか。だが、もう一つあるだろう? あの怯みなさは到底、生身ではなし得ない領域だ」
轟道は訊く。
「ん? 痛覚は普通にあるよ!」
リテロはこれまでの戦闘で痛みをずっと体に走らせていたことになる。
「なにっ......?」
轟道からは驚愕の声しか出なかった。
「痛みって言うのは、理性とはまた違う人間の制御システ厶なんだぁ。アドレナリンとかで鈍くなったりはするけど、あるに越したことはないよねぇ?」
リテロが我を忘れたかのようにニタッと口角を上げる。
(なるほどな。初めて見たが、これがドMというものか。多分、戦闘における専門用語なのだろう)
轟道はなにか勘違いしているが、問題はない。
突如、リテロの踏んだ地が爆ぜる。
「片目でこれを躱せるかな?」
リテロは左手の操作だけでメスを上下二方向に放った。
(目には目を......)
轟道は体を大きく動かし、回避する。
(刃には刃を......)
その隙こそ、リテロの攻撃に繋がる。
リテロが轟道の頭上にハンマーを振りかざす。
(投げには......)
しかし......次に轟道が取った行動は十文字槍の投擲!
(投げを!!!)
無論、リテロはそれを外すが、瞬間、轟道の拳が眼前に迫ってきていた。
攻撃・防御をしようと武器を持つリテロを無力化するように、轟道が体中に拳の乱打を加える。
(まるで硬い石にでも叩きつけられたようだ......!)
轟道の固い意志で握られた拳はリテロの体をことごとく破壊していく。
それでもリテロは立っている。
しかし、リテロは一つの打撃を回避すると同時に隙間をぬってなにかを轟道に投げつけた。
(メスか......? いや、これは......!)
それは縦の渦を巻いて、轟道に寄ってきていた医療ハンマーであった。
(やるならば、防御か!)
轟道が医療ハンマーを左腕で弾く。
その際に出血が発生する。
「ナイス、ガードだ!」
轟道の真ん前まで来たリテロはメスを二本ほど投じると、新しいメスを持って近接戦に持ち込んだ。
(確かにこれは厄介な手だが、武術に対応してるわけではない!)
「ならば、大地を狭めてやろう」
轟道は神みたいなことを言い出した。
「大地を? 有り得ないね! 人の手でそんなこ......」
だが......轟道はもうリテロの目の前で拳を振りかざしていた。
古来より伝わる『縮地』である。
そして、その拳は容赦なく、顔を穿つ。
リテロは衝撃で地面に叩きつけられながらも、ゆっくりと立ち上がった。
「あれ......本当だったのかよ!」
自分のダメージなんかよりもリテロは好奇心で胸を膨らませる。
「正味、お前はイカれている。普通、このレベルの損傷を受けたら、立ち上がれるどころか、意識があるかすらも怪しい」
「だろうね。私は色々なリミッターを外してるから、なんら異常はないけど、流石にここまで来ると、体が言うことを聞いてくれないねぇ!」
実際、リテロの体は少しだけだが、震えている。
「そろそろのようだな、リテロよ」
その時、轟道は投げた十文字槍を拾い上げていた。
「かかってきなよ?」
リテロは汗を垂らしながら、メスを構える。
轟道がそれに合わせて、落雷の如き振り落としを与えた。
(そんなちっちゃい刃じゃ、到底......ん?)
轟道は密かに違和感を感じていた。
本来ならば、リテロがばっさりと斬られているはず......しかし、当人はというと、槍を軽々と防いでいる。
しかも、片手だ。
「やっぱり、喰らいついてきたなぁ!」
リテロは空いた手でメスでの横薙ぎを繰り出した。
反応は出来ても、回避までは至らず......轟道の胴は深々と斬られた。
「ぐぅっ!」
黒の袴を滲ませながら、轟道が離れる。
「心理的誘導も私の専売特許だよ」
そう、彼はわざと弱っているように見せて、轟道を誘っていたのだ。
「いやぁ、ちょっと。ステロイドが来るのが、遅かったから、焦っちゃったね!」
リテロの体の血管が浮き出始める。
リテロは試合前に注射を打っていた、おそらくそれだろう。
「窮鼠猫を噛む......か。すまんが、次は噛まれてやれん」
斬られてもなお、轟道の闘気は収まるどころか、たちまち、広く発せられる。
「例え鼠でも強靭な牙と爪さえがあれば、猫は簡単にやれるさ。頸動脈を噛もうか? それとも、大腿を引っ掻いてやろうか?」
リテロが言うと嘘には聞こえない。
「おぉ〜、くわばらくわばら」
轟道は隠し斬れないほどの笑みを浮かべる。
「ちょっと出血量がまずいから、処置させてもらうよ」
リテロは懐から糸と針を取り出すと、一瞬にして傷口を縫合した。
「そんな処置......今から無に帰す!」
次の行動を取らせまいと、轟道が槍を引き放とうとした。
「コレを使おうか......!」
槍が突き出されるよりも前にリテロが銀色のハサミを手に持ち、轟道に駆け寄る。
......その瞬間、轟道の右耳が斬れ、冷たい地面に落ちた。
(徐々に重要な部分が斬られてゆく......半分ほど視覚と聴覚が消滅しよった)
轟道はすぐさま斬り替えて、リテロへ刃を向ける。
「危ないなぁ!」
咄嗟にリテロは左手のメスでその一撃を受けた。
「二度は通じんぞ」
攻撃が挟み込まれることを想定した轟道がみぞおちへ中段突きを出す。
「ちょっとは手加減してくれよ」
リテロの筋肉がそれを喰い止める。
「そうだ、訊きたいことがあったんだっ......た!」
リテロがハサミで斬り上げる......ただ、轟道には届かない。
「なんだ?」
「私はやっぱりね、事前に調査しておくのは必要だと思ってるんだ」
リテロから闘争心が消える。
「話が見えんな」
しかし、轟道は警戒し、槍を強く握る。
「簡単に言うと......君のことを調べさせてもらった」
「ほう」
轟道はいつでも斬りかかれる状態だ。
「その時にね、興味深い情報が出てきたんだ......君の経歴に過去五〇年分、記録されていなかった。君は......何者だい?」
リテロは無表情を貫いていたが、その底にはうっすら笑みが見える。
「......」
なぜか、轟道は黙っていた。




