〈スライム〉討伐戦-3
C-4──Composition C-4。
いわゆるプラスチック爆薬である。
衝撃や摩擦に対する耐性が極めて高く、たとえ火の中に直接投げ込んでも単に燃えるだけで爆発することはない。
C-4は電流によって反応するため、この爆薬を起爆するには電極を用いた起爆装置が必要となる。
つまり、C-4を〈スライム〉の体内に直接投げ込んでも爆発することはない。ただ、〈スライム〉の体内でじわじわと溶かされ、〈スライム〉に吸収されるだけだろう。
もっとも、〈スライム〉がC-4から何らかの栄養を得られるのかは不明であるが。
起爆装置──《ジョカ》たちの緊急補修パーツとマルチデバイスの予備バッテリーから作り出した──を接続したC-4をグラウンドのほぼ中央に置き、その上に【インビジリアン】の死体を積み上げる。
適度に逃げ回る餌を見失った〈スライム〉は、捕食本能に引っ張られて積み上げられた【インビジリアン】の死体を再度取り込むだろう。
その下に隠されたC-4と一緒に。
問題点があるとすれば、〈スライム〉が積み上げられた餌よりも逃げ回る餌の方を重視することだが、知能がほぼない〈スライム〉は一度見失った餌より、捕食しやすい餌を好んで取り込むだろうというショウたちは予測し、結果的にその予測は的中することになった。
ショウたちの目論見通り、〈スライム〉は【インビジリアン】の死体と共にC-4を取り込んだ。後は、起爆させるのみ。
タイミングを見計らい、イチカは無線式の起爆装置のスイッチを押し込む。
即席の起爆装置はその役目を見事に果たし、接続されたC-4に爆破の指令を発信。
〈スライム〉はその身体的特性上、射撃や打撃、斬撃に対して極めて高い耐性を誇る。だが、防御力自体はほぼゼロに等しい。しかも、体内からの爆発。それに耐えられるわけがなかった。
轟音と共に爆発するC-4。同時に、〈スライム〉の体も爆発四散する。だが、爆散しても〈スライム〉が死んだわけではない。ただ、細かな破片となっただけであり、〈スライム〉はまだ生きていた。
飛び散った〈スライム〉の小さな破片たちは、うぞうぞと蠢きながら、再び元に戻ろうとして集結、結合を始める。
飛び散った〈スライム〉が再結合する際、手近にいる個体同士が結合するのではなく、「核」となる1個体に他の個体が集まって結合──近くに「核」となる個体がいない場合、手近な破片同士で結合する場合もある──する。今、C-4によって爆散した巨大な〈スライム〉もまた、とある1個体を中心に再結合を進めていく。
その様子を、ショウはバトルライフルを構えつつ、格納庫の屋上からじっと見下ろしていた。
◆◆◆
〈スライム〉の体を構成する液体は、水よりもずっと粘度が高く、抵抗も大きい。
そのため、普通に銃撃してもショウにだけ見えている【核】まで弾丸は届かないだろう。
なら、届くように〈スライム〉の体積を減らせばいい。それがショウたちの作戦である。
C-4を使って〈スライム〉を爆散させる。普通であれば、全く無駄なことだ。爆散した〈スライム〉は、すぐに再集結、再結合を果たしてしまうのだから。
だが、ここにはショウがいる。
ショウは格納庫の屋上からグラウンドを見下ろし、爆散した〈スライム〉の破片の中から【核】を持つ破片を探し出す。
そして、すぐに【核】を有する破片を見つけた。彼の目には、【核】の存在がはっきりと「視」えているから見間違えようもない。
【核】を有する破片を中心に、すぐに周囲の破片が集まり出す。そして、集まった破片たちは次々に再結合してしく。
だが。
だが、それでも爆散前の巨体に比べれば、今の〈スライム〉の大きさはそれほどでもない。今なら、十分に【核】を撃ち抜けるだろう。
ショウは目に意識を集中させる。銃口と核を結ぶゆらゆらと揺れる「線」が見え、「線」が一瞬だけ真っすぐになった。
その瞬間、ショウはライフルの引き金を引き絞る。銃口から吐き出された銃弾が「線」に沿うように飛び、再結合中の〈スライム〉の【核】を見事に穿った。
◆◆◆
「………………」
「………………」
「………………すげぇ」
「………………ああ、すげぇな」
たった一発の銃弾が、〈スライム〉の破片の一つを撃ち抜いた次の瞬間。
それまで再集結・再結合を繰り返していた〈スライム〉の破片たちが、一斉にその活動を停止した。
そして、〈スライム〉の破片たちは全て形を維持できなくなり、ぐずぐずに崩れてグラウンドへと広がり、やがて地面へと吸い込まれていった。
そんな一部始終を格納庫の扉の陰から見ていたユウジとジェボクは、呆れるやら感心するやら。
「やっぱ、パイセンの目ってチートだな」
「だよなぁ。今のショウ先輩、対【インビジリアン】戦に特化したって感じになっちゃっているよな」
「確かに〈スライム〉にとどめを刺したのはしょーちゃんだけど、今回はみんなが協力したからこそだよ。もちろん、ユウジくんとジェボクくんもよくがんばったしね」
後輩たちに優しく微笑みながら、アイナが声をかける。
「いやぁ、アイナ先生にそう言われると、オレたちもがんばれたって思うっすよ」
「だよな! やっぱり、美人から褒められると嬉しいよな!」
途端、照れた笑みを浮かべる後輩たち。そんな彼らを見て、アイナも内心で苦笑するしかない。あと、ユウジに「美人」と言われて、ちょっとだけ嬉しく思ったり。
「でも……折角見つけたプラスチック爆薬、ほとんど使っちゃったねぇ」
この旧駐屯地で見つけたC-4は、そのほとんどを〈スライム〉に使ってしまった。僅かに残ってはいるが、ショウたちが請け負った依頼からすると今回は失敗ということになるだろう。
〈スライム〉が巨体であったこともあり、C-4の使用量を渋って完全に爆散できなければ作戦が失敗する可能性もある。
イチカが〈スライム〉の質量から必要なC-4の量を割り出した結果、発見したC-4のほとんどを消費する必要があったのだ。
とはいえ、やはり「命あっての物種」。今回の状況を説明すれば、依頼主であるカワサキ・シェルターの上層部も理解してくれるに違いない。
「ここは逆に、見つけたC-4の量で足りたと考えよう」
格納庫の屋上から降りてきたショウが、後輩たちにそう声をかける。
「お疲れ、しょーちゃん。目の方は異常ない?」
「大丈夫だ。今のところ、異常は感じられないな」
アイナはショウの目をじっと見つめる。とはいえ、防弾防疫ヘルメット越しなので──ショウのヘルメットのバイザーには色がついているので、彼の目に宿る燐光は見えない──、今のショウの目の様子を窺うことはできないが。
そうこうしているうちに、囮役を務めたフタバとミサキも格納庫へと戻ってきた。
「マスター、周囲にはもう【インビジリアン】はいないようだ」
「今のうちに、撤退しちゃいましょー」
周囲の偵察も行ってきたらしい二人の言葉に、ショウは頷く。
「よし、ここの探索はここまでとする。僅かとはいえ、残ったC-4は持ち帰ろう」
「了解ッス!」
「大した量でもないし、俺が運びますよ」
残ったC-4は1キロにも満たない。ユウジ一人でも充分運べる量だ。
C-4を詰め込んだバックパックをユウジが背負い、ショウたちは格納庫を後にした。
いや、格納庫を後にしようとした、が正しいだろう。
なぜなら、彼らは格納庫から出るに出られない状況に陥っていたのだ。
◆◆◆
「…………どうして?」
「どうしてだろうなぁ……」
格納庫の出口からグラウンド全体を眺めながら、アイナは隣に立つショウに尋ねた。だが、当のショウも首を傾げるばかり。
「さっき、ユウジくんとジェボクくんが外へ爆薬を仕掛けに出た時、二人は何ともなかったよ?」
「だよなぁ。それなのに今は……イチカ、何か分かるか?」
「ショウ様によって【核】を撃ち抜かれた〈スライム〉の死体……というより残留した液体状の体が、地面に滲み込み切れずに地表に残っていると思われます」
「で、その残留した液体が、強い酸性だったってことか」
「ショウ様のおっしゃる通りです」
巨大な〈スライム〉を倒して格納庫から外へ出ようとしたショウたち。だが、先頭を行くフタバが突然停止を呼びかけた。
理由は、〈スライム〉の体を構成していた粘液が、地表に残されたままになったからだ。
嫌な予感を抱いたフタバが自分の足元を確認すれば、彼女のアーミーブーツが半ば溶けていた。どうやら、格納庫へ戻ってくる際に残っていた〈スライム〉の残骸を踏みつけたらしい。
もちろん、ミサキのブーツも同様である。
「どうするんすか、パイセン?」
ジェボクの問いに、ショウはしばらく考え込む。そして。
「しばらくここで様子を見るしかないだろう。このままでは、格納庫の外へ出るに出られないからな」
「やっぱり、そうなりますよねぇ」
はあ、と大きな溜息を吐くユウジ。
しばらく待てば、粘液も地面に浸透して消えるかもしれない。もしくは、自然蒸発するかも。
それを期待して、ショウは格納庫内で様子を見ることにした。
「そうと決まれば、今の内にしっかりと休息を取りましょー」
「ミサキの言う通りだ。とはいえ、ここでは水分の補給はいいとして、流動携帯食しか口にできないがな」
汚染地帯では、防弾防疫ヘルメットを外すことはできない。一行の中で唯一アイナだけは防弾防疫ヘルメットではなく防疫マスクを着用しているが、ここでヘルメットやマスクを外せば【インビジブル】の感染確率が爆発的に増大するだろう。
防弾防疫ヘルメットや防疫マスクには、水分や流動携帯食を摂るための吸引口があるので、そこからストローを使って補給が可能なのである。
「しょーちゃんは絶対にヘルメットを脱いだらだめだよ? 絶対だからね?」
既に中度の後遺症を発症しているショウが、更に【インビジブル】に感染してしまえば回復する見込みは極めて低い。
そのためアイナは、神経質にまでショウが感染することを恐れているようだ。
「は、それはもう充分承知しております、アイナ先生」
「うん、それならよろしい」
水分や栄養の補給が不要であるイチカたちはともかく、ショウたちは味気ない携帯流動食で食事を済ませ、グラウンドの様子を見守ることにしたのだった。




