〈泥スライム〉撃破
響く銃声。
放たれる銃弾。
銃口から解き放たれた金属製の小さな狩人は、硝煙を撒き散らしながら滑るように宙を奔る。
そして、ショウにだけ「視」える「線」をなぞるように宙を駆け抜け、一直線に〈泥スライム〉へと到達した。
〈泥スライム〉は、株分けする前の巨大〈スライム〉に比べればかなり小さい。強装弾を使用する7.62ミリバトルライフルであれば、十分弾丸を【核】へと届かせることができるだろう。
〈泥スライム〉の体を貫き、体内に残った僅かな泥さえもぶち抜いて、ショウが放った弾丸が【核】へと届く。
そして、小さな狩人は内包するその運動エネルギーの全てを、【核】へとぶちまけた。
◆◆◆
ショウが放った銃弾が〈泥スライム〉の【核】を貫く。
【核】を破壊された〈泥スライム〉は、ぶるぶると数回ほど苦し気に体を震わせた後、そのままアスファルトの上に広がるようにして崩れ落ちた。
「や……やったのか?」
「お、おい、ジェボク! それ禁句! 昔っから、こういう場面で言っちゃ駄目なヤツ!」
「そ、そうだった……っ!!」
両手で自らの口を押さえながらも、ジェボクは相棒のユウジと共に〈泥スライム〉だったモノの観察を続ける。
「…………イチカ、何か反応はあるか?」
ライフルを下ろしたショウが問えば、イチカはしばし周囲へと目を向けた後に告げる。
「各種センサーに反応なし。標的を倒したと判断しますが……」
「相手が〈スライム〉類だと、イチカ姉さまのセンサー類でも過信はできませんねー」
「ええ、ミサキの言う通りよ」
体温が低い〈スライム〉は、熱源センサーに反応しづらいし、足音をほとんど立てないため音響センサーの反応も薄い。辛うじて振動センサーは有効だが、それでも他の【インビジリアン】に比べるとその反応は弱々しい。
「つまり、〈スライム〉はイチカにとっての天敵みたいなものなんだね」
「はい。アイナ様のおっしゃる通りですね」
ぽん、と励ますようにイチカの背中を叩くアイナと、そんな彼女に小さく微笑むイチカ。
だが、その微笑みは突然緊迫したものへと変わる。
イチカは傍にいたアイナを抱き寄せ、そのまま彼女に覆い被さるように地面へ身を投げ出した。
直後、それまで彼女たちの頭があった空間を何かが猛スピードで通過する。
通過した何かはそのまま宙を奔り、手近にあった建物の壁にべちゃりと貼りついた。
「アイナ! イチカ!」
ショウが慌てて二人へと駆け寄る。その際、ちらりと壁に張り付いたものへと目を向ければ、その正体はすぐに知れた。
「──泥?」
そう。
それは泥だった。おそらく、〈泥スライム〉の最後の抵抗だったのだろう。
【核】を撃ち抜かれた〈泥スライム〉は、最後の最後に体内に残った泥を全て周囲に撒き散らしたのだ。
見れば、辺りにいくつか泥の塊が落ちている。建物の壁やアスファルトの上など、ショウたちを狙ったというわけではなく、ただ単に体内に残っていた泥を無作為に周囲へと撒き散らしただけらしい。
「──〈泥スライム〉は完全に沈黙したようだ」
ぐずぐずと崩れていく〈泥スライム〉に銃口を向けながら、フタバが〈泥スライム〉が活動を停止させたことを確認した。
「イチカ、無事かっ!? アイナはっ!?」
「わたくしは大丈夫です。アイナ様、お怪我はありませんか?」
アイナの上に伏せた状態から、体を起こしながらイチカが問う。
「う、うん、アタシはだいじょ──」
アイナもまた、体を起こしながら答える。だが、彼女の言葉は途中で途切れた。
なぜなら。
「あ、アイナっ!?」
ショウも義姉の様子に気づいて彼女の周囲へと視線を向ける。そしてそれは、アイナとフタバから少し離れたアスファルトの上に転がっていた。
ショウが見つけたもの。それは、アイナが先ほどまで装着していた防疫マスクだった。
◆◆◆
現代の大気中には、多かれ少なかれ【インビジブル】が含まれている。
各地のシェルター内やその付近であれば大気中の【インビジブル】の量は少なめだ。それでも、外出する際には常に防疫マスクの携帯は必須である。いつ何時、大気が不安定になって【インビジブル】の濃度が高くなるか分からないから。
そして、数多くの【インビジリアン】が蠢く汚染エリアは、常に【インビジブル】の濃度が高い。防疫装備なしでそのような場所に立ち入れば、高確率で【インビジブル】に感染するだろう。
ここ、旧陸上自衛隊横浜駐屯地も危険な汚染エリアである。そのような場所で、短時間とはいえ防疫装備を外してしまえば────。
防疫マスクは、戦闘用の装備ではない。口と鼻を覆うようにしてしっかりと固定できるとはいえ、その強度は戦闘用に設計された防弾・防疫マスクにはどうしても劣ってしまう。
今回の依頼でショウたちに同行したアイナだが、彼女の役目は怪我をした際の治療行為。そのため、戦闘用の装備は最低限しか身に付けていなかった。
イチカがアイナを押し倒した際、衝撃で防疫マスクが外れてしまったのか、それとも〈泥スライム〉が最後に撃ち出した泥が防疫マスクに掠ってでもいたのか。詳細は不明だが、アイナから防疫マスクが外れてしまったのは事実であり。
ショウは慌ててアスファルトの上に転がっていたアイナの防疫マスクに駈け寄り、それを拾い上げる。
「イチカ、早くこれをアイナに──」
手にした防疫マスクをイチカに向けて投擲しようとしたショウ。だが、それよりも早く、イチカは自身が装備していた防弾・防疫ヘルメットを強引にアイナに被せていた。
「アイナ様、大丈夫ですか? やや乱暴な行動でしたが、危急のことゆえお許しください」
「だ、大丈夫だよ、イチカ。それよりも、ありがとね」
ヘルメットの中で、アイナが弱々しく微笑む。
「大丈夫か、アイナ? 体調に変化はないか?」
「う、うん、今は大丈夫みたい。でも…………」
医師であり細菌学者でもあるアイナは、いわば【インビジブル】の専門家だ。ゆえに、彼女も分かっている。自身が【インビジブル】に感染した可能性が極めて高いことを。
そして、【インビジブル】には潜伏期間があり、感染したとしてもその症状が現れるまで数日ほどかかる。
つまり、現時点でアイナが感染したかどうかは分からないのだ。
「急いで《ベヒィモス》まで戻るぞ! その後はすぐにカワサキに帰還する!」
「その前に、感染検査キットを使ってはどうだ? 確か、アイナ自身が持ってきているはずだろう?」
「う、うん、確かに持っているけど……今すぐキットを使ってもまだ反応は現れないと思う」
仮にアイナが感染していたとしても、防疫マスクが外れていた時間は一分にも満たない。検査キットを使うにしても、もう少し時間が経ってからの方がいいとアイナは判断した。
「分かった。ここは専門家の言うことに従うよ。とにかく、まずは《ベヒィモス》まで戻ろう……ユウジとジェボクはどうした?」
「お二人なら、最後に〈泥スライム〉が吐き出した泥を見事に食らって悶絶していまーす」
「……最後の最後にボディにいいのをもらっちまったぜ……」
「おおお……さ、さすが〈スライム〉……ただでは倒れてくれなかったな……」
どうやら二人は、〈泥スライム〉の最後のあがきをもろに食らったらしい。
最後に放たれた泥弾の威力はそれほどでもなく、腹を思いっきり殴られたぐらいの衝撃しかなかった。
だが、それでも泥弾を腹に受けた衝撃は決して軽くはないようだ。
「何をやっているんだ、おまえらは……。それより、早く体の防具を外した方がいい。泥弾には酸が含まれているから、このまま放っておくと酸が皮膚に届いてしまうぞ」
アスファルトの上で悶絶する二人を呆れたように見下ろしながら、フタバが忠告する。
「え? マジっすか?」
「うわ、ホントだ! やべぇ!」
フタバに言われた二人が自分の腹へと目を向ければ、泥弾を浴びたボディアーマーが酸によって変色を始めている。
このまま放っておけば、フタバが言うように酸が皮膚まで届き、重篤な被害を及ぼすだろう。
「は、早くボディアーマーを脱げ、ジェボク!」
「おまえもな!」
フタバの忠告を聞き、あたふたとボディアーマーを脱ぎ出すユウジとジェボク。
「うわ、もうアーマー下のアンダーウェアまで浸透している!」
「脱げ脱げ! 急いで全部脱げ!」
泥弾に含まれていた酸は、後輩たちのボディアーマーとその下のアンダーウェアまで浸透していた。辛うじてインナーまでは達していなかったが、フタバの忠告がもう少し遅ければ彼らの皮膚は酸に焼かれていただろう。
「フタバの姐御のおかげで助かったっすよ」
「ありがとうございます、フタバさん!」
「それより、早く《ベヒィモス》に戻るぞ。アイナ、歩けるか?」
「うん、大丈夫。今のところ、体調に変化はないみたい」
「そうか。だが、少しでも体調がおかしいと思ったら、すぐに知らせてくれ」
「そこはアタシの方が専門だからね? もちろん、何か変化があったらしょーちゃんにすぐ知らせるよ」
「よし、では《ベヒィモス》に戻り、その後、速やかにカワサキ・シェルターへと帰還する。ミサキ、アイナのフォローを任せるぞ」
「はーい、お任せくださーい」
「仮に途中で戦闘になっても、ユウジとジェボクは無理をするな。今のおまえたちは防具がないからな」
「はい、分かっています」
「上半身インナーだけっすからね、今の俺たちって」
後輩たちの返事を聞きながら、ショウは今回の発掘における反省点を顧みる。
それはやはり、戦闘に直接関わらないだろうと、アイナの装備を軽装にしてしまったことだろう。
たとえ非戦闘員でも、今回のように戦闘に巻き込まれる可能性は考えられた。それなのに、アイナの装備を十分なものにしなかった。
それは一行のリーダーである、ショウの落ち度だろう。
(武器は護身程度でもいいが、防具はしっかりと装備させるべきだった)
もしもこれでアイナが【インビジブル】に感染していたとしたら──
そこまで考え、ショウは思考を切り替える。反省は確かに必要だが、今は少しでも早くアイナをカワサキまで送り届け、しっかりとした検査を受けさせることの方が重要だ。
ショウたちは改めて隊列を組み、《ベヒィモス》の駐車地点を目指して旧陸上自衛隊横浜駐屯地を後にするのだった。
次週はGW休み!
次の更新は、5月11日(月)の予定です。




