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夢幻郷リンカネーション  作者: 霞弥佳
第一章 充溢大樹
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夢はあなたを覗き込む 3

「君に話すことなんて何もない」


「おいなんだよ、本当に沸点の低い男だねお前は。従兄弟のよしみでこうして道を踏み外しすぎんように口を挟んでやったってのによ」


 平時の所業、特にアンナへの暴行の主犯である眼前のこの男に、よりにもよって沸点が低いだなんて評される謂れなんてないはずだった。さして考えもなく言葉を吐き出すDQNらしい言動に、僕は反吐が出そうだった。


「まさか、グルになって僕に何か隠してるのか? 取り巻きを使って、あのエリオットまで抱え込んで」


「はあ?」


「返答によっては、お、お前だって手加減しないぞ」


 凄んだ僕に向かって、ドミニクはくつくつ嗤いだした。いかに彼がすぐれた魔術師だろうと、モルペリアの加護や槍の行使技術を有する僕には、およそ敵うはずがないというのに。転生者の疑いがあったエリオットならばともかく、この勘違い男を叩き伏せるのに苦労は無いだろうし、良心の呵責にも苛まれることは無いだろうと思った。


 ドミニクは頭を掻きながら言った。


「なあ劣等生、なぜ俺があんな色魔の尻尾を引っ掴んでわざわざ躾けてやらにゃならんのだ? 奴がどこの誰と寝ようが勝手じゃないか。そりゃあ奴は人種的にはミミナガ(エルフ)みたいな二等市民なんぞとは違う生粋のヴァラキア人だ、お前の癇癪に付き合わされているところを見たら、誰だって口突っ込んで助けてやりたくなるもんだろうよ。そいつが徳性だ、人情ってもんだ。だがそれは、どの学部のどの女に跨りてえとか、そういったくだらねぇ猥談を言い合うような馴れ合いの関係を証明するもんでもねえ。わかるか? 俺はただ、のぼせたキの字の妄想狂から可哀想ないち男子生徒を助けてやっただけにすぎんのさ」


「ぼくの気が、ち、ち、違ってる……だって? 妄想……だって?」


「同じこと二度も言わせるのか? 真昼間から戦闘用の術式を行使して私刑を執り行った、自称優等生のアルフレート・シルヴェストリ生徒。これを問題児と言わずになんとするよ」


「僕は、僕は間違ったことなんかしちゃいない!! 僕は正常だ!! おかしくなんかない!!」


「ラリってる最中の常習者ジャンキーはみんなそう言うだろうなあ」


「お前の、お、お前の周りの仲間なんかと、一緒にするな」


「ああ、そうだな。常習者ジャンキーは確かに何人かいるが、俺やそいつらはお前みたいに孤独じゃない。酒も薬もやらずにそこまでイカレるのもある種の才能だな、頭ン中の魔術の才が収まるべき場所が壊死でもしてるんじゃねえのか?」


「僕に、喧嘩売ってるのか?」


 沸騰した血液が身体を満たし、腸が煮えるような憤怒を感じた。なんだ、この男は。僕は、僕は正常な、アルフレート・シルヴェストリなんだぞ。そんな、そんな、お前なんかが罵倒していい人間じゃないんだぞ。


「したいのか? 喧嘩。俺は嫌だなあ、俺はお前と違って乱暴は嫌いだもの。グローブも着けずに人間を殴れば、こっちの拳だって痛めちまう。取るに足らん私刑なんぞに、矜持も同然の魔術を用いるなんて言語道断だ。そうカッカするもんじゃないぜアルフレート、怒るなよ。奴も俺も、お前にとっちゃあ取るに足らない存在だろ? なあ、考えてもみなよ。本気で喧嘩したって俺がお前に敵うはずねえじゃねえか、ミスター・シルヴェストリ。ああ、怖くて漏らしちまいそうだぜ。無敵の魔術師に威嚇されてクソでも垂れちまいそうだ。本当さ」


 嘲笑をかみ殺すような様子で、さぞ嬉し気にドミニクは言った。この男は、僕の四象の槍がどういうものだか看破しているとでもいうのだろうか。幼少から懇意にしていたメリッサ従姉さんやエリオット、アザレアにはともかく、ドミニクには僕の形式プログラムを噛ませない魔術行使に関しては何一つ開示していない。それこそ従姉さんから口伝てに僕の才能を知りえたか、あるいはさっきのエリオットとの遣り取りである程度の事情を察されたかだが、いずれにせよチンピラの頭目に過ぎないこんな程度の人間に手の内を見透かされているというのが、何より面白くなく不愉快だった。


「い、命乞いの、つもりか」


「そうさ、命乞いさ。それとも、目に見えて下等な俺の嘆願すら聞き入れてくれないってのかい? ああそうだ、さっきキの字って言ったことを真に受けて、それで怒ってるのか?」


「僕はイカレてなんかない」


「そうだな、その通りさ。悪かった、あんまりお前が血相変えて俺たち一般人に絡んでくるもんだから、怯えちまったんだよ。何せホラ、俺やエリオットの野郎は、何の才能もない一箱いくらの凡才なのさ。イヤ悪かった、そうだな、お前からしたらイカレて見えるのは俺たちの方だものな。なにぶん俺は学も教養もないから、うまくコミュニケーションを測りかねていたんだ。許してくれよ、な」


「一体、何が言いたいっていうんだ。生憎、僕は劣等生だとか、そういう罵りにはな、慣れてる」


「強いて言えば好奇心さ。普段はお優しいアルフレート様が、白昼堂々無辜の学生を相手に誰が死んだ誰が殺しただの、物騒な詰問で押しつぶしてるじゃないか。心地よい休日の日光浴を取り止めてでもほじくりに行く価値がある出来事だ。それで、誰が何を殺したんだ? あの淫蕩エリオットが誰を殺ったって?」


「言っても信じない。説明のしようがない」


「そりゃあそうだ。上で聞いてたって、賢くない俺はアルフレート様のように理解が及ばなかったからな。ただ、心当たりがないわけじゃなかったさ。だからこそ俺はこうして首を突っ込ませてもらっている」


「心当たり……」


「象牙の塔にこもりきりの賢者様は、愚かな生徒たちの間で囁かれる都市伝説に興味はないかね? 実習棟で死んだ女についてだよ」


「要点……だけは」


 エリオットから口頭で聞かされた、学校内で流行している悪趣味なゴシップの一つだ。自殺を企てた女が様々な死に方を試すものの死にきれず、満身創痍のまま屋上へ上って、そこから飛び降りてようやく死んだ、とかいう噂だ。


「ジルケ・ヘラーという女が、実際に実習棟で死んでいる。施錠されていたはずの屋上から飛び降りてな。二、三年前の丁度いまごろ、納魂祭を前にした時期に、その女は血と骨を草藪にぶちまけておっ死んだ。生徒や教員に緘口令が敷かれた。口の軽い阿呆学生が、マスコミにあることないこと吹きこまねえようにな。そりゃそうだ、神樹を奉る行事を前にそんな不祥事を大々的に報道されたらまずいからな。その後三日も経たないうちにマスコミには嗅ぎ付けられたものの、幸か不幸か、ジルケ・ヘラーが実名で報道されるなんてことはなかった。ツェレファイスの学園に妙な悪評が付きまとうようなこともまた、なかった」


 新参の外部生のお前は知らんだろうがな。ドミニクはいちいちそう付け加えた。


「や、やけに……詳しいんだな。詳しすぎるくらいだ」


「俺が殺したとでも思ってるのか? 売りモンになりそうにないような芋臭ぇ田舎者を、わざわざ俺が?」


 尾籠な邪推を憚りもせず、ドミニクはにたにた笑いながら、故人であるジルケ・ヘラーを嘲るように語った。


「実習棟に幽霊がいるかどうかは、俺本人が確かめたことはないからわからんさ。ただ、ジルケ・ヘラーの自殺と学内の緘口令が、今なお口伝されるくだらん都市伝説として変形して、神樹そっちのけで祭り上げられちまっているのは事実さ。お偉方や監督生にとっちゃ、これっぽちも面白くねえ話だろうがな」


「そのジルケ・ヘラーと僕の話……エリオットと、何の関係があるんだよ」


「ジルケ・ヘラーが最期に会っていたであろう男がエリオット・アイスラーだとしたらどうする?」


「は……?」


「ジルケ・ヘラーは死の半年前ごろから精神を病んでいた。誰とも口を利かずに、そのうち女子寮を引き払った。自分で借りたマンションの一室から講義に出席するわけでもなく、かろうじてレポートや論文を提出することで、生徒の体面を繕っていた。心神耗弱の原因は、おそらくは人間関係の縺れかそれに類する問題に関して。ここまでは耳聡い内部生なら誰だって知ってる内容さあ」


 いかにも三流週刊誌が喜びそうな話だな。ドミニクはそう補足した。


「ジルケは、エリオット・アイスラーとできてたのさ。エリオットにしたら何番目かは知らねえが、少なくともヨソの女と比べて相当入れ込んでたはずだ。お偉方がわざわざ強制力が疑わしい緘口令なんぞを阿呆なクソガキども相手に敷いたのは、これが原因なんだよ。あの優男が殺したかなんかは問題じゃない、そもそもジルケが死んだ当日の奴にはアリバイがあったらしいしな。遺体からヤツの精液だ唾液だが見つかったとしても、すなわちヤツが殺したことにはならない。かと言って、警察もみすみす参考人を放っておくわけにもいかねえからな。学校側にしたら、生徒同士のシモの関係をコントロールできずに自殺者を出した施設だなんてレッテルは御免被りたいだろうよ。事を荒立てたくなかった学校側はプレイボーイを引き渡し、騒動の収束を図った。警察発表に関してだけは、ある程度の意図を反映させることができたんだよ。結局奴は納魂祭で羽目を外すこともできず、強面のお巡りさんからコッテリ絞られることとなったわけだ」


 ドミニクは一歩、僕に詰め寄った。


「そんな腫物扱いの野郎を、俺たちはあたたかく見守ってきてやったんだよ。顔は無駄に広いわけだからな、ちょっとしたお仕事を任せたら、存外真面目に働いてくれるもんだからよ。わかるか? 俺ぁエリオットくんのお目付け役でもあるんだよ。親友のお前より、ちょっとばかし一部が親密ではあるがな。そんな俺が彼の粗相に気づかなかったとくりゃあ、監督不行き届きもいいところじゃねぇか。そういうのってよくないよなぁ?」


 ドミニクとエリオットの関係や、彼らが従事しているお仕事とやらを追求するつもりはなかった。今となっては、彼らがどういった一面を持っていようが、興味が湧かなかった。その結果がどんな惨事を招いたところで、僕には何も関係ない。何があっても自業自得だし、僕を巻き込まなければどうなろうが知った事ではなかった。


「俺のいう心当たりってのは、このエリオットとジルケの関係のことについてだよ。お前がどこからかジルケの存在を知って、義憤に駆られてあのヤリチン野郎に詰め寄ったんだと思ったのさ。だがな、エリオット・アイスラーは誰も殺しちゃいない。間接的にジルケを死なせたかどうかは俺の管轄外だが、そっちの場合はジルケ本人に問題があったんだろうよ。それ以降に奴がヘマをしただとか、誰ぞをバラしただとかの話は聞いてねえ。第一、女を口説き落とす以外に能のねえあいつが下手人になったら、俺たちが動くまでもなく御用だろうよ、さすがにあれを取り逃がすほどツェレファイスの警察はマヌケじゃねえ。それとも裏でも取ったのか?」


 ドミニクは馴れ馴れしく僕の肩に手を置いて、吐息がかかるほどの距離から耳元に囁きかけてきた。


「お前が何を見たかは知らんが、痛くもない肚を探られる方の身にもなってやったらどうだい」


「だから信用しろっていうのか? お前なんかに分かるもんか、僕がどんな目に遭ったか……」


「知らねェよ、おたくと違って俺たちはそう想像力豊かじゃねぇんだわ。エリオットがただの性欲猿なのは俺が担保してやれるがな。お前のその物騒な妄想は、テメェの脳味噌でこねくりかえして出来上がったテメェにしか理解できないもんだろう」


 わずかに、僕の肩に添えられた手に力がこもった気がした。


「自意識過剰もほどほどにしてくんねェかなあ。お前が思ってるほど俺たちはエラーイ天才のお前に興味ねェんだよ。お前のおかしな魔術にも、お前本人にもさぁ。普通の人間はお前なんかにチョッカイかけてられるほど暇でもねェだろ?」


 そう吐き捨てるように言うと、ドミニクは打って変わって破顔して見せ、ぱんぱんと僕の肩を軽く叩いた。尻のポケットから四つ折りの紙幣を取り出すと、ドミニクは僕の胸ポケットにそれを差し込んだ。


「どういうつもりだよ」


「じゃあなミスター・シルヴェストリ。親友の小便垂れによろしく」


 捨て台詞めいた言葉をこちらに投げかけてきたドミニクは踵を返し、寮の屋上から去っていった。


 手掛かりは空振りに終わった。ついさっきの自分の行為によって生じた苦い後悔が、腹の底で重く鉛のように凝り固まって沈んでいた。給水タンクの日陰は、上ってきたときよりも広くなっていた。世界樹の葉鳴りだけがさわさわと響く屋上で、ようやく冷静になりつつあった僕だけが、そこにぽつんと立ち尽くしていた。

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