第1話 回復魔法が弱い僧侶
はじめまして。追放と冤罪から始まる、自己評価の低い僧侶の物語です。
第1話は、勇者パーティーを追放されるところから始まります。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
「こういち。お前、今日でこのパーティーを抜けろ」
王都中央区にある高級宿の一室。
広い部屋の中央には、大きな丸テーブルが置かれている。
その言葉を聞いた瞬間、俺はうまく息ができなくなった。頭が真っ白になる。
勇者カイルの声は、驚くほど冷たかった。
怒鳴られたわけではない。
感情をぶつけられたわけでもない。
ただ、もう決まっていたことを伝えられただけ。
そんな声だった。
魔王討伐遠征の作戦会議をするため、俺たち勇者パーティー5人は大きな丸テーブルを囲んでいた。
勇者カイル。
聖剣に選ばれた王国最強の剣士。
剣姫セリア。
若くして剣術大会を三連覇した天才。
大魔導士ロイド。
王立魔術院を首席で卒業した魔法の怪物。
聖弓ミーナ。
遠く離れた魔物の急所を正確に射抜く、貴族出身の弓使い。
そして、僧侶の俺-----こういち。
この五人で、王国最強の勇者パーティーと呼ばれていた。
いや、違う。
王国最強と呼ばれていたのは、俺以外の四人だ。
俺はいつも、その後ろにいただけだった。
「……え?」
自分でも驚くほど情けない声が出た。
小さくて頼りない声だった。
カイルは椅子の背もたれに身体を預けたまま、俺を見た。
大きく足を組み俺のことを見下ろす。
その目には、仲間を見る温かさなんて微塵もなかった。
「聞こえなかったのか? お前はもういらないって言ったんだよ」
いらない。
その言葉が、胸の奥に沈んでいく。
重くて、冷たくて、息ができなくなるような言葉だ。
「俺が……ですか?」
「他に誰がいるんだよ」
カイルは呆れたように笑った。
「この中で一番使えないのは、お前だろ」
何も言い返せない。
本当は、聞き間違いであってほしかった。
冗談だと言ってほしかった。
けれど、部屋の空気はどこまでも重かった。
セリアは腕を組み、冷めた目でこちらを見ている。
ロイドは眼鏡の奥から、まるで資料でも確認するように俺を見ている。
ミーナだけは少し困ったような顔をしていた。
でも、彼女も俺に対して、勇者パーティに俺を庇うことなんて一言も何も言わなかった。
「お前の回復魔法、弱すぎるんだよ」
カイルは吐き捨てるように言った。
「治すのは遅い。光は弱い。毒も呪いも完全には祓えない。戦闘では後ろでおどおどしているだけ。正直、足手まといなんだよ」
胸が痛んだ。
それは、俺自身が一番気にしていたことだった。
俺の回復魔法は普通の僧侶に比べて派手ではない。
聖女のように、大きな光で重傷者を一瞬で癒やすことはできない。
高位神官のように、折れた骨をすぐに繋ぐこともできない。
魔物に直接ダメージを与えるような聖光魔法も、まともには使えない。
俺にできるのは、戦いの前に小さな祈りを重ねることだけだった。
疲れが少しでも残りにくくなるように。
怪我が悪化しないように。
毒に倒れないように。
呪いに飲まれないように。
魔力の巡りが乱れないように。
精神が折れないように。
毎朝、誰よりも早く起きて、四人に加護をかける。
戦闘が終われば、震える手で傷口に手を当てる。
夜になれば、眠っている仲間たちの状態をそっと確認する。
それだけだった。
俺の日課だった。
でも、それが本当に役に立っているのか、俺にはわからなかった。
誰かに褒められたことはない。
誰かに必要だと言われたこともない。
むしろ、治療が遅いと責められることの方が多かった。
「すみません……」
頭で考える前に、気づけば俺は謝っていた。
謝るべきなのかもわからないのに、口が勝手に動いていた。
セリアが大きくため息をつく。
剣士の名に恥じない、鋭い眼差し
呆れた目で俺のことを見下ろしている。
「その謝り方、本当に、嫌いなのよね」
「す、……すみません」
「ほら、また謝る」
セリアの声には、はっきりとした苛立ちが混じっていた。
「戦場でもずっとそう。自信なさそうな顔をして、後ろで震えてる。見ているこっちが不安になるのよ。そんな奴がいるだけで士気が下がるわ。」
「俺は……」
言いかけて、言葉が詰まった。
俺は何を言おうとしたのだろう。
頑張っています、とでも言うつもりだったのか。
でも、頑張っているだけで認めてもらえるほど、勇者パーティーは甘い場所ではない。
現に、カイルたちは結果を出している。
魔物を倒し、街を救い、王国中から称えられている。
今では最強の勇者パーティーと言われるほどだ。
それに比べて、俺はどうだ。
魔物を倒したこともない。
人々を沸かせるような奇跡を起こしたこともない。
ただ後ろで、小さな魔法をかけているだけ。
そう思うと、何も言えなかった。
ロイドが静かに口を開いた。
「客観的に見ても、君の能力は勇者パーティーの水準に達していない」
「……はい」
「回復職としては出力不足。支援職としては効果が不明瞭。戦闘職としては論外。魔力消費に対して得られる成果が少なすぎる」
「はい……」
ロイドの言葉は冷静だった。
だからこそ、余計に胸に刺さった。
怒鳴られるより苦しかった。
まるで、俺の存在価値を数字で計算されているようだった。
「君が毎朝、我々に何かしらの補助魔法をかけていることは知っている」
ロイドは淡々と言った。
「だが、効果が薄い。少なくとも、戦況を左右するほどの価値は確認できない」
俺は唇を噛んだ。
効果が薄い。
そう言われても、否定できなかった。
俺自身にも、よくわかっていないからだ。
自分がかけている魔法が、本当は何なのか。
なぜ、自然とその祈りができるのか。
なぜ、仲間たちの身体に手をかざすと、奥の方に小さな聖なる印が見えるような気がするのか。
わからない。
ただ、そうしなければいけない気がしていた。
守らなければならない。
壊れないように。
倒れないように。
死なないように。
そんな思いだけで、毎日続けていた。
「ミーナも……、同じですか?」
俺は最後の望みにすがるように、ミーナを見た。
ミーナは、何度か俺に礼を言ってくれたことがあった。
戦闘後、俺が傷を押さえながら治療していると、小さく「ありがとう」と言ってくれた。
その一言だけでも、俺には十分だった。
あの言葉があったから、俺はここまで続けられた。
ミーナは俺と目を合わせた。
ほんの一瞬だけ。
けれど、すぐに視線を落とした。
「……ごめん、こういち。」
それだけだった。
胸の奥で、何かが静かに崩れた。
ああ。
本当に、俺はいらなかったんだ。
「わかりました」
俺は絞り出すように言った。
声が震えていた。
「俺、このパーティーを抜けます」
カイルの口元が上がった。
「……ハ、最初からそう言えばいいんだよ」
彼は机の上に一枚の羊皮紙を置いた。
「これは除名届だ。お前が自分から抜けたことにする。国への報告もその方が楽だからな」
「自分から……」
本当は違う。
俺は追い出される。
でも、それを言う勇気はなかった。
ここで反論したら、また迷惑をかける。
ここで縋ったら、もっと惨めになる。
そう思ってしまった。
「署名しろ」
カイルが羽ペンを差し出した。
俺はそれを受け取る。
手が震えていた。
羊皮紙の文字がぼやける。
除名届。
自分の意思により勇者パーティーを離脱する。
そう書かれていた。
自分の意思。
そんなもの、どこにあったのだろう。
俺はただ、邪魔だと言われた。
足手まといだと言われた。
弱いと言われた。
それでも、俺は名前を書かなければならない。
こういち。
たった四文字を書くのに、ひどく時間がかかった。
インクが少し滲んだ。
書き終えた瞬間、カイルは羊皮紙を奪うように取った。
「よし。これでお前は部外者だ」
部外者。
昨日まで仲間だと思っていた人たちに、今日からそう呼ばれる。
いや、もしかしたら最初から仲間ではなかったのかもしれない。
俺だけが、勝手に仲間だと思っていただけなのかもしれない。
「荷物をまとめろ。今夜中に出ていけ」
「……はい」
俺は立ち上がった。
自分の荷物は少なかった。
古い杖。
使い込んだ聖典。
替えのローブ。
少しの薬草。
それだけだった。
勇者パーティーにいた証なんて、何もなかった。
俺が使っていた部屋も、装備も、支給品も、すべてパーティーのものだった。
俺自身も、ここに置いてもらっていただけだったのだと思う。
荷物をまとめる間、誰も声をかけてこなかった。
セリアは窓の外を見ている。
ロイドは次の遠征資料に目を通している。
ミーナは俯いたまま、指先を握りしめていた。
カイルだけが、満足そうに酒を飲んでいた。
「今まで……ありがとうございました」
俺は扉の前で頭を下げた。
本当は、聞きたいことがあった。
俺は一度でも役に立てていましたか。
俺がいた意味は、少しでもありましたか。
俺の魔法で、誰かを守れたことはありましたか。
でも、聞けなかった。
答えが怖かった。
言葉が口から出てこない。
「最後まで辛気臭いやつだな」
カイルが笑った。
「外に出ても、絶対に勇者パーティーにいたなんて言うなよ。俺たちの評判が落ちる」
「……はい」
また、謝るように頷いてしまった。
俺は部屋を出た。
扉が閉まる直前、カイルたちの声が聞こえた。
「次の僧侶は、ちゃんとしたやつを選ぼうぜ。最低でも高位治癒が使える者だな」
「後方支援なら、もっと明るい子がいいわ」
大きな笑い声がした。
俺は廊下に立ち尽くした。
胸が苦しかった。
でも、不思議と涙は出なかった。
泣く資格すらないような気がした。
全て、俺が弱いから悪い。
俺が役に立たなかったから悪い。
俺がもっと強ければ、こんなことにはならなかった。
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
宿の外に出ると、夜風が頬に当たった。
王都の街は明るい。酒場からは笑い声が聞こえ、通りには人々が行き交っている。
誰も、一人も俺を見ていない。
王国最強の勇者パーティーを追放された僧侶が、ひとりで歩いていることなど、誰も知らない。
「やっぱり、俺じゃ駄目だったんだな……」
小さく呟いた。
杖を抱えるように握る。
そのとき、胸の奥がかすかに熱くなった。
いつも仲間たちに魔法をかけるときに感じる、あの小さな感覚。
遠くにいるカイルたちの気配が、まだ自分の中に繋がっているような感覚。
俺は立ち止まった。
「……まだ、残ってる」
何が残っているのかはわからなかった。
ただ、俺の中の何かが、今もあの四人を支えている気がした。
本当なら、切るべきなのかもしれない。
もう俺は仲間ではない。
もう守る必要なんてない。
でも、どうすればいいのかわからなかった。
そもそも、自分が何をしているのかすらわからない。
俺にできるのは、祈ることだけだった。
「……どうか、みんなが無事でありますように」
追い出されたばかりなのに。
いらないと言われたばかりなのに。
それでも、そんな言葉が出てしまった。
自分が嫌になる。
どこまで情けないのだろう。
俺は安宿へ向かって歩き出した。
王都の裏通りにある、薄暗くて狭い宿だった。
高級宿のふかふかの寝台とは違う。
硬いベッド。
薄い毛布。
隙間風の入る小さな部屋。
それでも、今の俺には十分すぎた。
荷物を置き、椅子に座る。
静かになった部屋で、ようやく手の震えに気づいた。
「これから、どうしよう……」
教会に戻るべきだろうか。
でも、俺は教会でも目立つ存在ではなかった。
同期たちは、もっと立派な回復魔法を使えた。
俺だけが、いつも地味な補助魔法ばかりだった。
勇者パーティーに選ばれたのも、何かの間違いだったのかもしれない。
その間違いが、今日ようやく正された。
そう思えば、少しは楽になるはずだった。
でも、胸の痛みは消えなかった。
俺は聖典を開いた。
古いページに、何度も読んだ祈りの言葉が並んでいる。
人を救いなさい。
傷ついた者に手を差し伸べなさい。
憎しみに身を委ねてはならない。
俺は、その文字をぼんやりと見つめた。
「俺は……誰かを救えていたのかな」
答えはなかった。
ぽつりとつぶやいた言葉は夜の闇に消えていった。
俺はその日ほとんど眠れなかった。
何度も夢を見た。
カイルに役立たずと言われる夢。
セリアに邪魔だと言われる夢。
ロイドに価値がないと告げられる夢。
ミーナが目を逸らす夢。
そして---知らない場所の夢。
白い大聖堂。
地下へ続く長い階段。
血の匂い。
誰かの叫び声。
自分の拳に宿る、眩しいほどの聖なる光。目を覚ました瞬間、その夢は霧のように消えた。
「……なんだったんだ、一体。今のは……」
胸が早鐘を打っていた。
でも、何も思い出せない。
俺は汗を拭い、窓の外を見た。
朝だった。
王都の鐘が鳴っている。
新しい一日が始まる。
勇者パーティーではない、俺の一日が。
「仕事を探さないと……」
俺はゆっくり立ち上がった。
その時だった。
ドンドン、と扉が乱暴に叩かれた。
「開けろ! 王都警備隊だ!」
心臓が跳ねた。
「え……?」
扉が蹴破られるように開く。
銀の鎧を着た兵士たちが、部屋になだれ込んできた。
先頭の男が、冷たい目で俺を見た。
「こういちだな」
「は、はい……」
「お前を、勇者パーティー支援金横領および国家機密漏洩の容疑で逮捕する」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「横領……? 機密漏洩……?」
兵士が魔封じの鎖を取り出す。
「詳しい話は詰所で聞く」
「待ってください。俺は何も――」
言い終える前に、冷たい鎖が俺の腕に巻きついた。
魔力が鈍く沈む。
膝から力が抜けた。
「違います……俺は、そんなことしてません……」
必死に言った。
だが、兵士たちは聞いていなかった。
窓の外から、通行人たちのざわめきが聞こえる。
「勇者パーティーを追放された僧侶だってよ」
「金を盗んだらしい」
「やっぱり役立たずだったんだな」
「僧侶のくせに最低だ」
言葉が突き刺さる。
俺は兵士に引きずられながら、何度も首を振った。
「違う……違うんです……」
けれど、誰も信じてくれなかった。
昨日、俺は勇者パーティーを追放された。
そして今日、俺は、身に覚えのない罪で逮捕された。
第1話を読んでいただき、ありがとうございました。
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