第2話 罪人にされた僧侶
石畳の上を、半ば引きずられるように歩かされる。
腕に巻かれた魔封じの鎖は、冷たくて重かった。
ただの金属じゃない。
触れている場所から、じわじわと身体の奥へ鈍い痛みが染み込んでくる。
僧侶として使う小さな祈りさえ、喉元で押し潰されるようだった。
「違うんです……本当に、俺は何もしてません……」
何度目かわからない言葉を口にする。
けれど、前を歩く兵士は振り返りもしなかった。
「黙って歩け」
短い声が返ってくるだけだった。
王都の朝は、昨日と同じように賑やかだった。
露店を開く商人。
焼きたてのパンの匂い。
学校へ向かう子どもたちの笑い声。
その中を、俺だけが別の世界に落ちたみたいに歩いている。
道行く人たちが、足を止めてこちらを見る。
「あれ、昨日追い出された勇者パーティーの僧侶じゃないか?」
「もう捕まったのかよ」
「金を盗んだって話だろ」
「やっぱり怪しかったんだな」
小さな声だった。
でも、全部聞こえた。
視線が痛い。
石を投げられたわけでもないのに、胸の奥が何度も抉られる。
俺は下を向いた。
顔を上げる勇気がなかった。
もしかしたら、本当に俺が何か間違えたのだろうか。
気づいていないだけで、何か重大な失敗をしていたのだろうか。
そんな馬鹿みたいな考えまで浮かんでくる。
でも、横領なんてしていない。
国家機密を漏らした覚えもない。
それだけは、はっきりしている。
俺は勇者パーティーの中で、資金管理を任されていた。
いや、任されていたというより、押しつけられていたに近い。
カイルは細かい帳簿を見るのを嫌った。
セリアは「数字なんて見てると眠くなる」と言った。
ロイドは魔術研究の方が大事だと言い、ミーナも貴族の作法は知っていても、遠征費の出入りを毎日確認するような仕事は好まなかった。
だから、自然と俺がやることになった。
宿代。
食費。
回復薬や解毒薬の補充。
馬車の手配。
遠征先で使う地図や消耗品の購入。
王国から支給される支援金と、討伐報酬の管理。
面倒だったけれど、俺にできることはそれくらいしかないと思っていた。
戦えない分、せめて雑務くらいはきちんとやらなければと。
だから、帳簿は一日も欠かさずつけていた。
一枚の硬貨だって誤魔化したことはない。
なのに。
「着いたぞ」
兵士に肩を押され、俺は顔を上げた。
王都警備隊の詰所だった。
灰色の石でできた建物は、朝の光を浴びても少しも明るく見えない。
中へ通されると、空気がひんやりしていた。
鉄と古い紙と、わずかな血の匂いが混ざっている。
俺は狭い部屋に連れていかれた。
窓は小さい。
机が一つ。
向かい合う椅子が二つ。
取り調べ室。
そう理解した瞬間、喉がひどく乾いた。
兵士の一人が俺を椅子に座らせる。
鎖は外されない。
そのまましばらく待たされたあと、年配の男が入ってきた。
胸当てに隊長章を付けた、厳しい顔の男だった。
「王都警備隊副隊長、ガレスだ」
名乗ったあと、彼は机の上に書類の束を置いた。
「こういち。お前には四つの嫌疑がかかっている」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「勇者パーティー支援金の横領。遠征情報の漏洩。国家への背信。聖職者としての不正行為」
改めて言葉にされると、あまりにも重かった。
横領。
漏洩。
背信。
不正。
どれも、俺とは縁のないはずの言葉だ。
「違います」
俺はすぐに首を振った。
「俺は金なんて盗ってません。遠征情報も誰にも話してない。何かの間違いです」
ガレスは俺の言葉を遮らずに聞いていた。
でも、信じている顔ではなかった。
「全員そう言う」
その一言で終わった。
彼は書類を一枚めくる。
「支援金の一部が、三か月前から継続的に消えている」
「消えてる……?」
「勇者パーティーに支給された金貨のうち、帳簿上の支出と実際の残額が合わん」
そんなはずがない。
俺は毎回、残額を確認していた。
遠征の前後にも必ず見直していた。
「見間違いです。俺、ちゃんと記録して……」
「これを見ろ」
机の上に、一冊の帳簿が置かれた。
それは見覚えのある革表紙だった。
勇者パーティーの資金帳簿。
俺がずっとつけていたものだ。
けれど、開かれた頁を見て、息が止まった。
そこには覚えのない出金記録が並んでいる。
金貨三十枚。
金貨五十枚。
金貨二十枚。
用途不明。
署名、こういち。
「な……」
喉が詰まる。
確かに筆跡は、俺のものに似ていた。
癖までよく似ている。
でも、書いた覚えなんてない。
「違う……これ、俺じゃ……」
「署名はお前のものだ」
「似せて書かれたんです。俺、こんなの知りません」
ガレスの目が細くなる。
「筆跡鑑定では本人の可能性が高い」
「そんな……」
頭がくらくらした。
ありえない。
誰かが俺の帳簿に手を加えた?
でも、そんなことができるのは、同じ宿にいて、帳簿の保管場所を知っている人間だけだ。
俺はぞっとした。
まさか。
いや、でも。
そんなこと、仲間がするはずがない。
そう思いたかった。
「次だ」
ガレスは別の紙を出した。
王都近郊の地図だった。
赤い印で、遠征ルートと補給地点が書き込まれている。
「先月の魔物討伐遠征で、勇者パーティーの補給地点が魔物の群れに襲われた」
俺も覚えている。
補給馬車が横転し、薬草や食料が駄目になった。
あのときは偶然だと思っていた。
「さらに二週間前、南街道の野営地点に盗賊が先回りしていた」
それも知っている。
カイルたちがすぐに追い払ったが、妙に正確な待ち伏せだった。
「どちらも、事前に遠征情報が漏れていなければ起こり得ん」
ガレスは地図を指先で叩いた。
「そして、その写しが、お前の持ち物の中から見つかった」
「え?」
「安宿の荷からだ」
意味がわからなかった。
俺の荷物には、古い杖と聖典と替えのローブしかない。
地図なんて入れていない。
「そんなもの、持ってません」
「見つかっている」
冷たい断定だった。
俺は必死に思い返した。
宿に入ってから、荷物はほとんど触っていない。
夜は聖典を開いただけだ。
なら、どうして。
考えれば考えるほど、背筋が冷えていく。
「誰かが入れたんです……」
ようやく絞り出した声は、ひどく弱かった。
ガレスは何も言わない。
信じていないのがわかる。
当然だ。
証拠ばかりが、俺を犯人だと言っている。
「それだけではない」
さらに一枚、書面が置かれた。
それは、供述書だった。
一番上に書かれている名前を見て、俺は目を見開いた。
勇者カイル。
手が震えた。
「カイル……?」
ガレスが読み上げる。
「被疑者こういちは以前より支援金の管理に執着しており、詳細の確認を求めても帳簿を見せたがらなかった。また遠征内容について外部の者に話している場面を、私は数度目撃している」
俺は息をするのも忘れた。
嘘だ。
帳簿は、求められればいつでも見せた。
というより、ほとんど誰も見ようとしなかった。
遠征内容を外で話したことなんて、一度もない。
「嘘です……」
ガレスは次の紙をめくる。
「剣姫セリア。被疑者は自分の能力不足を理由に、以前からパーティーに対して不満を漏らしていた。金銭に困っている様子もあった」
「そんなこと……」
金に困っていたのは事実だ。
でも、それは自分の装備を後回しにして、必要な薬や包帯を優先していたからだ。
不満だって、漏らしたことはない。
迷惑をかけている自覚ばかりで、文句なんて言える立場じゃなかった。
「大魔導士ロイド。被疑者の支援魔法は効果が不明瞭であり、常に何らかの隠し事をしているように見えた。情報管理上、以前から危険視していた」
胸の奥が重く沈んだ。
ロイドらしい、冷たい文章だった。
だからこそ、本当に彼が書いたのだとわかってしまう。
「そして聖弓ミーナ」
その名前で、心臓が強く縮んだ。
見たくなかった。
聞きたくなかった。
けれど、ガレスの声は止まらない。
「被疑者は追放前夜、ひどく取り乱していた。何をするかわからない不安があった。支援金の一部を隠している可能性が高い」
頭の中が真っ白になった。
ミーナまで。
最後に小さくでも庇ってくれるかもしれないと、どこかで思っていた。
思っていたのに。
「……どうして」
ぽつりと、声が漏れた。
ガレスが眉をひそめる。
俺は彼を見ていなかった。
机の上の供述書だけを見ていた。
四人の名前。
四人の署名。
四人の言葉。
全部が、俺を罪人にしていた。
「どうして、こんな……」
昨日まで一緒に戦っていた。
同じ卓を囲んでいた。
同じ宿に泊まっていた。
俺は役に立たないかもしれない。
邪魔だったのかもしれない。
でも、だからって。
「俺、何もしてないのに……」
視界が滲んだ。
泣きたくなかった。
ここで泣いたら、余計に惨めだと思った。
でも、止められなかった。
「本当に、盗んでません……。話してません……。みんな、知ってるはずなのに……」
ガレスは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
やがて、低い声で言った。
「お前の言い分は記録する」
それは慰めではなかった。
ただ手順として告げられただけだ。
「だが現状、証拠も証言もお前に不利だ。勇者パーティーは王国の象徴だ。その全員が一致して証言している以上、こちらも軽くは扱えん」
俺は何も言えなかった。
王国の象徴。
その言葉が、重くのしかかる。
カイルたちは英雄だ。
街を救い、人を守り、称賛される存在だ。
一方の俺は、たった今追放されたばかりの、弱い僧侶。
信じられるのはどちらか。
答えなんて、最初から決まっている。
「隠した金はどこだ」
ガレスが問う。
「まだ回収できていない分がある。吐けば情状の余地もあるぞ」
「知りません……」
「協力しろ」
「本当に知らないんです」
何度言っても、空気は変わらなかった。
その後も、取り調べは長く続いた。
いつから盗み始めたのか。
誰に情報を流したのか。
金はどこに隠したのか。
共犯者はいるのか。
同じ質問が、何度も形を変えて繰り返される。
俺はそのたびに「知りません」「やっていません」と答えた。
答えるほど、自分の言葉が薄っぺらくなっていく気がした。
昼を過ぎた頃には、喉は痛み、頭も回らなくなっていた。
やがてガレスは書類をまとめ、立ち上がる。
「ひとまず今日は牢へ入れる」
「待ってください……」
かすれた声で、俺は呼び止めた。
「カイルたちに……会わせてください。何かの間違いなんです。直接話せば……」
ガレスは扉の前で止まった。
振り返った顔に、わずかな同情があった気がした。
でも、それも一瞬だった。
「明日の予備審問で証言に立つ予定だ」
その言葉で、血の気が引いた。
明日。
四人は、裁きの場で俺を告発する。
「……そんな」
「お前もそこで弁明しろ」
それだけ言って、ガレスは出ていった。
俺は椅子に座ったまま動けなかった。
明日になれば、何か変わるだろうか。
カイルたちが「やっぱり嘘でした」と言ってくれるだろうか。
ミーナが、少しでも迷った顔を見せてくれるだろうか。
そんな都合のいいこと、あるはずがない。
わかっている。
それでも、諦めきれなかった。
兵士に立たされ、地下牢へ連れていかれる。
石段を下りるたび、空気は湿って重くなった。
薄暗い通路の奥で、誰かのうめき声が聞こえる。
鉄格子の扉が開いた。
中は狭かった。
藁が少し敷かれているだけの、冷たい牢だった。
「入れ」
背中を押され、俺はよろめきながら中へ入る。
扉が閉まる。
鉄と鉄がぶつかる音が、やけに大きく響いた。
ひとりになって、ようやく息を吐いた。
でも、少しも楽にならない。
俺は壁にもたれ、そのまま座り込んだ。
腕の鎖が重い。
身体が寒い。
頭の中では、さっき見せられた供述書が何度も繰り返される。
勇者カイル。
剣姫セリア。
大魔導士ロイド。
聖弓ミーナ。
仲間の名前のはずなのに、今はまるで刃みたいだった。
「どうしてだよ……」
声が、暗い牢の中に吸い込まれていく。
返事はない。
俺は膝を抱えた。
胸の奥が、またかすかに熱を持つ。
何度か感じたことのある、あの曖昧な熱だった。
緊張のせいかもしれない。
眠れていないせいかもしれない。
今は、そんなことを考える余裕もなかった。
俺はただ、浅く息を吐く。
魔封じの鎖のせいで、祈りの感覚さえうまく掴めない。
俺は目を閉じた。
明日、裁かれる。
王国の英雄たちが、俺の罪を証言する。
誰も俺を信じないまま、全部が決まっていくのかもしれない。
冷たい石床の上で、俺はただ小さく震えることしかできなかった。
どれくらいそうしていたのか、わからない。
気づけば、鉄格子の向こうが少し白んでいた。
朝だった。
眠れた気はしない。
身体は重く、頭の奥は鈍く痛んでいる。
それでも時間だけは、勝手に進んでいく。
やがて足音が近づいてきた。
「出ろ」
兵士が牢を開ける。
俺はふらつきながら立ち上がった。
腕の鎖が鳴る。
その音が、自分がもう罪人として扱われていることを嫌でも思い知らせた。
地下牢を出て、再び石の廊下を歩かされる。
連れていかれたのは、昨日の取り調べ室ではなかった。
もっと広い建物。
高い天井。
壁に刻まれた王国の紋章。
裁きの間だった。
中にはすでに人が集まっていた。
役人。
警備兵。
書記官。
そして、傍聴席には見物人までいる。
俺が入った瞬間、ざわめきが起きた。
「あれが例の僧侶か」
「勇者パーティーの金を盗んだって」
「国家機密まで売ったらしいぞ」
好き勝手な声が耳に刺さる。
俺は俯いた。
正面の高い席には、裁判官らしい老年の男が座っている。
その左右には、王国の文官と教会関係者らしき者たちが並んでいた。
逃げ場なんて、最初からなかった。
「被疑者こういち、前へ」
呼ばれて、俺は中央へ進む。
床に刻まれた円の中で立たされる。
まるで見世物だった。
「これより、勇者パーティー元所属僧侶こういちに対する予備審問を行う」
抑揚のない声が、広い空間に響く。
罪状が読み上げられる。
勇者パーティー支援金の横領。
遠征情報の漏洩。
国家への背信。
聖職者としての不正。
ひとつ読み上げられるたびに、胸が冷えていった。
「被疑者、申し開きはあるか」
裁判官が俺を見下ろした。
「……やっていません」
声が掠れる。
「俺は、何もしていません。金も盗んでいないし、情報も漏らしていません」
自分でも頼りない言い方だと思った。
もっと強く言わなければいけないのに、喉が震えてうまく声が出ない。
傍聴席のどこかで、失笑が漏れた。
「では証人を」
横の扉が開き、カイル、セリア、ロイド、ミーナの四人が順番に証言台へ立った。
内容は、ほとんど同じだった。
俺が金に執着していたこと。
以前から不満を抱いていたこと。
遠征情報を扱える立場にいたこと。
追放前後の様子が不審だったこと。
どれも嘘だった。
「違います……」
俺は何度かそう言った。
だが、誰も止まらなかった。
王国の英雄である四人の証言は、それだけで十分だった。
傍聴席の人間も、裁判官も、最初から彼らを信じていた。
俺の否定は、ただの言い訳として流される。
帳簿の改ざんも。
荷物から出たことにされた地図も。
四人の証言も。
全部が、最初から俺を有罪にするために並べられているみたいだった。
「被疑者、反論は」
そう言われて、俺は必死に首を振った。
「俺は、やってません……。金も盗ってないし、情報も漏らしてません……」
でも、自分でもわかる。
その声は弱かった。
頼りなかった。
勇者たちの断言の前では、あまりにも薄かった。
裁判官は短く書面を確認しただけで、ほとんど間を置かなかった。
「証拠物件、証人証言、ならびに被疑者の供述を総合して判断する」
「被疑者こういちは、有罪」
あっさりと告げられたその一言で、世界が遠くなった。
俺が必死に否定してきたことも。
昨夜からの取り調べも。
全部、何の意味もなかったみたいに。
「判決を申し渡す」
裁判官の声だけが、妙にはっきり耳に残る。
「聖職者資格剥奪。財産没収。犯罪奴隷化。北方鉱山での終身労役を命じる」
終身。
一生。
死ぬまで、鉱山。
死ぬまで、奴隷。
「……待ってください」
気づけば、そう言っていた。
「俺は、本当にやってないんです……! お願いです、もう一度調べてください……!」
けれど、裁判官は顔色ひとつ変えなかった。
「判決は覆らん」
それで終わりだった。
俺の人生が壊れるのに、あまりにも簡単すぎた。
続いて教会関係者が立ち上がり、聖職者資格の剥奪と破門を淡々と読み上げる。
本来なら神聖であるはずの言葉が、今は断罪のためにしか使われていなかった。
俺は何も言えなかった。
兵士たちに両腕を掴まれ、別室へ引き立てられる。
そこには鉄の首輪が置かれていた。
ひと目でわかった。
犯罪奴隷用の魔封じの首輪だ。
「やめ……」
声が掠れる。
兵士は聞かない。
冷たい金属が首に触れる。
次の瞬間、びりっと全身に衝撃が走った。
「っ……あ……!」
息が詰まる。
膝から崩れ落ちた。
首輪の内側に刻まれた術式が、身体の中の魔力を無理やり押さえ込んでいく。
痛い。
苦しい。
まるで首元から魂ごと締め上げられているみたいだった。
「装着完了」
事務的な声が聞こえる。
俺は床に手をついたまま、浅い呼吸を繰り返した。
僧侶として使ってきた祈りの感覚が、さらに遠のく。
指先の先から、何か大切なものが抜け落ちていくようだった。
「本日中に北方輸送隊へ引き渡す」
誰かがそう言った。
もう、誰の声かもわからなかった。
そのまま俺は、首輪と鎖をつけられたまま、詰所の奥にある留置房へ戻された。
北方への輸送は、明朝。
それまでここで待機だと、兵士は事務的に告げた。
狭い石の部屋に押し込まれ、扉が閉まる。
外から鍵のかかる音がした。
俺はその場に崩れ落ちた。
もう、何を考えればいいのかわからなかった。
勇者パーティーを追放されて。
身に覚えのない罪を着せられて。
裁判で切り捨てられて。
奴隷に落とされた。
たった二日で、全部失った。
聖職者としての資格も。
自由も。
名前さえも。
これから先、俺は罪人奴隷として死ぬまで鉱山で働く。
その現実だけが、鈍く胸に沈んでいく。
ふと、胸の奥に小さな熱が残っていることに気づいた。
首輪をつけられてなお、完全には消えていない、曖昧な熱。
でも、それが何なのか、俺にはわからない。
ただ、疲れと痛みのせいだろうと思った。
どれくらいそうしていたのか、わからない。
気づけば、房の外はすっかり暗くなっていた。
そのとき、廊下の向こうから足音が近づいてくる。
兵士が鉄格子の前で止まった。
「こういち」
掠れた声で、俺は顔を上げる。
兵士は無表情のまま言った。
「面会だ」
こんな罪人に、今さら誰が会いに来るんだ。
そう思った次の瞬間、兵士の口から出た名前に、俺は息を呑んだ。
「勇者カイルが来ている」
第2話を読んでいただき、ありがとうございました。
こういちはついに有罪となり、すべてを失いました。
そして次は、勇者カイルとの面会です。
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