第1話 日常の終わりと、決意の始まり
茜と桃子は、高校2年生の同じクラスで、入学したときからずっと仲良しの親友だった。
朝の登校時から一緒に歩き、授業中は目配せを交わして笑い合い、放課後になると自然と一緒に校門を出る。
それが二人の日常だった。
その日の放課後も、いつものように二人は校門を出て、近くの公園をぶらぶらと歩いていた。
春の柔らかい風が、桜の花びらを舞わせている。
桃子がアイスコーヒーのストローをくわえながら、ため息をついた。
「今日も猛田の奴、誰かに絡んでたよね……。一年生の後輩が可哀想だった」
茜は隣でうなずきながら、眉をひそめた。
「ほんと、ボクシング部の部長なのに性格最悪。強いのになんであんなに弱い者いじめばっかりするんだろう。関わらない方がいいよ、絶対に」
二人は公園のベンチに腰を下ろした。
桃子は缶を両手で包むように持ちながら、少し寂しそうに笑った。
「私たちみたいな普通の女子は、特に近づかない方が安全だよね」
「うん。桃子は優しすぎるから、変な奴に狙われやすいんだよ。気をつけなよ?」
他愛もないおしゃべりをしながら、ジュースを飲み、笑い合う。
そんな時間が、二人の何よりの癒しだった。
茜にとって桃子は、ただのクラスメイトではなく、家族のような存在だった。
桃子もまた、茜がいてくれるから毎日学校に来られるのだと思っていた。
しかし、そんな平穏な日常は、ある晴れた放課後に突然崩れ去った。
その日、桃子は猛田に校舎裏に呼び出された。
放課後の柔らかい陽射しが、コンクリートの地面に長い影を落としていた。
「桃子、俺のこと好きだろ? 付き合えよ」
猛田は自信満々に腕を組み、にやりと笑った。
ボクシングで鍛えられた大きな体躯と、厳つい顔立ち。
周囲の女子からは「強そうでカッコいい」と言われることもある男だったが、桃子は一瞬も迷わなかった。
「ごめんなさい、猛田くん。私は猛田くんのこと、好きじゃないです」
きっぱりとした声で、桃子は首を横に振った。
猛田の表情が一瞬で凍りついた。
次の瞬間、顔が怒りに歪む。
「は? お前みたいな地味で目立たない女が、俺を振るって? ふざけんなよ!」
その言葉が、すべてのはじまりだった。
翌朝から、桃子へのいじめが始まった。
ロッカーの中には生ゴミと落書き。
休み時間には取り巻きの男子たちがわざと強くぶつかってきては笑い、廊下では足を引っかけられ、教科書を隠される。
帰り道では後ろから「ブス」「気取るな」「振られた女」といった陰口が聞こえてきた。
桃子は必死に耐えていた。
教室では笑顔を作り、茜の前でも「大丈夫だよ」と言い聞かせた。
でも、心の中は毎日子どもみたいに震えていた。
茜はすぐに異変に気づいた。
桃子の笑顔が少し強張っていること、目が泳いでいること、スマホを見る手が微かに震えていること。
すべて、親友だからこそわかる小さな変化だった。
ある雨の降る放課後、いつものカフェで桃子はついに限界を迎えた。
窓の外では雨が激しく叩きつけている。
桃子はホットミルクを前に、突然ぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめん、茜……もう限界。怖くて、学校に来るのも嫌になってきた……助けて……」
震える声で、桃子はこれまでのすべてを、途切れ途切れに話した。
ロッカーのゴミ、足を引っかけられること、陰口、SNSでの中傷——。
茜は拳を強く握りしめた。
胸の奥から、熱い怒りと、守りたいという強い想いが込み上げてくる。
桃子の泣き顔を見るのは、もう二度と嫌だった。
「私、強くなるよ。猛田をやっつける」
茜の声は静かだったが、揺るぎなかった。
桃子が驚いた顔で茜を見上げた。
「茜……?」
「本気だよ。桃子、全力でサポートして。私たち二人で、絶対に負けない」
桃子は涙を拭い、ゆっくりと、でも力強くうなずいた。
「うん……一緒に頑張ろう! 茜がそう言うなら、私も……頑張る」
カフェの窓に、雨が激しく打ちつけていた。
二人の決意は、まだ小さな炎だった。




