思い
「フリーダ!」
クエルは救護室の扉を開けると、脇目も振らずに中へ飛び込んだ。
「クエル?」
ベッドの上で、髪をポニーテールに結い直していたフリーダが、驚いた顔でクエルを眺める。
「ちょっと、ノックぐらいしなさいよ!」
慌てて上着を羽織ったフリーダが、頬を膨らませる。その姿はいつものフリーダと変わらない。
「た……倒れたと……聞いたのだけど……」
息を荒げながら問いかけたクエルに、フリーダは当惑した。
「誰から聞いたの?」
「フ、フローラさんが……教えてくれた……」
「わざわざ知らせに行ってくれたのね。ムーグリィさんから一本取ろうと思ったら、めまいがしちゃって。休ませてもらったから大丈夫よ」
フリーダはクエルへ苦笑いを浮かべた。
「どうしてそんな無理を――」
クエルはそこで言葉を飲み込む。フリーダのことだ。あの夜のことを気にして、いつも以上に頑張ったのだろう。
「そうよね。少しくらい無理したからって、いきなり強くなれたりはしないわよね」
滅多に弱音を吐かないフリーダのつぶやきに、クエルは焦った。
「ムーグリィを本気にさせているんだし、フリーダもギガンティスも十分にすごいと思うけど……」
「励ましてくれてありがとう。でもあの夜、クエルとセシルちゃんの寝顔を見て思ったの。私はみんなの役に立ちたいと思って人形師になったのに、一体ここで何をしているんだろうって……」
クエルは思いっきり首を横に振った。
「僕はフリーダに何度も助けられている。東領の流民に襲われた時も、フリーダは僕を助けに来てくれたじゃないか」
「そうよ。私は命の恩人なんだからね。少しはありがたく思いなさい!」
フリーダがわざとらしく胸を張って見せる。だがすぐに苦笑いを浮かべた。
「あれはクエルのせいじゃない。でも今回は私の油断よ。それでクエルやセシルちゃんを危険な目に遭わせた」
「フリーダ……」
クエルはベッドに座ると、フリーダの手をそっと握った。フリーダがオレンジの瞳でクエルを見上げる。
「クエル、覚えている?」
「えっ、何を?」
「クエルが泣きながら帰ってきたとき、私に言った言葉」
フリーダの問いかけに、クエルは首をひねった。幼いとき、クエルは近所の年上の子供たちからよくいじめられた。その度に、フリーダが棒切れ片手に、彼らを追い回していたのを思い出す。でも一体何をフリーダに語ったのだろう?
「仕返しに行こうとした私に言ってくれたの。いつか自分が私を守るって」
フリーダはクエルの手を握り返すと、その肩へ体を寄せた。
「クエル、約束を守ってくれてありがとう」
「フリーダ、僕はいつだって君を――」
バタバタバタ……。
不意に廊下をこちらへ歩いてくる足音が響く。
「立ち眩み?」
「頭は打っていないので、脳震盪ではないと思います」
セシルが誰かと話す声も聞こえた。それを耳にしたフリーダが、慌ててクエルから離れる。
「救護室の先生が戻ってきたみたい。見つかったら停学よ!」
「えっ、お見舞いぐらいで停学になるの!?」
「ここは女子の救護室なの。私が先生の相手をするから、隙を見てここから出て!」
フリーダの指示に、クエルは慌てて衝立の影に身を隠した。次の瞬間、セシルと白衣を着た中年の女性が部屋の中に入ってくる。
「あら、もう起きて大丈夫なの?」
「めまいはもう大丈夫です」
「そうみたいね。でも顔が火照っているみたいだけど、熱でもあるのかしら?」
「そ、そうですか!?」
「体温計を持ってくるから、横になって」
『どうやってここから出よう……』
クエルが必死に考えていると、衝立の横からセシルが顔を出した。
『マスター、少し待て』
セシルの声が頭の中に響く。
「先生、フリーダさんの着替えはこちらに置かせていただきました。私は教室に戻らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ありがとう、助かったわ。フリーダさん、熱はないみたいね。脳震盪を起こしていると困るから、授業終了までここで様子をみましょう」
衝立の向こうでお辞儀をしたセシルが、扉を開けて手招きする。クエルは一目散に廊下へ飛び出した。
ガチャ!
無事に扉が閉まった音に、安堵のため息を漏らす。その姿をセシルが呆れた顔で眺めた。
「我が居ない間に、赤毛と乳繰り合っておるとは何事だ!」
「乳繰り合う?」
「手など握りおって、まったくもって汚らわしい……」
「フリーダが倒れたと聞いて、見舞いに来ただけだ!」
声を荒げたクエルへ、セシルが口元に指を立てて見せる。
「マスター、気をつけろ。中に聞こえるぞ」
「本当にそれだけだ……」
「まあよい。それよりも、猫ごときになんだあの様は?」
「猫じゃない、獅子だ!」
「大して変わらん。せいぜいがじゃれつく程度の相手だ。それに我の本身が倒されるなどあり得ん!」
「やっぱり、黙って覗いてたのか……」
「そうではない。我らは二つにして一つだ。我の意識がお前に答えなくても、我は常にお前と共にいる。それを信じられるかどうかは、マスター、お前次第だ」
そのセリフにクエルはハッとした。
「そうだったな。僕が間違っていた」
セレンとのつながりは感じられたのに、一人で戦っていたと思っていた自分が恥ずかしい。
「僕は人形師としてはまだまだだ」
「マスター、お前は自分を何だと思っている?」
「僕?」
戸惑うクエルを、セシルが暗紫色の瞳でじっと見つめる。
「お前はただの人形師なのではない。我らの人形師なのだ」
セシルはつま先で立つと、その愛くるしい唇をクエルの唇に重ねた。




