↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/10

第10話 ノックアウト

ノックアウトの余韻は、しばらく体育館から消えなかった。


歓声と拍手が何度も何度も響き渡る中、茜はリングの中央で肩を上下させながら静かに呼吸を整えていた。


汗で濡れた真っ赤なグローブが、照明を受けてきらりと光る。


全身は悲鳴を上げるほど痛かった。それでも心は、不思議なほど穏やかだった。


猛田はレフェリーと保健の先生に支えられ、医務室へと運ばれていく。うつむいた男子ボクシング部員たちも、言葉を失ったままリングを後にした。


その姿を見届けると、張り詰めていた空気が一気にほどける。


「やったぁぁぁ!」

「茜ちゃん最強!」


女子生徒たちの歓声が体育館いっぱいに広がった。


涙ぐみながら拍手を送る者。友達と抱き合って喜ぶ者。飛び跳ねながら何度も「すごい!」と叫ぶ者。


その笑顔は、ただ試合に勝ったことを喜んでいるだけではなかった。


これまで猛田の横暴や威圧に苦しんできた日々から、ようやく解放された喜びだった。


その時、桃子がリングへ駆け上がる。


「茜っ!」


勢いよく抱きついた桃子の体は、小刻みに震えていた。


「本当に勝ったんだね……。怖かった……でも、すごくかっこよかった……!」


涙が茜の肩へ落ちる。


茜は痛む腕でそっと桃子を抱き返し、優しく微笑んだ。


「もう大丈夫。」


その一言だけで十分だった。


「もう誰も桃子を傷つけさせない。約束守れたよ。」


桃子は何度も頷き、嬉し涙を流した。


やがて佐藤先生がリングへ上がってくる。


二人の肩にそっと手を添え、穏やかな笑みを浮かべた。


「本当によく頑張ったわ。茜、最後のアッパーカットは見事だった。二か月間積み重ねてきた努力が、あの一撃に全部詰まっていたわね。」


茜は少し照れくさそうに笑った。


その夜。


校舎の屋上では、小さな打ち上げが開かれていた。


豪華な料理はない。


ジュースとおにぎりだけの、ささやかな祝勝会。


それでも誰もが笑顔だった。


「茜ちゃん、本当にありがとう。」


一人の女子生徒が目を潤ませながら言った。


「私も猛田に嫌な思いをさせられたことがあって……。今日の試合を見て、すごく勇気をもらえた。」


茜は真っ赤なグローブを膝の上に置き、小さく首を振る。


「ありがとう。でも、この勝利は私一人のものじゃないよ。桃子がいて、先生がいて、みんなが応援してくれたから勝てたんだ。」


その言葉に、屋上は温かな拍手に包まれた。


翌日から、学校の空気は目に見えて変わった。


猛田は一連のいじめ行為について厳しい指導を受け、男子ボクシング部でも孤立することとなった。


廊下ですれ違う女子たちは、以前とは違う明るい表情で茜に声を掛ける。


「おはよう、茜ちゃん!」


「昨日、本当にすごかった!」


笑顔が学校に戻ってきた。


そして何より、桃子が以前のような優しい笑顔を取り戻したことが、茜には一番嬉しかった。


放課後、いつものカフェ。


窓から差し込む夕日を眺めながら、桃子はそっと茜の手を握る。


「本当にありがとう。」


その声は穏やかだった。


「茜が強くなってくれたから、私はまた前を向けるようになれた。もう怖くない。」


茜も優しく手を握り返す。


「私も桃子を守りたいって思えたから強くなれたんだよ。これからは二人で、一緒にもっと強くなろう。」


桃子は満面の笑みで頷いた。


数日後の放課後。


軽い練習を終えた二人は、夕焼けに染まる屋上で並んで座っていた。


赤く染まる空は、茜のグローブによく似た色をしていた。


「ねえ、茜。」


桃子が静かに尋ねる。


「これからもボクシング、続けるよね?」


茜は迷うことなく頷いた。


「もちろん。先生みたいに全国大会を目指したい。それに、新しい部員も集めて、みんなが安心して集まれるボクシング部を作りたいんだ。」


少し離れた場所から、その様子を見守る佐藤先生は静かに微笑んだ。


「二人とも、本当に立派になったわ。」


茜の傍らには、あの日の真っ赤なグローブが置かれていた。


それはもう、勝つためだけの道具ではない。


仲間を守る勇気。

努力を積み重ねた日々。

そして、決して諦めない心。


そのすべてを刻んだ、大切な証だった。


猛田の影は、もう学校にはない。


穏やかな日常が少しずつ戻り始めていた。


だが、茜と桃子の挑戦は、ここで終わりではない。


二人が歩む未来には、きっと新しい仲間との出会い、新たなライバル、そしてさらに大きな夢が待っている。


夕焼け色に染まる空を見上げながら、二人は並んで歩き始めた。


その物語は、まだ始まったばかりだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


この物語は、「守りたい人がいるから強くなれる」という想いを込めて書きました。


特に最後のアッパーカットは、2ヶ月間の努力と、桃子を守りたいという純粋な想いの結晶です。


この話が、読んでくださった皆さんの心に、少しでも「強くなりたい」「大切な人を守りたい」という気持ちを灯せていたら嬉しいです。


コメントや評価をいただけると次回作の励みになりますので、是非よろしくお願いします。


また次回作で、お会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。