2 民との距離
「次はクローディア様の領主就任のお披露目と、イメージアップを兼ねて、豊穣祭でちょっとしたサプライズをしてみませんか?」
ユージーンが家令となり、2人で仕事をすることにも慣れ始めた頃、引きこもり気味で隠れるようにして生きてきた私にとって、困難を極める提案をしてきた。
お披露目なんて、何を言われるのか怖くて仕方がないし、お祭りでサプライズなんて到底できそうもない――
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普通に仕事ができるくらいに、落ち着くまでも大変だった。前家令のヘイデンを失ったハイド伯爵家で最初にユージーンが行ったのは、エリカから聞き取りをし、今まで叔父一家やヘイデンと一緒になって私を蔑ろにし裏切ってきた者たちの、大規模な粛清に取り掛かることだった。
ほとんどの使用人は、背くことができずにどう仕様もなく命令を聞いていただけだったので、厳重注意を与えるに留めたが、自ら好んで私を貶めていた者にユージーンは容赦をしなかった。
「私はドナ様の着なくなったドレスを、クローディア様にお届けしていただけではございませんか?」
「だけ? ではないですよね? 何故そこで、貴女がクローディア様の容姿について、口を出す必要があったのですか?」
「それは……。ドナ様の命で……」
確かにこの人は、ドナのドレスを持って来ながら、よくこう言っていたわね。
(「地味な烏が、ドナ様のドレスを与えられるだけでもありがたいことなのに、ブスッとしちゃって嫌ねぇ。陰気臭いったらありゃしない」)
!! まあ、エリカったら、物真似が上手。あの時の彼女そのままよ。思わず吹き出しそうになったじゃない。
「……。誠に申し訳ございませんでした。そのようなことは、2度と申し上げたりいたしません」
「クローディア様は陰気か?」
「いえ。私が誤解しておりました。クライヴ様を亡くされ、あのように辛いお立場にも負けず、凛々しく気丈夫なお方だと今は思っています。本当にすみませんでした」
「気持ちは分かったから、顔を上げてちょうだい。これからもハイド家をよろしくお願いね」
「はい!! ありがとうございます」
彼女の様に改心する者もいれば、どうしても辞めさせざるを得ない者もいた。
「この疫病神。アンタみたいな領主の元で働く気になんて、死んでもなれねぇな。旦那様たちもヘイデンさんも、アンタさえいなけりゃなぁ、みんなずっと此処にいられたんだ」
「分かりました。どうぞ、お辞めください。明日から来なくて良いですよ」
「あ!? ああ」
厨房で料理人をしていた男は、呆気なく辞めることができて面食らっていたが、形としては本人希望による円満退職だ。あの手のタイプには、丁寧に説明をしても時間の無駄でしょう。こちらとしても何とも仕様がない。
「予想より残った使用人が多かったですね。もう少し削りたかったのですが」
「今、強引に進めなくてもいいわ。私が領主になったばかりで、相手も見定めている最中でしょう? できることからして行きましょう」
「しかし、問題は山積みですね。ヘイデンに横領された損害の回収に、クローディア様の悪いイメージの払拭。そういえば、クローディア様には婚約者がおいででしたね?」
自分でも忘れかけていた。叔父が来てすぐの頃、無理やり婚約させられたのよね。どうしましょう……。近い内に何とかしないといけない……。
本当に、山積みになっている問題から目を背けたくなるけど、ユージーンが家令になってくれたお陰で助かっているし、抑圧されずに私の世話をできるのが楽しいのか、エリカが細かいところまで気を配って支えてくれる。
泣き言は言わずに、1つ1つ片付けて行きましょう!!
そう思って何とかかんとかやってこられたのだが、流石に、お披露目やイメージアップのためサプライズなんて怯んでしまう。書類仕事なら大歓迎なのだけれど……。人前はどうも苦手で……。
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張り切ったエリカが、頬を紅潮させ、手をワキワキとしながら、私の支度に取り掛かる。
顔を隠すため、わざと顔にかかる様に長めに伸ばしていた前髪を後ろに流され、後頭部の真ん中で後ろ髪と合わせて1つに結われてしまった。黒い髪を全部隠したいのか、大降りの花が頭を覆うように飾られていく。
でも、黒髪を隠すためではなかったみたい。結われた髪をまとめることなく、背中に自然と流された。キリリと上がり気味に入れられたアイラインに、光沢のある深紅のルージュを差される。
自分の変わりように、悪女ってこういう感じの人を言うのかもしれないと、他人行儀に随感した。イメージアップしたいのに、悪そうでいいのかしら?
細かい銀糸の刺繍が施された、薄い藍色の生地のワンピースを着せられ、『広場の舞台でユージーン様がお待ちですから』と、伯爵邸から1人放り出された……。10分程度歩けば着くけれど、何故1人? とても心細いよ……。エリカは手厳しいところがあるのかもしれない。
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「黒令嬢」いや、「黒領主」が豊穣祭で何かするらしい。
領内に噂が広がっていたみたいで、よくも悪くも私は好奇の目に晒されながら歩いている。お祭りのメイン会場となる広場に現れた私に、あちこちから『魔女』や『悪魔』なんて囁き声も聞こえてくる。
エリカに言われたとおり、広場に設置された舞台上にユージーンの姿を探す。が、いない……。なにも聞かされていないから、舞台袖を覗こうと舞台に近づいて行くと、豊穣祭で踊る民族舞踊の曲が流れ始めた。
どこに潜んでいたのか、黒いマントをまとったユージーンが現れた。私の手を取って舞台に上がり、そのままステップを踏み出す。彼に促されるようにして、私も一緒に馴染みのステップを踏んでいく。
会場に集まっていた領民たちがざわついていることも意に介さず、ユージーンは私の頭部を飾っていた花を1つ1つ取り、結わえられていた私の髪をほどく。黒い目尻と真っ赤な唇を指先で拭い、民に見せつけるようにした後、天使の様な人に見つめられ全身が赤くなった私をマントの中に閉じ込めた。
「ハイド領に住まう者たち! お前たちの月は私がいただいていく!」
――「月と太陽」―― “月の女神を愛した太陽神が女神を攫い、2神がいなくなった世界は暗闇に閉ざされてしまう”
という、この国の民なら誰でも知っているお伽噺のセリフをもじっていた。
その後、暗闇の世界に困り果てた人間たちが、戦士を太陽神のところへ送り、女神を救うという噺なのだが……。
「待て、太陽! 月の女神は俺たちの世界のものだ! お前もこのようなことは止め、こちらの世に戻るがいい!」
「人間ごときが我に背くとは! 月は渡さんぞ!」
いつの間に準備をしたのか、朱色の髪をなびかせ、戦士の恰好をしたエリカが舞台に上がり、ユージーンと大立ち回りを繰り広げている。家の家令とメイドは、何でもできるタイプらしい……。本格的すぎる……。
情熱的な戦士と、黄金の輝きを放ちながらも危うい太陽神の戦いの行方を、広場に集まった領民たちが固唾を飲んで見守っている。次第に戦士エリカを応援する声が上がりだし――
「ああ、月が我の元から奪われて行く……」
ユージーンが大袈裟に左手で胸を押さえ、右手を私の方へ伸ばしながら倒れこむ。
「貴女様をお救いできて良かった。さあ私たちの世界に帰りましょう」
エリカが私の手を恭しく取り、エスコートされながら私はエリカと舞台から捌けた。
子どもたちが興奮して、ユージーンを本当の悪者と思い込み『ザマアみろ! 太陽!』とはしゃいでいる。広場からは拍手がわき起こり、大人たちも『いいぞー! 領主様!』と、叫ぶ大人もいれば『戦士の姉ちゃん男前!』と、囃し立てる者もいる。
その熱気のまま再び広場に曲が流れ、集まっていた領民たちが踊り出す。エリカに手を繋がれた私も、領民たちに混ざって踊った。お祭りという独特の高揚感と、先ほどのお伽噺の効果もあったのか――
「月の女神様。次は僕と踊ってください」
幼い男の子に私が誘われ踊り出すと、次から次へと『領主様、今度は私と踊って下さい』と、ひっきりなしに躍りのお誘いを受けた。ユージーンもエリカも同じだったみたいで、帰りは3人共踊り疲れてグッタリしていた。
心地好い疲労感の中、私たちを照らす月を見上げる。もの柔らかな光が降り注ぎ、私が抱えていた憂いや虚しさを慈しみ深く癒してくれた。




